古代<3>

ちちゅうからあらわれたもじ
地中から現れた文字    back

 日本に残る最も古い文字は福岡県志賀(しかの)島で発見された「漢委奴国王」(かんのわのなのこくおう)と刻印された金印で、1世紀に後漢の光武帯(こうぶてい)から奴国(なこく)の使者が受け取ったものと考えられています。また、奈良県石神(いしのかみ)神宮に残る七支刀(しちしとう)の剣身の両面には金象眼による銘文があり、4世紀に百済(くだら)王から日本に奉られたものとされています。日本で書かれた最古の文字となると、和歌山県隅田(すだ)八幡神社に伝わる人物画像鏡(じんぶつがぞうきょう)、千葉県稲荷台(いなりだい)1号墳の「王賜」(おうし)銘鉄剣などがあります。遺跡からの文字の発掘は木簡(もっかん)とよばれる短冊状の付け札に書かれたものが最も多く、藤原宮や平城宮、地方の官衙(かんが)遺跡などで出土しています.また、漆紙(うるしがみ)文書という漆が付着して保存された記録文が宮城県の多賀城跡(たがじょうせき)などで見つかっています。
 富山県で遺跡から出土した木簡としては、立山町の辻(つじ)遺跡出土の「里正」(りせい)や「郡司射水」(ぐんじいみず)と書かれた木簡、じょうべのま遺跡出土の「丈部吉椎丸上白米五斗」(はせつかべきしまろじょうはくまい)と書かれた木簡、高瀬遺跡出土の「家成」(いえなり)などと書かれた木簡があります。また、土器の底などに文字の書かれた墨書(ぼくしょ)土器も出土しており、じょうべのま遺跡では「西庄」(さいしょう)「田中」(たなか)、高瀬遺跡では「小家」(しょうけ)、小部市の道林寺(どうりんじ)遺跡では「郡」(こおり)、桜町遺跡では「長岡神社」(ながおかじんじゃ)「祢宣」(ねぎ)「大祝」(おおはふり)といった文字がみられます。さらに、小杉町流通業務団地No.16遺跡の須恵器窯跡(8世紀)では「秦人」(はたひと)という文字がへラ描きされた杯が出土しています。


じょうべのま遺跡から出土した木簡(左端は長さ約20cm)


辻遺跡から出土した木簡 


(左)須恵器の底にヘラ描きされた「奏人」
(流通業務団地遺跡群NO16遺跡)

(右)蓋の裏に書かれた墨書「廣川」
(佐伯遺跡)


(左右)椀の底に書かれた墨書「子林」
(栗山楮原遺跡)