特集

中国におけるインターネット社会の興隆

富山県観光・地域振興局 国際・日本海政策課
主事 大井 徹雄

1 はじめに


世界第2位のGDPまでに上り詰めた中国。世界においてますます存在感を強めるこの国と日本との間には、尖閣諸島をめぐる論点や歴史認識の食い違い等にはじまり、数多くのセンシティブな事柄が横たわっている。いまや中国は、(いや、本当は遥か昔からこれまでもずっと、)日本にとって決して目を離せない存在となっている。だが一方で、日本で生活している人々は実のところ、あまり中国のことが分かっていないという節もある。今回は、2011年8月から2013年8月までの2年間、富山県の派遣職員として中国に滞在していた私が、現地で自ら感じたことなどを踏まえつつ、“インターネット”という切り口から中国という国の今を紹介してみたいと思う。

2 古川雄輝さんをご存じですか?


今年のゴールデンウィークのことだ。とあるラジオ局のパーソナリティと話をしている時、こんな質問を受けた。「日本人のGuchuan(グチュワン)Xionghui(シォンホェイ)を知っているかい?」日本人名について聞かれる時、戸惑うことが多い。発音から考えられる漢字をイメージし、自分の知っている人物名と結びつけねばならないからだ。しかし時間をかければ、最初に分からないと判断した人物であってもそのうち漢字がリンクし、ああ彼(彼女)のことかと思い至ることも多い。この時はどうであったか。数秒経っても一向にこれだという人物名が思い浮かばない。改めて漢字を確認すると、パーソナリティが口にしていたのは“古川雄輝”という俳優のことであった。残念ながら私は、そもそも彼の存在を知らなかった。

さてここで聞いてみたい。あなたはこの古川雄輝さんのことを、知っているだろうか。

3 中国で爆発的人気を誇る日本ドラマの俳優


日本においても、古川雄輝さんをご存じの方はいらっしゃるだろう。だが、私が日本人の知人や友人に尋ねてみた限りでは、残念ながらピンとくる方はいなかった。では一体、彼は何者なのか。パーソナリティが語った事を紹介すると、彼は最近、中国で流行っている“日本の”テレビドラマの俳優であり、中国女子の間でその人気が凄まじい勢いで広がっているということだった。調べてみた結果、そのドラマとは、2013年3月からCS放送・フジテレビTWOで放送されている(そう、当時はまだ放送中であった)「イタズラなKiss〜Love in TOKYO」であり、古川雄輝さんは、主人公の女の子が恋する相手役を演じる俳優であった。

この事実を知ると同時に、私は中国国内で広がる熱狂的な古川人気をリアルタイムで追って行くことになる。中国のソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の“新浪微博(ウェイボー)”(以下、“微博”と記す)において、彼のアカウントが作られているのを見つけ、そのフォロワー数が刻一刻と、何千人という単位で膨れ上がっていくのを目の当たりにしたのである。更によく見てみると、同ドラマの監督である永田琴さんまで数日前にアカウントを開設したところであり、1日数百人という単位でフォロワー数が増加していた。(当時、私も富山県のPRをすべく個人のアカウントでフォロワーをコツコツ増やしていたところだったのだが、ものの数日で私のフォロワー数なんか抜き去られてしまった。悔しさと、この熱気を何とか我がアカウントにも取り込めないかと思ったことから、ドラマに関するネタを何度か発信したこともある。)古川雄輝さんの“微博”フォロワー数は、10月現在、約84万人。結局この人気はインターネット上に留まらず、本人を現実世界の中国大陸へ上陸させるまでに至っている。上海では7月下旬と9月下旬に、また、香港でも8月上旬にそれぞれイベントが行われ、会場は若い女の子達で埋め尽くされた。一体どれだけの日本人がこのことを知っているだろうか。

