腸管出血性大腸菌について

ヒトや家畜の腸内に常在する大腸菌のほとんどのものは無害です。しかし、一部の大腸菌はヒトに様々な病気を引き起こすことが知られています。特に腸管に感染し、下痢症を引き起こす大腸菌は「下痢性大腸菌」と呼ばれ、腸管出血性大腸菌、腸管病原性大腸菌、腸管毒素原性大腸菌、腸管侵入性大腸菌及び腸管凝集性大腸菌の5グループに分類されています。このうち、腸管出血性大腸菌は他の下痢性大腸菌に比べて感染力、毒性が非常に強いことから、この菌の感染症は感染症法により三類感染症に指定されています。例えばヒトが発症する菌量は他の下痢性大腸菌では108〜1010個であるのに対し、腸管出血性大腸菌ではわずか100個程度であるといわれています。さらに、腸管出血性大腸菌に感染すると出血を伴う激しい下痢症や時として溶血性尿毒症症候群(HUS)などの重篤な合併症を引き起こします。我が国では1996年に患者数17,877名、死亡者数12名という腸管出血性大腸菌O157の流行が発生しています。その後、毎年多くの腸管出血性大腸菌による集団発生が報告されています。

腸管出血性大腸菌感染による重篤な病状は腸管出血性大腸菌が分泌するベロ毒素によって引き起こされます。ベロ毒素はタンパク質合成を阻害し細胞を死滅させる毒素で、1型と2型があります。このうちベロ毒素1型は赤痢菌が分泌する志賀毒素と同じ毒素です。ベロ毒素2型はベロ毒素1型よりも毒性が強いことが判明しています。また、腸管出血性大腸菌はO157、O26、O111などの特定の血清型に多い傾向があります。

<腸管出血性大腸菌感染症発生とO157>
 2004年に報告された全国の腸管出血性大腸菌感染例のうち、血清型O157の腸管出血性大腸菌による感染は約62%を占めています。O157のほとんどの菌がベロ毒素1型と2型を保有しており、O26、O111など他の血清型の腸管出血性大腸菌に比べて重い病状を引き起こしやすいことが指摘されています。2004年に報告された全国の腸管出血性大腸菌感染によるHUS発症例は14例ですが、このうち13例はO157の感染が原因でした。

 一方、富山県では2004年1年間の腸管出血性大腸菌感染例は22例であり、その内O157による感染は9例(41%)でした。しかし、今年2005年1月から11月までの腸管出血性大腸菌感染例は既に78例、そのうちO157による感染例は74例(94.8%)報告されています(このうち約80%は集団感染によるものです)。(右図参照)

 残念ながら今年のO157感染多発の原因は特定には至っておりません。O157感染源は食品、水、動物、ヒトなど多様であることも原因特定を困難にする一因であると考えられています。このため衛生研究所では新たに県内で発生したO157感染症の菌株を過去に県内で分離されたO157菌株と同一の菌株であるか否かの判定を行います。同時に、全国で分離された数多くのO157に同一の菌株が存在するか否か全国レベルでのO157の比較を国立感染症研究所に依頼しています。

O157をはじめ腸管出血性大腸菌は熱に弱く、75℃以上の温度で1分以上加熱すると死滅します。腸管出血性大腸菌の感染を予防するには、手洗いのほかに、食品の中心部が75℃以上になるよう1分以上加熱すること、調理器具の熱湯消毒を徹底することなどが効果的です。

(細菌部 木全恵子)