弥生時代<8>

よすみとっしゅつがたふんきゅうぼ
四隅突出型墳丘墓       back

 呉羽山丘陵の南西端に位置する富山医科薬科大学周辺には、昭和49年とそれ以後の調査で前方後方墳(ぜんぽうこうほうふん)・方墳(ほうふん)・円墳(えんぷん)など10基の古墳と墳丘墓、それに方形周溝墓といった弥生時代の終未から古墳時代の初頭にかけての大規模な墓域が確認されました。中でも杉谷4号墳とよばれる四隅突出型墳丘墓(よすみとっしゅつがたふんきゅうぼ)は一辺が約25mをはかり、四隅が突き出した形で、周囲に溝がめぐっているものです。
 この特殊な形態の墳丘墓は山陰の出雲地方を中心とした地域で、弥生時代の後期にみられるもの です。日本海をはさんで400kmも離れた地域で、このような共通の墓が築かれたという事実は両地域を治めた集団の直接的な交流を示すものとして注目されています。
 平成元年には杉谷4号墳の南側約4.5kmの婦中町富崎(とみさき)遺跡で、やはり四隅突出型墳丘墓が発見されました。大きさは一辺が約40mをはかります。標高7Imの丘陵上にあり、井田川と山田川が合流するあたりの平野部を望み、遠くには立山連峰が一望できる絶景地に立地しています。

 
富崎遺跡でみつかった四隅突出型墳丘墓

 
杉谷4号墳の近景              杉谷4号墳の墳丘と周溝

 

杉谷4号墳から出土した土器       四隅突出型墳丘墓の分布