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ふるさと水と土講演会

「元気とやま」むらづくり推進大会2010
平成22年8月30日(月)富山県民会館にて

「語りは心の絵画~語り伝える農村のこころ」
「元気とやま」むらづくり推進大会2010において

語り部・元NHKキャスター、大阪芸術大学教授
都市と農村漁村の共生・対流推進会議副代表
元農林水産省「食料・農業・農村政策審議会」委員
平野啓子さん

元キャスターの平野啓子さんが、語り手として、文化の視点から農業についてお話くださいました。

21世紀型のライフスタイル「半農半X」を求めて
 

文化の視点からみる農業の多面的機能

私自身は農業の専門家ではないですが、農林水産省の食料農業農村政策審議会の委員として立ち上げから8年間務め、また都市と農山漁村の往来を推進するプロジェクト「オーライ!ニッポン」の企画にも参加してきました。私の本業は名作や名文を暗記し、声の表現によってその素晴らしい言葉を舞台で語ることですが、こうしたプロジェクトに携わっているのは「農業の専門家としてではなく、文化の視点から専門的な意見を聞かせてほしい」と声をかけていただいたからです。農業には多面的機能があること、すなわち農業は環境にも教育や経済、文化にも貢献するという話を伺い、それなら私の本業である語りと言う取り組みの中から何かできるのでは、と思ったのが始まりでした。
「オーライ!ニッポン」には、子どもが宿泊をしながら自然体験や農業体験をする「子ども農山漁村交流プロジェクト」という企画があります。たとえば、民宿のようにみなさんの自宅に子どもたちを受け入れてもらい、その家庭の食事をいただく。その食材はどこで買って来たものか、あるいは地場産のもの、もしかしたら自分の庭や畑で朝採ってきたものか。そういった昔ながらの食卓を子どもたちに体験してもらうんです。農家には、失われつつある昔ながらの良い家族関係というのが、まだ残っているところが多いんですね。おじいちゃんおばあちゃんと子どもたちが触れ合い、生活を共にすることで、都市の子が農村の良さを、農村の人が都市の良さを知ることができるのです。

その土地の良さは地元の人から語り継がれる

 私はこれまで、全国19カ所の用水路を見て回りました。用水路のせせらぎの音を聞くと心が和み、また水を供給するために工夫されたものがその工夫だけにとどまらず、まるで芸術的な景観になっている所にとても惹かれるのです。行く先々では、地元の語り部さんとお会いし、民話や用水路の歴史などを座談会のように語っていただくのですが、その土地の素晴らしさを地元の人たちが認識し、よそから来た人たちにアピールしようという思いがとても伝わってきます。地元の人がその土地を愛し、その良さを人に語る。これは、よそから来た人にとっても大変得した気分になりますね。
 私は以前、民謡番組の仕事で月に一度全国各地の小さな町村に行き、民謡と共に地元の物語を語るというコーナーを担当していました。収録前に自分がこれから語る場所や雰囲気を実際に見ておきたかったので、現地に着いたらまずタクシーでいろんな所に案内してもらうんです。そのとき、地元にとても詳しい運転手さんだと自分のお気に入りの場所に連れて行ってくれたりもしました。なかには、「社会の先生になりたかったけど諦めざるを得なくて、それでも子どもたちに地元の歴史を伝えたいという気持ちが忘れられず、運転手をしながらこうしてお客様方に話をしているんですよ」という方もいて。そのキラキラと宝石のように輝く表情を見たとき、地元を本当に誇りに思う、こんな素敵な人にまた会いたいと、その地がとても好きになりました。住んでいるとすごく素晴らしい風景も当たり前に見えてきますが、誇りに思うことはぜひいろんな人に話してみて下さい。きっと喜ばれますよ。

桜と橘が伝える日本の心

 今回の公演前には、富山県中央植物園に案内していただきました。園内には大きな池があるんですが、その水は用水路から引いているもので、それは神通川までつながっているそうですね。池の中には大きなオオオニバスがたくさんあって、体重30kgまでの子どもが乗っても沈まないそうです。子どもたちがそんなメルヘンな体験を実際にできるなんて、幸せですよね。また、園内の道沿いには梅と桜の木があるのですが、みなさんは桜の花見の由来をご存知ですか? 古代では、桜の花が田の耕作の直前に咲くのは、田の神様が宿ったからだと言われていました。田は民族用語でサと言い、そのサの神様が蔵に宿ることからサクラと名付けられたそうです。そして、花の咲き方によってその年の秋の実りを占っていたんですね。私たちは、今も花見の時期は地面に腰をおろし、土の息吹を感じながら飲んだり食べたりしています。そう思うと、古代から続くものがまだ私たちの体の中に脈々と流れているのかなと感じます。桜は、食料を育み、生きて命をつなぐための祈りや魂が込められた木なんです。日本では昔、唐の時代の中国から渡ってきた梅の木が珍重されていました。しかし、京都の紫宸殿の左近に植えられていた梅が枯れたとき、国に昔からある木を大事にしようと、替わりに桜の木が植えられたそうです。
 そして、紫宸殿の右近には、昔から橘の木が植えられていました。万葉集の歌人・大伴家持は、越中守として現在の富山に赴任している間、四季折々に見せる橘の風景を万葉集に詠んでいます。富山県中央植物園には、そんな深い歴史を持つ橘の木も植えられており、実がなっていました。富山にゆかりのある木が植物園にあり、用水路には神通川からの水が流れている。それだけで、なにかストーリー性を感じて、心が惹きつけられませんか。

人と自然から生まれる物語を次世代に

 これらはひとつの例ですが、農業における多面的機能の各分野、たとえば教育や環境、文化、経済などを一つのストーリー、あるいはプログラムとしてつなげると、より多くの人が関心を寄せるのではないかと思います。富山県は、農業も林業も漁業も盛んで、私のように文化に携わる者にとっては、その農地を実際に見ると「だからあの歌が生まれたのか」と、大きな説得力を感じます。日本は、農業、林業、漁業が盛んなところから生活文化や芸術文化がたくさん生まれています。そして、人と大自然との接点からたくさんの物語が生まれます。どれだけ時代が変わっても、その物語という財産には農山漁村の良さ、喜怒哀楽が込められているんです。
 そんな芸術文化を次世代の子どもたち、あるいは海外にアピールするときには、その説得力となる農山漁村にぜひ元気な姿を保っていてほしい。私自身、文化を伝えるものとして、地元の農山漁村がどれだけがんばって、素晴らしい風景を今に残し、そして美味しい食べ物を供給してくれているか、ということを語り続けていきたいですし、日本で住み心地の良い場所としてトップレベルにあるこの富山県は、その基本・見本となる土地であると強く感じています。

平野啓子さん