特集

鉱工業指数から見る
金融危機以降の富山県工業の動き

統計調査課 三箇 一也

1 はじめに

 平成20年秋、米国のリーマン・ブラザーズ破綻を契機にした金融危機は世界的に影響を及ぼし、日本経済も急速に悪化しました。平成21年の日本経済はこの不況との戦いで、11月には政府からデフレ宣言が出されるなどまだまだ厳しい状況が続いています。内閣府は平成22年1月の月例経済報告において、「景気は、持ち直してきているが、自律性に乏しく、失業率が高水準にあるなど依然として厳しい状況にある」とし、基調判断を6ヶ月連続で据え置いています。

 さて、景気動向を把握する上で重要な指標の1つに、鉱工業指数があげられます。本稿では、鉱工業生産指数を使って不況の真っ只中にあった平成20年から21年にかけて、富山県の主要産業である製造業がどのように推移してきたか、北陸地域(富山県・石川県・福井県の3県)及び全国と比較しながら見ていきます。

2 鉱工業指数とは

 鉱工業指数とは、鉱業及び製造業の品目ごとに集計される指標で、ある時の生産数量(在庫数量)を基準にしてどれだけ増えたかあるいは減ったかを比率で表したものです。その基準とした「ある時」のことを基準時、もしくは基準年といいます。現在の基準年は平成17年であり、その年の平均生産量(在庫量)を100としています。

 指数という表し方の最大の長所は、比較のしやすさにあります。鉱工業指数では、計測単位の異なる品目を指数化することで集計、比較しています。よく利用されているのが時間的な比較で、前年比や前月比といった2時点間の比較はもちろん、連続する各時点での時系列比較にも利用されます。現在では全国、各都道府県で作成、公表され、業種ごと、地域ごとといった比較も可能となっています。

 また、以下の3つの理由により、鉱工業指数は経済指標の中で最も重要な指標の1つであると言われています。

1経済活動に占める割合が大きい

 GDP(国内総生産)に占める鉱工業の割合は20%(平成20年)ですが、卸売業、小売業、運輸業など密接な関連を持つ産業も含めると約4割になります。

2景気動向に敏感である

 一般に景気が上向くと出荷が増加し、在庫が減少するので生産を増やそうとします。景気の状況に応じた動きは、景気の動向や転換点を判断する上で重要となります。

3速報性が高い

 GDPや県内総生産も重要な統計ですが、公表までに1年余りの期間を要します。一方、鉱工業指数は、翌月に全国の速報が、富山県では翌々月に確報が公表されます。

3 鉱工業生産指数の比較

図1 鉱工業生産指数

 それではまず、鉱工業生産指数(季節調整済)の総合指数(図1)について見てみます。

 全国の生産指数は、平成20年2月に110.1と非常に高い数値を記録しましたが、その後緩やかに低下を続け、10月以降は金融危機や世界的な景気後退の影響を受けて急速に低下しました。前月比で見ると、平成20年10月▲3.4%、11月▲7.0%、12月▲8.4%、21年1月▲10.1%、2月▲9.4%と5ヶ月連続の大幅な低下を記録し、21年2月の時点で69.5まで落ち込みました。3月に前月比1.6%の上昇に転じ、4月以降は日本をはじめ主要国の需要喚起策などが徐々に浸透し、さらには在庫調整に一巡感も出たことから、4月5.9%、5月5.7%と大幅に上昇しました。その後は、図2のとおり、アジアの新興国を中心に輸出の回復などもあって、前月比概ね2%前後上昇して、緩やかな回復基調にあります。

図2 アジア新興国への輸出総額(全国)

※NIEs(Newly Industrializing Economies:新興工業経済地域)
開発途上国の中で20世紀後半に急速に経済成長した国や地域で、アジアNIEsとは韓国、台湾、香港、シンガポールの4ヶ国(地域)を指し、アジアへの輸出総額の約4割を占めている。

