特集

とやまの医薬品の生産誘発効果は高いのか?
〜産業連関分析を通じて〜

株式会社日本政策投資銀行
富山事務所長兼北陸支店次長 亀 森 和 博

はじめに

 リーマンショックによる需要減退や最近の円高により不振に悩む製造業が多い中、富山県内の医薬品業界は好調である。平成20年の薬事工業生産動態統計によれば、富山県の医薬品生産金額は5,167億円と全国第3位で、ここのところ右肩上がりに推移している。

 また、富山の場合、医薬品産業のみならず薬の容器やパッケージ、印刷など、周辺産業の裾野が広いという特長が指摘されており、それら産業も含めて富山経済全体を下支えしていると言われている。

 この通説を、産業連関表を用いて分析してみようというのが本稿の趣旨である。

都道府県別医薬品生産金額

(出典:薬事工業生産動態統計に基づき筆者作成)

産業連関表とは

 富山県の「統計情報ライブラリー」ホームページでは
http://www.pref.toyama.jp/sections/1015/lib/renkan/summary.html)、産業連関表とは「県内において様々な産業が1年間に生産した財・サービスが、産業、家計、輸出等にどのように配分されたかを全ての産業について統一的に把握し、行列で一覧表にしたものであり、県内における財・サービスの流れの全貌を把握することができます。」と記されている。詳細な解説は専門書に譲るとして、一言で言えば、地域内の経済活動を網羅的に記した表であり、これを活用することによって産業構造の分析や各種の経済波及効果などを測定することが出来る。

 非常に便利な表ではあるが作成に要するコストと期間は膨大で、都道府県においては5年に1回の作成としているところが多い。富山県においては、平成22年6月に平成17年表(平成17年の経済活動を記した表)が公表されており
http://www.pref.toyama.jp/sections/1015/lib/renkan/index.html)、現在のところ、この17年表が最新である。ちなみに、次回は平成23年表が平成27年度末に公表される予定である。

平成17年表で見る県内医薬品の生産誘発効果

 上記のとおり統計上の制約から、以後の分析はすべて平成17年現在のものである。平成17年における富山県の医薬品生産金額は2,636億円で全国第8位であった。

 さて、平成17年の富山県産業連関表だが、使用するのは開放型の逆行列係数[ I - ( I - M ) A ]-1型)である。表の種類には、業種分類に応じて13部門表、34部門表、107部門表があるが、医薬品が独立した業種として明記されているのは最も細かな107部門表だけであるため、これを用いることにしよう。

 なお、やや専門的となるが、富山県産業連関表は「地域内表」であるので、「跳ね返り効果」(富山県外に漏洩した需要が域外で生産を誘発し、これが再び富山県内の需要を増加させる効果。下図の赤枠部分)を考慮していない。また、生産活動により生み出された所得が、消費支出を通じて再び県内生産を誘発する「2次効果」(下図の青枠部分)も考慮しない。前者を考慮に入れるためには、「地域間表」が、後者の場合には家計内生化の作業を行った逆行列係数が必要だが、いずれも富山県を含めほとんどの都道府県で作成されていない。したがって、以下の分析は、富山県内で完結する生産活動の相互関係のみを対象としていることに留意する必要がある。

(出典:筆者作成)

 さて、ある産業に1単位の需要が発生した場合、産業全体でどれくらいの生産が誘発されるかを示すのは、逆行列係数の列和である(富山県統計情報ライブラリーホームページ「産業連関表の各種係数の意味・使い方」
http://www.pref.toyama.jp/sections/1015/lib/renkan/_rep17/report2_02.pdf 「逆行列係数」の解説を参照)。107部門表に記された列和のうち医薬品は1.292957で、107部門中、上から数えて59番目と、真ん中よりやや下である。また、どの産業の生産が県内全産業の生産にどれくらいの影響を与えるかを示す影響力係数は0.984236と1を下回っており、医薬品産業の場合、富山県産業の平均よりも生産を引き起こす力が弱いという結果となっている。

107部門表における列和と影響力係数の上位・下位業種

(出典:平成17年富山県産業連関表107部門表)

他府県との比較

 次に、医薬品生産金額が上位の他府県と比較してみよう。平成20年の医薬品生産金額トップの埼玉県以下、静岡県、大阪府と富山県の、いずれも平成17年の産業連関表における開放型逆行列係数の係数上位10業種と列和及び影響力係数を示したものが下表である。なお、埼玉県は108、静岡県は109、大阪府は108部門分類を採用している。

 まず、医薬品に1単位の需要が発生した場合の生産誘発を示す列和は、埼玉、静岡、大阪とも富山の数値を上回っており、かつ影響力係数も1を超えている(すなわち、産業平均よりも生産誘発の度合いが高い)。

 業種別に見ると、各府県とも、当然のことながら「医薬品」がトップで1を上回っている(医薬品に1単位の需要が発生しているため)が、意外なことに富山は1.001926と低い。重層的な取引構造にある富山の医薬品産業の姿を知る者にとっては、非常に意外な結果である。また、新薬開発よりも製法や剤型などに強みを持つ富山としては、研究機関との取引が少ないのか「研究」の係数も他府県と比較して低く、販売元となっている大手新薬、大衆薬メーカーの多い大阪府や静岡県などと比べると「広告」も低い数値となっている。また、紙や印刷、プラスチック容器など比較的集積していると言われる周辺産業が上位10業種の中に出てこない(プラスチック製品は11位で0.007927)のも意外である。

(出典:各府県平成17年産業連関表)

これらの結果のインプリケーション

 以上から、実は富山の医薬品の生産誘発効果は、県内の他産業と比較しても、また医薬品上位どころの府県の同業(医薬品)と比較しても、高くはないという結果となる。

 生産誘発効果が低いのは、域内生産に必要な投入物(原材料等)を輸入・移入で賄っていることや、1単位の生産物に占める付加価値率が高く(逆に言えば、原材料等の投入比率が低く)モノとモノとの結びつきが弱いことが考えられる。前者については、需要が域外に流出していることから、あまり望ましい状況ではないが、後者に関しては、企業は付加価値の向上を目指して活動している訳であるから、決して悪い状況ではない。実際、富山県の医薬品の付加価値率は0.564353で県内107業種中37番目に高く、他府県の医薬品と比較しても、埼玉県0.375493、静岡県0.402047、大阪府0.448533よりも高い。

 医薬品産業の振興を目指すのは生産誘発効果(波及効果)が大きいから、という理由も、生産誘発効果を高めるための対策を講じることが産業・企業にとっても良い、という考えも、どちらも正確ではない。そもそも、雇用の維持・増大といった面から見れば、経済規模そのものが拡大することに意味があるのであって、生産誘発効果の大小とは一義的には関係ないのである。

とやま経済月報
平成23年1月号