縄文時代<5>

とくしゅなじゅうきょあと
特殊な住居跡    

 昭和48年に実施された朝日町不動堂遺跡(中期)の発掘調査では、これまでに全国でも例をみない大きな住居跡がみつかりました。2号住居跡とよばれたこの竪穴住居跡は長軸でl7m、短軸で8mをはかる小判形をしたもので,広さは約120uもあります。住居の中には4基の石組炉が直線に並び、中央の2基のそばには2個の埋甕が、さらに大型の貯蔵穴も2基設けられていました。柱穴はl6個あり、約30cmの丸柱が建てられていたと考えられます。このような超大型の住居は、県内では小杉町の水上谷遺跡、庄川町の松原遺跡、富川市の追分茶屋遺跡などで見つかっており,更に東北地方の秋田県、岩手県、青森県といった雪国の縄文時代遺跡でいくつか発見されており、冬場の共同作業所として活用されたのではないかと考えられています。
 大山町の東黒牧上野遺跡は平成元年に発掘調査がなされ、29棟の住居からなる縄文中期の集落跡が見つかりました。このうち第1号住居跡は長軸約8m、短軸約6mの楕円形をした大型竪穴住居ですが、掘り込みの縁はテラス状の段がめぐり、10本の主柱穴に対応して2個一対の長さ45〜75cmの細長い自然石が配置されていました。このような例は大沢野町の直坂I遺跡でも確認されましたが,どのような意味をもつのか今後の課題となっています。

 
東黒牧上野遺跡の大型住居跡


冬の不動堂遺跡


大型住居の骨組み(不動堂遺跡:細見原図)