4 温床はインターネットにあり


では、何故中国において、これほど日本のドラマが人気を博したのだろうか。ここでは、そのドラマの内容がいかに中国女子にウケるものであったかということではなく、伝播の土台、つまり人気が広がり得るインターネット上の環境が、おそらくは日本人が想像するよりもはるかに超えた形で備わっていたという事実に言及したい。

中国において、様々なドラマやアニメ、映画などの海賊版DVDが格安で巷に溢れ返っているのは周知の事実であろう。それらは恐るべき早さで世に湧いて出て来る。日本でもまだ正規版は出ていないのではないかというタイミングで、そこかしこに陳列されるのである。しかし、現地の若い人々に聞くと、最近はもはやそれらのDVDを買うことも少なくなって来ているという。何故か。インターネット上でいくらでも視聴することができるからである。日々、中国の各種動画共有サイトに、次々と最新作が無断でアップされているのだ。“生肉”や“熟肉”という中国のネット用語をご存じだろうか。“生肉”とは、字幕なしの生の動画のことであり、“熟肉”とは、翻訳済みで字幕付きの動画のことである。“生肉”であれば放送のあった当日あるいは翌日に、“熟肉”であっても、早ければ翌日にはサイト上で公開される。それらの更新情報は、これまた即座に、SNSによって広められる。中国の動画共有サイト上では、ドラマがアップされると同時に、待っていましたと言わんばかりに視聴者が詰めかけ、日本と同様に、皆でああだこうだとコメントを寄せながら動画を共有し楽しんでいるのである。

それらのコメントから見えてくるのは、中国人は、我々が考える以上に日本の情報や流行に敏感であるということである。日中間の関係悪化を受けて不買運動が起こる中でも、中国人はインターネットを介して日本の情報・コンテンツに変わらず触れ続けていた。良いものは良い、好きなものは好きとして、大好きな日本のアニメやアイドルを支持し、時には、日本のドラマが中国大陸でブームを巻き起こすのである。

ちなみにその代表例として先ほど述べた「イタズラなKiss」には、主人公の女の子のライバルとして、モデル・女優の森カンナさんが出演している。彼女は、富山県出身である。この情報をいち早く入手し、何らかの連携可能性などを考えられた富山県関係者はそうはいないだろう。それほど日本で生活している人々は、“中国で広がっている日本の情報”に疎くなり易いと言える。


(なお、日本の文化庁は今年5月に「海外における著作権侵害等に関する実態調査(中国)」の結果(※1)を公表している。それによると、中国4都市(北京、上海、広州、重慶)における日本のオンライン型コンテンツ及びパッケージ(アニメ、映画、TV番組、音楽、ゲーム、コミック、雑誌、書籍)に係る著作権侵害規模が、有償ダウンロード換算で5,600億円、全国レベル推計で3.8兆円に上るとしており、大変由々しき問題となっている。)

5 “微博”と“微信(ウェイシン)”


中国におけるインターネットの普及については、上述の通りである。内陸部は別として、都市部においては日本との差は全く感じられない。人々はスマートフォンやパソコンを持ち歩き、特に上海においては、無料の無線LANスポットが日本以上に整備されており、多くの人々が街中でインターネットを活用している。そのような中、特に好んで使われているツールが、 “微博”と“微信”である。

“微博”は2009年8月に始まった、マイクロブログのサービスであり、現在中国で最も人気のあるサイトの一つである。2012年12月時点でそのユーザー数は5億人を超え、中国の世論や話題形成において多大な影響力を有している。最近日本では、若者がバイト先でふざけた写真を撮影してSNSに投稿し、それが瞬く間に拡散・炎上して問題に発展する事態が相継いでいるが、この“広がるスピード”に関して言えば、“微博”も引けを取らない。中国人の興味を強く惹き付けたり、あるいは義憤を掻き立てたりするようなものがひとたび投稿されると、まさに炎上するに似た勢いで情報が拡散されていくのである。先日、中国共産党当局が、各地の宣伝担当部門やインターネットメディアなどに対し、個人の書込みについてネットで使用禁止とする約800余りのキーワードリストを配布し規制をかけたとの報道があった。中国当局による規制は国際社会からもたびたび批判されているが、このような具体的な規制をかけるまでになったことを見ると、“微博”をはじめとする中国の情報発信媒体が、当局が完全にコントロールできなくなるレベルにまで発展したことを意味するのかもしれない。