 富山県の総合指数も全国とほぼ同様の動きになっています。平成20年8月までは100前後を維持しながら横ばいで推移していたものの、9月に前月比▲2.2%と低下し、10月以降は10月▲3.2%、11月▲6.0%、12月▲7.0%、21年1月▲13.8%、2月▲4.3%、3月▲4.3%と7ヶ月連続で低下しました。平成21年3月の総合指数は66.0となり、17年を基準年とする指数では最も低くなりました。その後、急低下の反動もあって4月は前月比9.4%と大きく上昇し、6月には低下したものの、7月以降は順調な回復を見せ、11月は84.4と前月比5.9%上昇となり、北陸地域や全国と比べて上昇幅が大きくなっています。

4 業種別の比較

 図1のように総合指数だけを見ると、全国、北陸地域、富山県はほぼ同じように推移していますが、業種別に比較するとそれぞれの特色が見えてきます。

 業種別の生産指数を比較する前に、まず業種別ウェイトについて見ていきます。

(1)業種別ウェイトの比較

 ウェイトとは、それぞれの業種・品目の鉱工業指数全体への影響度のことであり、全体を10000.0として数値で表します。現在のウェイトは平成17年の鉱工業構造(平成17年工業統計等)により作成しています。

 では、実際に富山県、北陸地域及び全国の生産指数の業種別ウェイト(表1)を比較してみましょう。

表1 業種別生産ウェイト

※富山県との比較のため、北陸地域、全国は電気機械工業と電子部品・デバイス工業とを合わせ、電気機械工業としています。

 表1中で色の付いた数値は各指数の上位5位(その他工業除く)までの業種です。富山県は、電気機械工業や化学工業が全体の2割を超える高いウェイトになっています。良質で豊富な水、安価で安定した電力に支えられているIC産業や伝統ある「薬都とやま」の医薬品製造業によるものです。また、全国と比べて、金属製品工業のウェイトが高くなっているのは、全国でも高いシェアを誇る「アルミ産業」によるものです。

 さらに、北陸地域では、石川県の「友禅染」や福井県の「羽二重」など、風土に根差した伝統工業が盛んで、繊維産業のウェイトが高くなっています。

 それでは、富山県の上位4業種と北陸地域の特徴である繊維工業の生産指数の推移を見てみます。

(2)金属製品工業

図3 金属製品工業の生産指数

 金属製品工業の生産指数(図3)の推移を見ると、北陸地域と富山県の指数がほぼ同じ動きをしています。これは、北陸地域の金属製品工業に占める富山県のウェイトが高い(北陸地域の付加価値額の65.9%、平成17年工業統計)からです。

 全国の生産指数は、平成20年10月までは90以上を保っていましたが、景気悪化の影響から、21年3月まで急速に低下します。しかしながら、平成21年4月以降は順調な回復を見せ、11月では80.2と80を上回る数値となっています。一方、富山県の生産指数も景気悪化により平成21年3月が底となり、その後は前月比4月3.5%、5月4.5%、6月8.3%と急速に上昇・回復しましたが、7月以降は再び低下しました。7月から11月まで前月比5ヶ月連続で低下となり、全国の指数に見る回復基調とは逆の動きとなっています。

 富山県の金属製品工業の落ち込みの原因の1つに住宅市場の落ち込みがあります。富山県の金属製品工業で大きなウェイトを占めるのは、金属製建具であり、富山県は、住宅用アルミニウム製サッシの出荷額が全国シェア第1位(平成19年工業統計)となっています。

 図4は全国の新設住宅着工戸数(持家・借家・給与住宅・分譲住宅の合計)とその前年同月比を示しています。

図4 新設住宅着工戸数(全国)

 図4のとおり住宅市場は非常に厳しい状況が続いています。新設住宅着工戸数は平成20年12月から21年12月まで、前年同月比13ヶ月連続で減少しており、21年の年間計では45年ぶりに80万戸割れを記録しました。6万戸を下回った8月が底となり、9月以降は若干持ち直しましたが、12月でも7万戸を下回っています。このような住宅市場(※1)の低迷に対し、政府は平成21年度の補正予算に「住宅版エコポイント(※2)」を盛り込みました。また、国土交通省は建築確認手続き等の運用を22年6月から改善することとしています。これらの対策により住宅着工戸数の回復、ひいては富山県の金属製品工業の活性化につながることを期待しています。

