特集

空き家と高齢者の生活

富山大学 経済学部 教授 岩田 真一郎

 

1 はじめに


高齢化の到来、過疎化の進行によって、人口の多くを65歳以上の高齢者が占める地域が増加している。そのような地域では、高齢者の死後、残された土地を含む住宅資産が活用されず、空き家率が上昇傾向にあると言われる。ある地域で空き家が生じるのは、その地域の住宅供給量が住宅需要量に比べて過剰なためである。経済学では、このように供給量が需要量を上回る状態を超過供給と呼ぶが、同時に超過供給は価格低下によって解消されることも知られている。それでは、なぜ空き家は解消されず、取り残され続けているのだろうか。そこで本稿では、標準的な経済学の需要と供給の理論を用いて、空き家が生じる理由を解説する。1その後、空き家を放置することがどのような問題を引き起こすかを検討する。さらに、長寿化の進行によって、資産寿命が生命寿命に届かない危険(リスク)も高まっている。空き家が存在する地域では、高齢者が所有する住宅資産の活用方法を狭め、この危険を高める可能性がある。そこで本稿では、空き家が高齢者の生活に与える影響についても考察する。本稿の最後には、所有する住宅資産に頼らない生活維持方法について提案する。

2 需要と供給と価格の決定:空き家への応用


ある財の価格(P)と取引量(X)を調べたところ、価格はP0、取引量はX0であったとしよう。そこで、縦軸にこの財の価格を、横軸にその取引量をそれぞれとり、P0とX0の組み合わせを図1のE0点のように表現してみる。経済学では、このE0点が決定される背景には、買い手の行動から導出される需要量と価格の関係、および売り手の行動から導出される供給量と価格の関係が影響すると考えている。

図1 財の価格と取引量の組み合わせ
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それを表現したのが図2である。まず、買い手は財の価格が下がると、需要量を増やそうとする。この関係を捉えたのが、図2のDで示された右下がりの需要曲線である。次に、売り手は財の価格が上がると、供給量を増やそうとする。この関係を捉えたのが、図2のSで示された右上がりの供給曲線である。そして、E0点は、需要曲線と供給曲線の交点、すなわち需要と供給が等しくなるように決定されることになる。

図2 需要と供給
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ここで、仮に価格がP0より高いP1であったとしよう。この場合、供給曲線の形状から売り手はX2だけ供給しようとするが、需要曲線の形状から買い手はX1だけしか需要しようとしない。このため、供給量が需要量を上回る超過供給が発生する。しかし、このような状況は長くは続かない。なぜなら、超過供給に陥ると、価格が低下し始めるからである。価格が低下し始めると、一方で、供給量は供給曲線に沿って減少し、他方で、需要量は需要曲線に沿って増加する。このため、超過供給が次第に解消されていく。最終的には、価格は超過供給を解消するまで低下し、E0点に到達することになる。

住宅資産の取引においても、このような超過供給、すなわち空き家が存在しても、価格低下が実現すれば、それは解消されるはずである。図3は、高齢化と過疎化が進行している地域の住宅取引を示している。図2とは異なり、図3では需要曲線と供給曲線の交点が示されていない。そのため、価格がゼロでも供給量が需要量を上回る超過供給(空き家)が生じている。空き家を減らすには、価格が低下しなければならない。しかし、価格はゼロより低くならないため、空き家が取り残されることになる。

図3 空き家とマイナスの価格
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需要曲線と供給曲線を下(グラフの第4象限)の方向に延ばしてみよう。すると、需要曲線と供給曲線がE1点で交わる。このことは、住宅資産の価格がマイナスになることを意味する。マイナスの価格とは、買い手は価格が支払われると、住宅を引き取り、売り手は価格を支払うと、住宅を引き取ってもらえることを意味する。

3 マイナス価格の問題


マイナスの価格がつくとは印象が悪い。実際に、林(1996)はマイナスの価格がつく例として、ゴミを挙げている。ゴミの中には処理費用を支払わなければ、ゴミを引き取ってもらえない場合があるからである。売り手にとっては、マイナス価格がつくぐらいであれば、買い手と取引を行わないほうが理にかなった行動のように思える。例えば、ある人がマイナスの価格を支払わず、ゴミを自宅に放置したとしよう。この人がこれを我慢できる限り、ゴミの自宅放置は何も問題ない。