さて、上述のような情報伝達速度や影響力をポジティブな面から見ると、“微博”は個人にとって、自己主張・自己表現、あるいは情報収集する際の極めて有効な手段であり、企業や自治体にとっても、宣伝・PRを展開するに打ってつけの場になっているといえる。特に後者にとっては、無料の広告媒体と言ってしまってよく、これを使わない手は無い。

では、もう一つの“微信”とは何なのか。こちらは中国の大手IT企業が2011年1月にサービスを開始した、無料メッセンジャーアプリである。“微博”はパソコンとスマートフォンのいずれでも使われるが、“微信”の場合は原則スマートフォンに限られる。サービス開始後間もなく、飛ぶ鳥を落とす勢いで人気が上昇し、いまや“微博”と肩を並べる程の存在となっている。“微博”との大きな違いは何かと問われれば、“微信”は個々人間のコミュニケーションツールとしての要素が強く、家族や友人、同級生など近しい人物との連絡の手段として多用されることにある。“微博”の場合は、芸能人や新聞のアカウントなどをフォローし情報を得るために使われるほか、自身の情報をより広い対象に向けて発信することに使われることが多い。では何故いま、“微信”が“微博”と肩を並べるほどとなっているのかといえば、難しいところだが、その新鮮さゆえユーザーの関心が“微信”に移ったからといえるかもしれない。また、本来個々人間の連絡手段としての要素が強い“微信”でも、“微博”と同じく公式アカウントの設定が可能となっており、企業などからしても、こちらを活用するメリットが出て来ている。

下表は、中国のインターネット系リサーチ会社の締元信社が、“微博”と“微信”のユーザー比較をした「ソーシャルメディア発展動向研究報告」(※2)の一部である。

グラフ1:最近1ヶ月の微博と微信の使用頻度

グラフ

資料出所:締元信社
資料:「ソーシャルメディア発展動向研究報告」

グラフ2:最近1ヶ月の1日の平均使用時間

グラフ

資料出所:締元信社
資料:「ソーシャルメディア発展動向研究報告」

一つ目のグラフは、最近1ヶ月の使用頻度を比較したものだが、“微博”では週1〜3回という回答が一番多くなっているのに対し、“微信”では毎日4回以上という回答が最も多くなっている。また、1日の平均利用時間を比較する二つ目のグラフを見てみると、“微博”では30分以下の回答が多い反面、“微信”では5時間以上利用すると回答したユーザーが13.4%にも及んでいる。明らかな逆転現象までは見られないものの、少なくとも“微信”が“微博”に匹敵するサービスとなっているといって良さそうである。なお、私自身も、富山県PRのために立ち上げた個人の“微博”アカウントを紹介するさなか、「“微博”はやっていないけど“微信”ならやっているよ!」といった声や、「“微博”アカウントはあるにはあるけど、もうあまり使っていないんだよね」といった声を直接耳にし、“微博”離れという現実を見た。さすがに“微博”と“微信”の両方に時間を割く余裕は無く、既にその影響力を確立している“微博”一本に専念して、ある程度の成果を得ることはできたが、これは一つの迷いどころであった。

