弥生時代<6>

やよいどき
弥生土器       back

 弥生土器の発見は明治l7年の東京本郷弥生町の向丘(むこうがおか)貝塚の発掘に始まります。その後の調査で弥生土器にともなって金属器や炭化米も発見され、その時代を弥生時代とよぶようになり、縄文土器・縄文時代の後に続くものとわかりました。
 弥生土器は600〜800度の野焼きで焼きあげられた素焼きの土器です。まだ、ロクロでの製作はなされていません。このように基本的には縄文土器と同じ製作方法となっていますが、器種に相違がみられます。弥生土器には丸い胴部と広がる口縁部(こうえんぶ)をもつ「壷」、長く直線的な胴部と広い口縁部をもつ「甕」、短い胴部と広い口縁部をもつ「鉢」、鉢を小さな台に接合した形の「高杯(たかつき)」、台のみの「器台(きだい)」などがあります。壷は穀物の貯蔵用であり、稲作技術とともに伝播してきました。器面につけられる文様は箆描文(へらがきもん)、櫛描文(くしがきもん)、貝殻文(かいがらもん)というように箆、櫛、貝といった道具でなされ、縄文土器と比べて凹凸の少ない幾何学的なものとなっています。
 上市町の江上A遺跡では1,000点以上の土器が出土しており、山陰地方や伊勢湾地方の土器と酷似した弥生士器が多くありました。


弥生時代の壺(高さ24cm) 
 弥生時代の壺(高さ24cm)


弥生時代の台付壺(高さ25.6cm)
弥生時代の台付壺(高さ25.6cm)

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