特集

短観でみる北陸・富山県経済の状況

日本銀行富山事務所 所長 水上誠一

1 はじめに

 北陸の景気は、依然として厳しい状況にあるが、一部に持ち直しの動きがみられています(2009年11月、北陸の金融経済月報<日本銀行金沢支店>)。

 この間、富山県経済は、一昨年秋のリーマン・ショック以来、停滞色を強める中で、企業の投資抑制姿勢が強まり設備投資が大幅に減少したほか、当地でのウェイトが高い自動車・デジタル家電関連部品の売上が急激に減少したことなどから、概ね2009年1〜3月期に最悪期を迎えました。その後、内外の在庫調整や雇用面での調整が急速に進展したほか、家電のエコポイント制度や自動車のエコカー減税・補助金といった政策効果による生産および個人消費の一部持ち直しにより、7〜9月期には徐々に下げ止まりを示す業種が見られ始めました。さらには、新興国需要が予想以上に好調を持続したことも相俟って、10〜12月期の製造業の生産については、全体として着実に持ち直しています。

 しかしながら、雇用面での急激な調整により、新規求人数が前年比2割前後減少しているほか、夏季・冬季賞与が前年比二桁の減少となりました。このため、個人消費は、一部政策効果から持ち直しているものの、全体として弱い状況にあり、総じてみれば、富山県経済の景況感も、北陸全体と同様、「依然として厳しい状況にあるが、一部に持ち直しの動きがみられている」との判断としています(2009年11月、富山県金融経済クォータリー<日本銀行富山事務所>)。

「富山県金融経済クォータリー」における基調判断の推移
公表年月基調判断
2008年11月海外経済の減速や既往のエネルギー・原材料価格高の影響などから、停滞色が強まっている。
2009年2月海外経済の減速などから、大幅に悪化している。
5月悪化している。
8月依然として厳しい状況にあるが、足もと下げ止まっている。
11月依然として厳しい状況にあるが、一部に持ち直しの動きがみられている。

 本稿では、このような北陸および富山県の景況感について、最新の北陸短観(2009年12月調査)に基づき検証してみたいと思います。

(注)短観(「企業短期経済観測調査」)は、資本金2千万円以上の民間企業を対象に、毎年3、6、9、12月に調査を実施。全国では約1万社、北陸地域では、富山、石川、福井の三県の約330社が対象。北陸短観は、北陸三県の対象先を日本銀行金沢支店が集計し、公表しているものです。なお、北陸短観では、各県別の「業況判断D.I.」を公表していますが、サンプル数が不足しており、統計精度は必ずしも高いとは言い難いため、参考値となっています。

2 北陸短観(2009年12月調査)の概要

 今回の短観は、為替が大きく変動した11月下旬以前に全体の約7割の調査票を回収済みとなっているため、最近の円高の影響が一部織り込まれていないことに留意して下さい。

(1)業況判断D.I.

 北陸の製造業における企業の業況判断(最近)(図表1)をみると、▲41%ポイント(以下D.I.では「%ポイント」を省略)と、09年3月調査の▲68をボトムに、3期連続の改善となりました。また、非製造業および全産業は、それぞれ▲39▲40と、2期連続の改善となっています。前回調査比改善幅は、製造業が+7、非製造業が+3、全産業が+5となり、9月調査において、製造業が+16、非製造業が+6、全産業が+10であったことに比べると鈍化していますが、同調査での先行き予想が製造業で+11、非製造業で+2、全産業で+6であったことからすれば、概ね予想に沿った動きであり、依然水面下という厳しい状況ではありますが、製造業を中心に持ち直していることが確認されたと言えます。

 先行きも、全国で小幅悪化が予想されているのに対し、北陸では製造業、非製造業とも改善が見込まれています。

図表1 業況判断(北陸/全国) (「良い」−「悪い」・%ポイント)

(注)判断項目において、「最近」は回答時点を、「先行き」は3か月先までを示す。
「最近」の変化幅は、前回調査の「最近」との対比。
「先行き」の変化幅は、今回調査の「最近」との対比(以下同じ)。

 このうち、富山県(図表2)についてみると、製造業が▲23(前回調査比+17)、非製造業が▲35(同+6)、全産業が▲29(同+12)と、北陸全体よりも改善幅が大きく、製造業のウェイトが高い当県の特徴が表れています。