しかし、ゴミの放置は衛生上などの問題から周辺に迷惑をかける可能性がある。同様に、空き家の放置も、防災や治安上などの問題から周辺に迷惑をかける可能性が高い(中川、2013;行武、2019)。経済学では、買い手と売り手の取引が、取引に参加していない主体に悪影響を及ぼすことを、負の外部性と呼ぶ。マイナスの価格を支払うように動機づけることは、この負の外部性を取り除く意味を持ち合わせ、効果的な対策と考えられる。

4 空き家と高齢者の住宅資産活用


長寿化の進行によって、退職後の資金調達不足が懸念されている。65歳以上の高齢者世帯の総資産額の大半が土地を含む住宅資産とされる(『平成26年全国消費実態調査』)。したがって、金融資産寿命が生命寿命に届かない事態に陥った場合、高齢者は生活を維持するために実物資産である住宅資産を取り崩す必要に迫られる。

高齢者が住宅資産を取り崩す手段として、リバース・モーゲージ(逆住宅ローン)を活用することが考えられる。リバース・モーゲージとは、住宅を担保に資金を借り入れ、死亡時にその住宅を売却し、借入金を返済する金融商品である。

高齢者は金融機関の借入に頼らず、子からの金銭的支援に頼る方法も考えられる。例えば、住宅資産を子に遺産として残し、その礼として金銭的支援を子から受け取るのである。すなわち、リバース・モーゲージと似た商品を親子間で活用し、退職後の生活を維持するのである。2

しかし、過疎化によって空き家が存在する地域では、どちらの手段も有効ではないだろう。このような地域では、現在居住している高齢者の住宅についても潜在的に空き家になる可能性がある。このため、住宅資産に対して金融機関が資金を貸し出すとは考えられない。また、子、特にその地域を離れた子、にしても、マイナスの価格がつく親の住宅資産を相続するとは考えられない。

長寿化の進行は、住宅資産を取り崩す機会を増大させる。しかし、過疎化の進行によって空き家が存在するような地域では、高齢者が保有する住宅資産価格は低下の一途をたどる可能性が高い。マイナス価格の負担を含めた住宅資産寿命の短縮は高齢者の生活を脅かす要因になるかもしれない。

5 おわりに


過疎化が進行する地域において、高齢の親世代が死去し、子世代が住宅資産を活用できず、空き家が増加すれば、生活支援サービスが立ち行かなくなり、過疎に伴う問題がさらに深刻になる。例えば、そのような地域では、食料・日用品の購入や医療サービスの受診のために遠方に出向く頻度が今まで以上に増えることになるだろう。このことは、生活支援サービスの利用費用がかさむことを意味する。人生100年時代では、これらの生活費用を、資産を取り崩すことで確保することになるが、大きな割合を占める住宅資産は、本稿でも述べたように、空き家が存在する地域では頼りにならないだろう。

他方、イノベーションの進展は、このような地域にとどまる高齢者の生活維持に貢献する可能性がある。例えば、人工知能を備えた無人決済や自動運転などの技術は、労働力不足を補い、その地域の食料・日用品店の存続に役立つかもしれない。仮想現実を駆使した技術は、遠方に居ながらにして、医療サービスの受診を容易にするだろう。本稿で述べてきたことは、その際の費用を賄うために、資産寿命の短い住宅資産に頼ることはできないということである。このことは、生活維持のためには資産寿命を延ばすような金融資産形成および運用方法が求められることを意味する。



参考文献
中川雅之(2013)
「放棄された建物:経済学的な視点」『都市住宅学』80号13-16頁
林敏彦(1996)
『ハート&マインド経済学入門』有斐閣アルマ
行武憲史(2019)
「空き家発生メカニズムと空き家タイプ〜経済学的な視点から」『都市住宅学』104号12-16頁
Horioka, Charles Yuji. (2002).
Are the Japanese selfish, altruistic or dynastic? Japanese Economic Review, 53(1), 175-191.



1 空き家の発生理由の経済学的分析については、中川(2013)、行武(2019)が詳しい。

2 Horioka(2002)はこれを家族間リバース・モーゲージと呼んでいる。




とやま経済月報
平成31年2月号