牛ヶ首用水
うしがくびようすい 
富山市、新湊市
婦負郡、射水郡

牛ヶ首用水による神通川左岸一帯の水田開発が始まったのは、今から約380年前の江戸時代でした。その用水の工事は、加賀藩、富山藩から富山県へと引き継がれ、富山県内で最も歴史の古い用水路です。現在、牛ヶ首用水は、婦中町・富山市・新湊市・小杉町・下村にいたる約4,220haもの水田地帯を潤し、昭和に近代的な改良工事が行われてからは農業用水とともに工業用水や発電としても利用されています。

 
 
[作成:平成16年3月] 新湊市、射水郡=現 射水市、婦負郡=現 富山市



牛ヶ首の名前のひみつ

「牛ヶ首って、変わった名前カモ」
「ある夜、用水路工事の責任者だった八町村の善左 衛門の枕べに神様が立たれ、八ヶ山に牛の首をうめるよう告げられたそうだよ」
「なぜ、神様はそんなこと言ったんだろう?」
「用水路の工事でいちばん苦労した八ヶ山の工事を 切る抜けるためだって言うよ」
「それから、それから?」

「用水路が完成した時、たびたび現地へ視察にきて いた加賀藩の前田利常公は、この話を知ってか知 らずか『牛ヶ首御用水』と名づけたらしいよ」
「うわぁ、大きい牛がいる!」

「人々は、牛の首を地元の守り神にしたんだね。 神社の境内では毎年9月に少年相撲も行われてい るよ」


用水路を探検その1
「大きな湖があるよ」
「神通第三堰堤といって用水の源だよ。」


「ここが水の取入れ口。その水量は最大で毎秒18t!」
「それって、すごいカモ!」


「あっ、用水路が消えた!」
「川を横切る時、用水はいったんサイフォン という管をくぐらせるんだ」
「へぇ、でもどうして」
「川の洪水から用水路を守るためだよ」
「このサイフォン、ほかでも見たことあるカモ」
「牛ヶ首用水では、井田川と山田川との合流点に あるよ」


用水路を探検その3
「小さい水路がたくさん!」
「ここはとやまを代表する米どころだよ」
「じゃあ、おいしいお米のためにも、きれいな水 を大事にしないとね」

加賀の殿様が築いた用水路の基礎

■牛ヶ首用水ができる前、神通川左岸一帯は川の氾濫でできた荒れ地で、農民たちは水不足による干ばつの被害に苦しんできました。そこで近隣の村が団結し、神通川本流やその支流の井田川・山田川から水を引き、水田を開こうと、加賀藩に願い出たのです。この時、人々の先頭に立ったのが八町村善左衛門、下村長左衛門、小竹村久右衛門で、三人は村役人たちとともに藩に用水路の開削を懇願しました。
■加賀藩により、山田川から取水する用水の工事が始まったのは寛永元年(1624年)のこと。藩は、先の願出人の3人に現場責任者の役を任命し、工事に多大な支援をしました。加賀藩三代目藩主の前田利常公は、農政に大変熱心で、この工事に並々ならぬ力を注ぎ、各地から人夫を集めさせ、その人件費も藩で負担するよう命じます。また、利常公自身も鷹狩りを名目に、何度も工事を視察するほどでした。
■寛永4年には、計画に一部変更が加えられました。利常公は、用水路ができ、新田が開かれることで、用水量が増えることを見越し、井田川からも水を引き、用水の川幅を予定の2倍に広げるよう指示します。この工事に、利常公は現地に赴いて自ら指揮を取りました。こうして加賀藩の絶大なる支援により、寛永10年、牛ヶ首用水は早くもおおむねの完成を見るのでした。

富山藩の分藩と四万石用水(しまんごくようすい)

■寛永16年(1638年)、利長公が隠居し、利常公の次男、前田利次公に越中国の婦負郡と新川郡の一部などを分け与えられて、富山藩が成立しました。すると、利次公のもとには富山藩の新しくできた村から川から水を引き、水田を開きたいという願い出が殺到しました。このため藩は牛ヶ首用水の水源地をより水が豊富な神通川本流に求め、そこから井田川までの用水路を新たに開削することを決めました。
■承応3年(1654年)、完成した新用水路は新江、旧来の用水路は古江と称され、この後、牛ヶ首用水流域の水田開発は大きく前進しました。やがてその石高が四万石にも達したことから、牛ヶ首用水は別名「四万石用水」とも呼ばれています。

近代化への昭和の大工事

■明治時代以降、牛ヶ首用水の事業は、富山県に引き継がれました。水源の神通川では発電の事業が始まり、昭和30年(1955年)神通第三堰堤が完成すると、牛ヶ首用水はここを水源地とするようになりました。また、昭和37年から昭和53年(1962〜1978年)にかけて、用水路や用水施設の近代的な改良工事が行われます。これには国と県、地元からも多くの出資があり、その開始から17年間に及ぶ大工事となりました。こうして牛ヶ首用水は、現在の私たちが見る大用水路へと発展し、神通川左岸一帯は豊かな水と実りの大地へと変わりました。

▲昔の農作業風景

土地改良広辞苑

灌漑【かんがい】
田畑に水を引いて注ぎ、土地を潤すこと。
左岸・右岸【さがん・うがん】
川を上流から見て左側は左岸、右側は右岸。
石高【こくだか】
米の収穫量で、一石あたり約150kg。
堰堤【えんてい】
川や谷を横切り、水を得るための堤防ダム。