特集

続・ポスト北陸新幹線
〜 富山県がかがやき続けるために 〜

株式会社日本政策投資銀行
富山事務所長 鵜殿 裕

 

2015年3月14日に北陸新幹線が開業して一年が経過した。50年来の悲願が達成した北陸新幹線元年はどうであったか。また、それを踏まえた課題はなにか。

本稿では、2015年1月に寄稿した「ポスト北陸新幹線に向けて〜富山県が選ばれ続けるために〜」を踏まえ、開業2年目をむかえた「ポスト北陸新幹線」時代における富山県について、考察を試みることとしたい。

1 北陸新幹線の効果


2016年2月29日に観光庁の宿泊旅行統計調査が発表され、2015年(年間値(速報値))の日本全体の延べ宿泊者数は5億545万人泊(前年比+6.7%)となり、調査開始以来、初めて5億人泊を超えた。

北陸地域においても、3県合計で1,672万人泊(前年比+12.8%)となり、全国平均を上回る大きな伸びを示し、北陸新幹線開業の効果を感じる結果となっている。

図表1 延べ宿泊者数推移(従業者数10名未満の施設を含む)

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また、外国人延べ宿泊者数も順調に伸ばしており、富山県では初めて20万人泊以上を記録した。ただ、全体に占める割合は5.1%と全国平均の13.1%を下回っており、まだまだインバウンド需要の開拓余地は残っていると言えよう。

図表2 外国人延べ宿泊者推移(従業者数10名未満の施設を含む)

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2 先行開業地の動向


北陸新幹線開業の効果を示す数字は、上記宿泊旅行統計調査だけでなく、数多く報道・発表等されている。では、新幹線開業効果は今後も持続するのか、筆者の故郷(福岡市)を走る九州新幹線を例にとって考察したい。

九州新幹線は、2004年3月に「新八千代〜鹿児島中央」間が、2011年3月に「博多〜新八千代」間が開業して全線開通した。この全線開通時に新幹線が初めて通った熊本県の延べ宿泊客数であるが、2011→2012年にかけて588→563万人泊(前期比▲4.2%)と開業2年目には減少している。外国人延べ宿泊者数は24→29万人泊(前期比+21.6%)の増加となったものの、日本人延べ宿泊者数が564→534万人泊(前期比▲5.3%)の減少となった結果である。

九州最大の集積地である福岡県も同じ傾向で、九州新幹線開業2年目となる2012年の延べ宿泊者数は、前期比▲1.1%の1,152万人泊(うち日本人は前期比▲2.5%の1,082万人泊、外国人は同+27.9%の70万人泊)と減少している。

図表3 九州各県の延べ宿泊者数の推移

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一方で、新幹線開業3年目以降であるが、いずれもインバウンド需要を更に取り込むことで、延べ宿泊者数を増加させている。特に福岡県は2011→2015年にかけて外国人延べ宿泊者数が54→228万人泊と4倍強にまで増加している。

また、直接には九州新幹線が通っていない県の延べ宿泊者数が増加傾向にある点も九州の特徴である。特に宮崎県は、2011→2015年にかけて外国人の延べ宿泊数が4→22万人泊の大幅増となっており、富山県を超える数字を確保している。

こうした要因の一つとして、一般社団法人九州観光推進機構の存在があげられる。同機構は、「九州はひとつ」の理念のもと、九州地方知事会と九州経済連合会等から成る九州地域戦略会議で策定された「九州観光戦略」の実行組織であり、積極的かつ戦略的に「九州」に関する情報発信等を行ってきた成果があらわれたものと言えよう。

3 インバウンドの可能性


ここで株式会社日本政策投資銀行及び公益財団法人日本交通公社によるアジア8地域・訪日外国人旅行者の意向調査を紹介したい。

本調査は、韓国・中国(北京・上海のみ)・台湾・香港・タイ・シンガポール・マレーシア・インドネシアの8地域を対象に、20〜59歳の海外旅行経験がある男女へ、インターネットでアンケート調査を行ったもので、株式会社日本政策投資銀行では2012年より実施している。

今回調査によれば、アジア8地域全体では、日本旅行の人気は引き続きトップであり、台湾・香港・中国では6割超の人が訪日旅行を希望している。また、日本の観光地への認知度・訪問意欲は、引き続き東京〜大阪間のゴールデンルートや北海道・沖縄が高いが、訪日経験が増すと、これら以外の地方観光地の認知度・訪問意欲が高まる傾向がある。

図表4 実際に行ってみたい日本の観光地

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先ほどの「九州」であるが、訪問意欲度は8→15→22%と訪日経験を重ねる毎に高まっている。「福岡/博多」や「鹿児島」などの訪問意欲度も高いが、地域に対する訪問意欲度の高さが、各個別観光地等への訪問意欲度を底上げしていると言えよう。

