地域経済を考える
財団法人 北陸経済研究所常務理事
新総合計画基本課題研究会委員 山本正臣

 

 最近、地域経済には「文化」という非関税障壁が必要なのではないかとしきりに思う。地方財政が制度上の問題もあり、悪化の歩を速めているが、地域経済も市場化、グローバル化の進展とともに、大きな危機に直面 しているように思われる。しかも、この危機の克服には生産性の向上といった従来の手法のみでは通 用しそうにない。

 2月中旬の吹雪の日に、石川県川北町にある農業法人「わくわく手作りファーム川北」を訪問した。当社が運営する「わくわくブルワリー」は地ビール工房・レストラン・産直物産館からなるが、「わくわく」という名前の由来は、設立時の賛同者の一人が「わくわくするなあ」と発言したことによる。

 社長の本業は婦人服の縫製業であり、出資者4人全員が商工会メンバーである。商工業者が興した農業法人というところに当社の特長があり、企業家精神に富み、コスト計算が厳しく借入金も最小限に抑えられている。

 川北町は県下で唯一の交付税不交付団体という裕福な町であるが、社長はこのままでは、金沢市のベッドタウンとして埋没してしまうのではないかと危機感を持っていた。特に基幹産業である農業の活性化が不可欠と考え、異業種交流会のメンバーとともに全国の先進事例を徹底的に調査したという。

 得られた結論は、素材提供だけの農業ではなく、加工して付加価値を高めることと生産者、消費者を一体とした住民全員参加の仕組みをつくることであった。具体的には、休耕田を一ヵ所に集約して、二条大麦を栽培して地ビールを醸造し、大豆を栽培して豆腐を製造した。また、レストランの食材は、地元養豚家が育てた豚肉を使ったソーセージやベーコン、自家栽培の小麦の手づくりパンなど100%地のものである。

 産直物産館は参加自由のマーケットである。生産者が自分で値付けをして、手数料を払って販売を当社に委託する、米、野菜から餅や乳製品等の加工品まで並んでおり、各々のコーナーには生産者の顔写 真が張ってある。生産者の指名買いも見られ、高齢農業者には生きがいの場を提供している。社長の夢は200人の雇用と売上高20億円の実現であり、行政と一体となって農業テーマパークを展望している。

 翌週には北陸農政局の北陸地域農政懇談会に出席した。議題は新農業基本法の下で「食料・農業・農村基本計画」を如何に考えるかであったが、メイン・テーマの一つに食料自給率があった。

 平成9年度の日本の供給熱量自給率は41%であり、穀物自給率に至っては28%の低位(飼料自給率が25%のため)にある。同年の欧米先進国を見ると、供給熱量 自給率では、米国132%、仏国139%、英国77%、独国97%であり、穀物自給率は、米国135%、仏国191%、英国116%、独国128% と各国ともに自賄体制にある。しかも1970年当時の英国、独国の穀物自給率は各々59%、71%の低位 にあり、近年急速に自給率を向上させている。

 今回の基本計画では、具体的な数値目標を設定して日本でも自給率を着実に改善することを考えている。そのために、中核農家を育成し、大規模化によるコスト競争力の強化を目指しているが、果 たしてそれのみで事は成就しうるであろうか。

 そもそも日本の農業問題の根底にあるのは農業と製造業の生産性の乖離にあると思われる。世界に冠たる製造業を実現する過程で農業は疲弊の一途を辿り、製造業が生む巨額の貿易黒字がもたらした円・ドル相場の均衡点が農業にとって高すぎるということである。日本の農業はトヨタ自動車の生産性と競っているとも言える。

 農業を存続させるには、何等かの方法で市場経済から遮断することを考えるしかあるまい。一つの方策が地域毎に「一里以内のものを食べる」食文化圏をつくることである。環境の視点から循環型社会が提唱されているが、食料についても城内循環の発想があってもよい。川北町の「わくわくファーム」には、一つのモデルとして順調に成長して貰いたいと思う。

 中心商店街の長期低落傾向も、全国的に止めようのない流れとなっている。ここでも生産性と利便性を重視する合理主義が貫徹し過ぎてはいないか。

 相対的に地価が安く、道路事情の良い郊外に大型小売店が林立するようになった。そこでは、相対的に廉価で豊富な商品がフロアーに並べられ、広大な駐車場が無料で用意されている。普遍的な商品を買う場合、郊外店を選択するのは極めて自然な判断である。しかし、シヨッピングというのは単に物理的に物を入手する行為であろうか。

 近年アメリカの玩具業界では、日本にも進出している量販店のトイザらスの店鋪閉鎖が相次ぐ一方、ニューヨークの老舗シュルツが絶好調と聞く。シュルツでは顧客のデーターベースが完備しており、店員さんから「お孫さんも今年から小学生ですね」という言葉が自然に出ると言う。売らんかなの姿勢でなく、音楽の中で子供を自由に遊ばせる。顧客と店員の会話も弾む。カンファタブル(心地よい) がセールス・ポイントであるという。

 中心商店街の専門店は郊外店と違う土俵で勝負できる筈である。専門知識と人間性を練磨し、豊かな交流の一時を提供できる筈である。もちろん、小売店と顧客とはインターラクティブ(双方向)な関係にあり、顧客の側にも経済行為を超えて「文化」を楽しむ心の余裕が欲しい。

 最後になったが、「経済月報」も今月号からホームページに掲載されることになり、心からお祝いを申し上げたい。伝統ある「富山の統計」が一段と利用者にとり身近なものとなり、また利用者の反響が統計を更に錬磨する好循環を期待して止まない。