縄文時代<9>

やまのさち うみのさち
山の幸・海の幸      

 縄文の森ともいえるナラ林にはクリ、トチノミ、クルミなどの堅果類がたくさんありました。小杉町の南太閤山I遺跡(前期)からは多量の半截されたクルミの殻が出士しており、縄文人の食生活の−端を知ることができました。動物については弓矢などの狩猟具の進歩とともに、落とし穴などを用いた狩猟も行われました。富山市の開ケ丘狐谷U遺跡(中期)、追分茶屋遺跡(中期)などでは深さ2mぐらいの土坑が発見されており、尾根すじに並ぶ落とし穴遺構と考えられています。
 富山湾は魚介類の宝庫ですが、縄文時代でもたくさんの海の幸が生活の糧となりました。富山市の小竹貝塚(前期)からは、貝類のオオタニシ・ヌマガイ・シジミ(淡水産)、サザエ・ハマグリ・アカガイ(かん水産)の貝類やクロダイ、スズキ、サメなどの魚骨がみつか―ノています。これらを採集・捕獲するための道具である釣り針や尖頭器などの骨角器も出土しています。氷見市の国指定史跡朝日貝塚(前期・中期)は大正年間に調査されており、日本でも古くから研究されている貝塚のひとつです。ハマグリ、サルボウ、アサリなどのかん水産の貝類が多く出上しており、さらに貝層中から6体の埋葬人骨も発掘されています。

小竹貝塚から出土した骨角製の尖頭器や針
(右端長さ4cm)