点から線、面へ
高岡短期大学長 蝋山 昌一

 

 高岡市民となって1年と8ヶ月。「なにぶん勝手がわからないものですから」という言い訳が許されない程度に富山県に住んだことになる。しかし、正直なところ富山県民としてのそれなりの時間が経過したからといって、富山県について、あるいは、私の専門である経済分析・金融論からみた富山県について、十分な知識を吸収し、私なりの見解を持つようになっているかといえば、そんなことはない。逆にいえば、富山県のことを知らなくとも富山県で生活できるのだ。

  考えてみれば、私が経済分析を専門にするようになってから、一定期間住んだことのある土地は、東京都、大阪府、兵庫県の3ヶ所だ。しかし、それぞれの地域の経済について語れるほどの知識なり、見識なりを持っていたかといえば全くそうではなかった。もっとも、急いで付け加えたいのだが、阪神淡路大震災に遭遇し阪神地域の経済を急いで猛勉強した経験はある。それは異常時であったからに他ならない。平時に限って言えば、経済分析家といえども、自分が住む地域については一般の人と変わりないことしか言えないのである。そういう点では富山県に住むといっても、他の地域の場合と変わりない。

 しかし、自分の限られた経験の範囲での話だが、生活者としてみると、富山県には他の地域とは違った面が少なくない。はじめに強い印象を受けたのは、ここでは自動車が必需品だということだった。一時期、富山県が全国一住み良い県とされたことがある。住み良さという点では、それも当然と思われる。余暇の点では、自動車運転ができなくとも、そうであるからこそ、自転車で人知れぬ間道を走り回り、この地の歴史、風物の探訪に精をだしている。

 公務員の団地型宿舎に入っているので、住の面での良さを語る資格はない。しかし、衣の点では、情報化社会と物流システムの発達のおかげであろうか、東京や阪神間と全く変わらぬものが入手可能である。暖冬のためか、寒さ対策として特別の防寒具が必要ということもない。もっとも、久しぶりにゴム長靴を履くことになったが。

  私にとって住み良いと考える最も大きな要因は食である。魚、米、酒…。豊かな水資源に支えられた天の恵みを最大限に楽しんでいる。なかでもきときとの魚の昆布じめは天下一品としか言いようがない。残念ながら、富山県民はこうした逸品を普段食べ慣れているせいか、外に出すハレの料理とみなしてないきらいがある。手の込んだ、見た目の美しい新考案のものよりも、私は富山県の歴史を凝縮した食品として昆布じめの方が格段に素晴らしいと思うが、どうだろうか。

 素晴らしいといえば、富山県の各地に建てられている公共建築物はどれもこれも素晴らしい。我が高岡短期大学のキャンパスもその例外ではない。しかし、どれも点としては立派だが、そこに至るアクセスなり、その周辺の補完施設なり、サービスの供給はきわめて貧弱である。音楽会が終わっても、その余韻を楽しむことはできない。結局、そそくさと家路をたどらざるをえない。

  住まいにしても、食べ物にしても、はたまた公共施設にしても、それぞれは立派で非の打ちようがない。しかし、それらの点を結ぶ線が細い。いわんや多数の点が集まって、面になっているわけでもない。21世紀を迎え、富山県民がいっそう良質な生活文化を謳歌できるようになるには、点から線、さらには、面へと新たな創造活動が望まれる。