※1 住宅市場
住宅市場は、照明器具や家具類、電化製品の購入までをも呼び起こすなど、裾野が広いという特徴を持つ。

※2 住宅版エコポイント
平成22年1月28日以降に、エコリフォームまたはエコ住宅を新築した方(個人、法人を問わない)に様々な商品・サービスと交換可能なポイントを付与するもの。

(3)一般機械工業

図5 一般機械工業の生産指数

 一般機械工業の生産指数(図5)を見ると、全国の平成20年10月は95.6でしたが、半年後の21年4月には52.8まで急落しました。その後は急落の反動もなく、7月ごろまでは低い水準でほぼ横ばいを続け、最近になってようやく回復の兆しが見えてきました。

 北陸地域及び富山県の生産指数は、平成20年10月から急速に低下し、富山県では21年2月、北陸地域では4月に底となりました。5月は一時的な需要により上昇するものの、6月には再び低下し、11月にようやく60を超えました。回復の兆しは見えるものの、まだまだ平成20年前半と比べると低い状況にあります。

 このように一般機械工業は3つの生産指数が似かよった動きとなっていますが、その要因も共通するところが多いです。3つのいずれの生産指数においても、一般機械工業に採用されている品目は、金属工作機械や半導体製造装置など製造業の設備に関するもので、景気後退により設備投資の抑制が続いていることから、なかなか上向いてきません。

図6 製造業の設備投資額(全国)

 図6は全国の製造業の設備投資額の推移を四半期別に表したものですが、設備投資額は平成20年第III四半期以降、前年同期比で減少を続け、20年第IV四半期以降は4期連続二桁の減少となっています。

 このような中で一般機械工業が5月以降やや上向いてきた要因として、中国をはじめとする新興国の景気が回復しはじめたことにより、それらの国への輸出による受注が伸びたことが考えられます。一方、内需は多くの産業で設備に過剰感を抱えており、今後も回復は外需頼みであると言えます。

(4)電気機械工業

図7 電気機械工業の生産指数

 電気機械工業の生産指数(図7)は、平成20年10月以降、北陸地域は21年1月、全国及び富山県は2月まで低下し続けましたが、全国及び北陸地域では6月までに急速に持ち直し、その後は11月まで100前後で推移しています。富山県の生産指数も上昇傾向にあるものの、11月時点では77.8と、全国及び北陸地域と比較すると今ひとつ回復し切れていません。

 電気機械工業の回復には、政府の経済危機対策の1つである「エコポイントの活用によるグリーン家電普及促進事業(※)」が影響していると思われます。中でも地上デジタル放送への移行が相乗効果をなした薄型テレビの需要が大幅に高まりました。図8は平成21年の薄型テレビ出荷台数ですが、5月にエコポイント制度が導入されて以降、非常に高い伸びを記録しています。特に11月、12月は急増しており、12月には月間の出荷台数が200万台を大きく超えました。これには、カナダのバンクーバー冬季オリンピックや南アフリカでのサッカーワールドカップなど、国際的に大きなスポーツ大会も影響しているようです。

 このような中で、富山県の電気機械工業が伸び悩んでいる要因としては、全国や北陸地域と比べると集積回路の占めるウェイトが高く、その集積回路がエコポイント対象以外の製品にも幅広く利用されていることが考えられます。

※エコポイントの活用によるグリーン家電普及促進事業
省エネ型の地上デジタル放送対応テレビ、エアコン、冷蔵庫を購入の際、エコポイントを付与する制度で、平成22年12月31日まで延長される予定

図8 薄型テレビ出荷台数(全国)

(5)化学工業

図9 化学工業の生産指数

 化学工業の生産指数(図9)の推移を見ると、北陸地域と富山県でほぼ同じ動きをしています。これは、金属製品工業と同様、北陸地域の化学工業において富山県が占めるウェイトが高い(北陸地域の付加価値額の66.2%、平成17年工業統計)からです。

