古代<5>

ぶっきょうのひろがり
仏教のひろがり    back

 6世紀中頃に百済から伝わった仏教はまたたくまに地方に広がり、各地に寺院などが築かれまし た。6世紀後半に建てられた飛鳥地方の飛鳥寺は法隆寺(ほうりゅうじ)以前の日本最古の寺院建築遺構です。富山県では高岡市伏木の御亭角遺跡で7世紀の瓦が出土していることから御亭角廃寺の存在が考えられます。
 大門町の流通業務団地N0.16遺跡は8世紀前半の須恵器窯跡と住居跡がみつかった遺跡ですが、そこから長さ6.4cmの楕円形をした素焼きの印仏(いんぶつ)が出土しました。印仏には円光のある仏像が連華座(れんげざ)に座って彫られていました。また、この遺跡からは「小椅寺」(こはしでら)と書かれた墨書土器も出土しており、未知の古代寺院の存在が考えられています。また、上市町の京ヶ峰(きょうがみね)から昭和29年に珠洲(すず)焼の甕と鉢に納められた銅板製の経筒(きょうづつ)が出土しました。経筒の外面には仁安二年(ll67年)の銘があり、中からは炭化物がでてきました。同じく上市町の大岩日石寺磨崖仏(まがいぶつ)(国指定重要文化財・史跡)は約3mの浮彫りの不動明王坐像で、平安時代に彫られた県下最古の磨崖仏です。

* 「経塚」
 平安時代の後半に、書き写した経文を土中に埋納した遺跡。銅製の円筒形をした経筒に写本が納められ、土坑内に埋められるのが一般的で、当時の末法思想による危機感を背景にして行われました。


大岩日石寺の磨崖仏