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街道ゆかりのノーベル賞受賞者紹介| 【今】 マップ|   【昔】 マップSPOT


 東海と北陸を結んでいたかつての飛騨街道は、江戸時代には塩やブリなどさまざまな物資が運ばれ、越中富山の薬売りが通り、飛騨の人たちにとっては生命線であり、越中の人たちにとっては経済の動脈である、極めて重要な道でした。また、さまざまな文化が運ばれた道でもありました。狭い道や断崖絶壁などの難所もあり、困難を極めた飛騨街道、その道の傍らには、往来する人々を見守った石仏も多く存在しています。



 ノーベル街道は、ほぼ現在の国道41号にあたります。この街道は古来から飛騨街道とも飛越街道とも呼ばれ、尾張から美濃・岐阜を経て高山に到る街道と繋がり、本州を太平洋側から日本海側の中央部を横断する街道であり、立地的にも歴史的にも重要な街道でした。太平洋側と日本海側を結び、さまざまな文化が行き交った、いわば文化街道ともいえる街道です。


文人墨客が訪れる街道
・中世から近世にかけて多くの文人墨客が訪れました。
・芭蕉の弟子野沢凡兆などにより、美濃の蕉風俳譜が越中に広められました。

伊勢、尾張、飛騨の民族文化の伝播する街道
・越中の飛騨街道沿いには、信州・飛騨の石仏文化である双体道祖神がみられます。
・飛騨に多く見られる秋葉山信仰や法華宗が特徴的にみられます。
・伊勢の神楽御子や民族文化が越中に入り、大沢野で夫婦獅子や曲獅子として神社の祭礼に舞われています。
・高山の棟覆型の曳山が八尾の曳山に伝わりました。

信仰の伝道ルート
・尾張、美濃、知多から立山参詣に利用されました。
・戦国時代、飛騨から移転した真宗寺院が越中で安住しました。 

また、古来より、時代背景に応じさまざまな役割を果たしてきました。


行者・修験者など宗教者の往行する道

北陸と鎌倉を結び、武将が北陸道から東海道を経て鎌倉へと馳せ参ずる道

武将の行き交う京都や畿内と北陸を結ぶ軍事道路

魚や塩、小間物などの物資の交流する物流街道



国道41号の富山から高山までの道は、旧飛騨街道とルートをほぼ同じくし、またかつて、富山湾でとれたブリを、高山を通り、野麦峠を越え、信州松本にまで運んでいた「ブリ街道」とも重なります。
ブリは成長するにつれ呼び名がかわる「出世魚」であり、出世魚を運んだかつての道が、今ではノーベル賞を生み出す「出世街道」に。
ノーベル街道沿線の名所や、観光施設をまわるウオークツアーも年3回実施(例年6月、10月、11月実施)! あなたもぜひ参加してみませんか。

【お問い合せは】
北日本新聞社営業局企画事業部 TEL076-445-3326

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