また、「高松」の訪問意欲度は最大3%であるが、その香川県は富山県を超える22万人泊の外国人延べ宿泊者数を確保している。これは、「四国」という地域に対する訪問意欲度が最大10%であることも寄与していると言えるのではないか。

この点、富山県には訪問意欲度が最大11%となる「立山/黒部」が存在するが、「富山」は最大5%、「金沢」も同じく最大5%となっている。これを上げていくためには訪問意欲度が最大3%に留まっている「北陸」の底上げを図っていく必要があろう。

訪問意欲度が高い観光地または実際に海外宿泊者が増加しているところは、エリア全体としてのブランド構築が進んでいる。富山県としても、インバウンド需要を取り込んでいくためには、まずは「北陸」という地域全体の魅力を発信していくという観点も必要ではないか。


鳥取県境港市にある「水木しげる記念館」は、開館(2003年)時に約85万人/年だった入込客は、一過性のブームに終わるどころか、最大で300万人前後、近年でも200万人前後を集客している。

記念館だけでなく153体の妖怪ブロンズ像が並ぶ「水木しげるロード」など地域全体がテーマパーク化することで高い情報発信力が醸成され、地域の良さが広く知れ渡って人が集まっている好例であろう。

4 富山県がかがやき続けるために


2015年1月に寄稿した際に、「富山県への愛着」の醸成を指摘したが、今回は、富山県の魅力を広く発信するための提案を行いたい。

一つは、「燕三条 工場の祭典」(こうばのさいてん)と同様の取り組みを、高岡市を中心に行うことである。

「燕三条 工場の祭典」は、金属加工の集積地である燕三条地域内の工場を、数日間一斉に開放し、ものづくりの現場を見学・体感してもらうイベントであり、「工場(こうば)で、人を繋げる」をコンセプトとして、2013年からスタートしている。第3回目となる2015年は10月1〜4日に開催し、2年前の2倍近い約2万人の参加者を集めている。

高岡市でも、株式会社能作が積極的に見学者を受け入れ、2014年は4000人、2015年は6000人、新工場が完成すると年間1〜2万人の見学者が見込まれている。このほか各企業でも「ものづくり体験」機会を提供するなど活発な活動を行っているが、地域を挙げて一斉に開催することで、大きな発信力を生み出すであろう。

図表5 燕三条工場の祭典の入込客数推移(出所:ヒアリング等、人)

もう一つは、まずは「北陸」をPRすることである。

世界トップシェアの旅行ガイド出版社ロンリープラネット(本社・豪州)が2013年11月に発表した「ベスト・イン ・トラベル2014」の地域として、「北陸」が世界第4位に選ばれている。これは、旬の旅先エリア等が選ばれるもので、全世界10地域のうち、インドのシッキム、豪州のキンバリー、英国のヨークシャーに次ぐ4位に、日本で唯一選出されている。また、今後は「東海〜北陸」と連なる「昇龍道」ルートに注目が集まると期待される中、積極的に北陸をPRすることは、北陸の玄関口が富山県である印象を与えることにもつながるであろう。

そのために、一般社団法人九州観光推進機構のように、まずは北陸全体の観光戦略を担う実行組織として、北陸3県にまたがるDMO(Destination Management Organization)の設立も検討すべきであろう。


最後に改めて「アート」を中心とした街づくりを提案したい。

2015年1月の寄稿の際にも提示したが、図表6にあるとおり、富山市内だけでも、数多くの美術館・博物館等がある。

昨年8月に開業したTOYAMAキラリは大きな注目をあつめ既に街のシンボルとなっており、その中にある富山市ガラス美術館は半年で11万人と予想の2倍以上の来館者を記録している。

加えて、2017年には富山県美術館(仮称)が開業する予定である。ストアデザイン賞最優秀賞を受賞(2008年)し「世界一美しい」とも言われているスターバックスがあり、富山駅北口の名所として名高い「富山県富岩運河環水公園」の中に立地することもあって、開業した暁には県内外に大きな魅力を発信するであろう。

富山県美術館(仮称)をはじめ富山市内の美術館・博物館等が連携することで、地域全体が、人を惹きつける「何か」となる可能性がある。


新幹線は「人」を多く運んでいるが、同時に、沿線地域の「魅力」も広く伝えている。


2016年、北陸新幹線によってその魅力が更に広く発信され、沿線地域が、そして富山県がますます「かがやき」はじめることを願って本稿を締めたい。

図表6 富山市内の美術館等

以 上

 

(注 本稿の内容・分析に関わる箇所は、筆者個人に帰するものであり、株式会社日本政策投資銀行の公式見解ではありません。)

とやま経済月報
平成28年4月号