6 ますます広がるオンラインショッピング


日本でSNSやブログなどのブームが始まる前から、インターネットで活躍していたものには何が挙げられるだろうか。思うに、オンラインショッピングは欠かせないだろう。私もこれまでに何度も活用している。では、中国の現状はどうなっているだろうか。皆さんもご存じの通り、中国にもECサイト(インターネット上の販売サイト)は当然存在する。それどころか、中国におけるオンラインショッピング市場は、日本を凌ぐ規模にまで達している。中国IT研究センターが8月初頭に発表した報告によると、2012年末時点でのオンラインショッピング普及率(インターネット利用者に占める割合)は41%で、その利用者数は2億5000万人。日本の総人口のざっと2倍である。今後の予測については、2013年に3億1,000万人まで、2014年には3億6,000万人にまで拡大すると見られている(※3)。金額ベースでも、中国ネットワークインフォメーションセンターが5月に発表した調査レポートによれば、2012年の市場規模は約20兆円であり、その成長率たるや、前年比66.5%という驚異的な高さを誇っている(※4)。近いうち、中国はアメリカを抜き、世界一のEC大国へと成長するだろう。中国市場について考えるならば、これを抜きにしては語れない。

さて、中国のECサイトといえばすぐに思い浮かぶのは、やはり“淘宝(タオバオ)”だ。早くからCtoC(消費者to消費者)の販売ネットを作り上げ、現在でもその人気は衰えていない。しかし今、より注目されているのは、“淘宝”のBtoC(企業to消費者)版・“Tmall天猫”である。成長著しいBtoC市場において、半分以上のシェアを占めており、日本の数多くの企業も“Tmall天猫”に出店している。「中国販売は“Tmall天猫”から始めるべきである」と主張する企業もいるくらいだ。

残念ながら私自身は中国においてこれらのサイトを利用しなかったのだが、周囲の友人たちは、ふんだんに活用しているようであった。彼らのうち多くは、「安いし便利だ」と口々に漏らしていたが、中には「僕のような金持ちは買い物へ行く時間が無いからね、ネットでパパっと購入しちゃうんだよ」といったことを言ってのける人間もいた。

“微博”や“微信”といった情報発信ツールと、ECサイトとの連携もよく見られる手法であった。情報発信ツールによって、自社の新製品を、目を引く形で宣伝する。あるいは何らかの付加価値(プレゼントキャンペーン等)を付けて、情報を拡散させる。その情報にはECサイトのURLが載っていて、興味を持った人、購入意欲が湧いた人は、そのままアクセスして購入できるという仕組みである。この手段はありきたりではあるが、見たところ結構有効なようである。私の友人にも、日本系ファッションをコーディネートしてECサイトで販売している女性がいるのだが、彼女の場合は自分自身をモデルとしてそのファッションをマイクロブログで発信し、多くのフォロワーを獲得して成功している。彼女のアカウントを見ていると、フォロワーから「新作はいつ出るの?!」「秋物を早く出して!」といったコメントが数多く寄せられている。つまり、「早くあなたの出品する商品を購入したい」という意思が多くの人から見て取れるのである。

7 おわりに


以上、中国におけるインターネット社会の興隆について、いくつかの事例を挙げつつ紹介してきた。中国の今を、少し感じていただけたであろうか。

インターネット利用の普及と多様化により、日中間で交わされる情報の量と速度はますます増加し、その手段や形態も次々と変化を遂げて来ている。このことは、二国間の様々な分野における関係性にも影響を及ぼすとともに、色々な可能性を生み出してくれることだろう。日本にいながらにして、中国の情報を格段に得られやすくなった今、どうせ気になる存在ということであれば、より深くまでその情報に触れ、二国の未来に思いを馳せてみると面白いかもしれない。


■参考文献
※1 文化庁「海外における著作権侵害等に関する実態調査(中国)」
 (平成25年5月)
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/kaizokuban/chosa_china/index.html
※2 締元信社「ソーシャルメディア発展動向研究報告」(2013/6/26)
http://www.dratio.com/2013/0626/191634.html
※3 ユナイテッドスペース株式会社 China Press
 「中国ネットショッピング利用者数:2億5000万人」(2013/8/8)
http://www.chinapress.jp/it/37734/
※4 株式会社ImpressWatch INTERNET Watch
 「中国オンラインショッピング市場の規模は約20兆円〜2013年4月」(2013/5/13)
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/column/m_china/20130513_599028.html
とやま経済月報
平成25年11月号