 全国と富山県の推移を比較すると、違いが顕著に表れています。まず全国の生産指数について見てみると、平成21年2月に83.9まで低下した後、4月に93.8まで急上昇し、その後は緩やかに回復しています。一方、富山県の生産指数は、平成20 年から21年にかけて上下を繰り返しながら、高い水準で推移しています。

 なぜ、富山県の化学工業は景気悪化の影響が小さかったのでしょうか?それは、化学工業のウェイトは全国が1181.3、富山県が2034.0に対し、その中の医薬品のウェイトは全国が358.3、富山県が1088.9と、富山県では医薬品が高いウェイトを占めているからです。

 一般的に医薬品産業は、従来から景気動向の影響を受けにくく、不況に強いと言われています。また、平成17年4月施行の改正薬事法により医薬品の最終工程までの委託による生産が可能となり、昔から高い医薬品製造技術を持つ県内の製薬メーカーが委託先として多く採用されています。「薬都とやま」の名に違わず、医薬品産業が富山県の化学工業を牽引しています。

図10 富山県の化学工業と医薬品の生産指数

(6)繊維工業

図11 繊維工業の生産指数

 北陸地域では古くから、多湿な気候を生かした繊維産業が盛んでした。今日でも石川県や福井県では事業所数も多く、ウェイトが石川県で1164.5、福井県で1956.6と主要産業の1つであると言えます。富山県(ウェイト358.4)は以前(昭和60年 1029.5)と比べると大幅にウェイトが低くなっていますが、それでも全国(ウェイト200.9)と比較するとまだ高くなっています。

 繊維工業の3つの生産指数(図11)の推移を見てみると、概ね同じようなカーブを描いています。平成20年6月ごろからやや低下を始め、11月から21年3月まではさらに大きく低下しています。全国及び北陸地域では、底を迎えた平成21年3月以降もなかなか回復には至らず、ほぼ横ばいでしたが、ここ3ヶ月を見ると、北陸地域はやや上昇の傾向にあります。富山県では、平成21年5月が底となり、7月までに急上昇しましたが、8月に低下しました。9月10月と上昇したものの、11月では再び低下となりました。

 景気悪化以前から北陸地域をはじめとする国内繊維産業は、中国をはじめとする新興国で生産される安価な輸入品との競合で厳しい状況にありました。そこで、北陸地域の繊維産業の集積地を形成して競争力を強化するために北陸3県が共同で企業立地促進法に基づく活性化計画を策定し、3県の企業や自治体からなる「北陸3県繊維産業クラスター協議会」を平成21年5月に立ち上げました。この協議会を中心に、研究開発、人材育成、販路開拓など繊維産業の活性化に取り組んでいます。複数県にまたがる広域連携の認定は初めてで、3県で200以上の繊維企業がクラスターに参加しており、北陸地域の繊維業界の活性化に大いに期待しています。

5 おわりに

 日本経済が不況という長いトンネルに入ってから約1年半が経ちましたが、ようやくうっすらと出口の光が見えてきたのではないかと思います。政府が平成22年1月22日に閣議決定した22年度の経済見通しによると、「景気は緩やかに回復していくと見込まれる」とされ、鉱工業生産も内需、外需の増加を受けて、対前年度比8%程度の増加に転じるとされています。また、内閣府が平成22年2月8日に発表した1月の景気ウォッチャー調査(※)によると、2〜3ヶ月先の景気の先行き判断を示す指数(全国)は、前月を5.6ポイント上回り、2ヶ月連続で上昇しています。

 厳しさの続く雇用環境や需要の低迷などのリスクも多いですが、それらを乗り越え、一刻も早く外の明るい世界へとたどり着くことを期待しています。

※景気ウォッチャー調査
スーパーやコンビニの店長、企業の経理担当、人材派遣会社社員など、地域の景気に関連の深い動きを観察できる立場の2050人(全国)を対象とする調査で、景気動向判断の基礎資料となっている。

とやま経済月報
平成22年3月号