 また、先行きも、改善傾向が続くとみています。

図表2 業況判断の推移(富山県) (「良い」−「悪い」・%ポイント)

(2)業種別の業況判断

 北陸企業の業種別業況判断(図表3)をみると、製造業では、改善が9業種、悪化が2業種、不変が4業種と、多くの業種で改善しています。内容としては、政策効果を受けた自動車・家電関連の受注増加(電気機械、輸送用機械)、北陸新幹線関連の受注増加(鉄鋼)のほか、経費節減による利益率の向上(金属製品)などが挙げられています。

 また、非製造業では、改善が6業種、悪化が3業種、不変が1業種となっており、改善理由としては、高速道路関連公共工事の受注増加(建設)、政策効果による減税対象車の販売増加(小売)、電気機械等の生産回復に伴う物流増加(運輸)、などとなっています。

 先行きも、製造業、非製造業とも、比較的幅広い業種で改善が見込まれています。

 なお、富山県の業種別データはありませんが、概ね同様の状況にあると考えられます。ヒアリング情報を参考に若干付け加えると、化学(医薬品)で販売好調と判断を引き上げた先があるほか、一般機械(工作機械)でも自動車関連では小規模ながら引き合いがあり、電気機械では電子部品・デバイスの好調により、北陸全体に比べると改善度合いが大きいとみられます。

図表3 主要業種別の業況判断推移(北陸) (「良い」−「悪い」・%ポイント)

(注)社数は、09/12月調査における回答企業数(以下同じ)。

(3)売上高・収益

 北陸企業の2009年度事業計画(図表4)は、前提となる想定為替レートは93円程度となっており、短観公表日(12月14日)の市場レートに比べ4円程度の差があります。為替レートの影響については、プラス・マイナスの双方が考えられますが、製造業のウェイトの高い北陸経済においては、短観で示された計数に比べ下振れ要因となる点に留意が必要です。

 こうした前提の下で、2009年度売上高は、前年比で製造業が▲15.3%、非製造業が▲10.0%、全産業で▲13.2%と、いずれも2年連続の減収計画となり、前回調査比では小幅ながら下方修正となりました。内容をみると、自動車関連での上方修正(輸送用機械、非鉄金属)を除けば、多くの業種において需要が低迷しているとしています。

 もっとも、上期・下期別に売上高の水準をみると、水準は依然低いものの、前年比マイナス幅が上期から下期にかけて縮小しており、下期にかけて回復を見込むかたちとなっています。

 また、2009年度の経常利益を前年比でみると、非製造業は、前回調査時に比べ+1.7%の小幅だが上方修正され、+13.1%と3年振りの増益計画となった一方、製造業は▲13.3%下方修正され、▲27.8%と3年連続の減益計画となりました。この結果、全産業では、▲7.1%下方修正され、▲13.6%と3年連続の減益計画となっています。

 この間、上期・下期別では、売上高と同様、下期に向けて回復が期待されています。

 なお、富山県も、ほぼ北陸全体と同様の動きとみられますが、ヒアリング情報では、化学(医薬品)で「市場の拡大により増収増益」とする先がある一方で、「人件費や事務所家賃の削減等により利益を捻出した」とする先が複数みられました。

図表4 事業計画(北陸/全国)

<参考>事業計画の前提となっている想定為替レート (円/ドル)

(注)石油製品を除く。

(前年度比、前回比修正率・%)

(注1)北陸は石油製品、電気・ガスを除く。

(注2)売上高経常利益率は実数、%。

(注3)(  )内は前回調査比修正率。

(4)設備投資

 北陸企業の2009年度設備投資計画(図表5)は、製造業は前年比▲25.0%、非製造業は前年比▲31.0%となり、全産業でも前年比▲26.8%と2年連続の前年割れとなりました。前回調査比では、非製造業で小幅下方修正となったものの、製造業では、富山県を中心とした化学(医薬品)と電気機械(電子部品関連)での受注増加に対応した能力増強投資により、+12.4%上方修正されています。ただし、水準が相当低いことと、全産業ベースで、変更なしとする先数が全体の6割弱と多く、かつ下方修正先数が上方修正先数を上回る状況にあり、全体としては、引き続き慎重な投資スタンスとなっています。

 製造業の生産設備判断D.I.をみても、水準としては「過剰超」の+39とまだ過剰感が強い状況ではありますが、「過剰超」幅は▲3と2期連続で改善しました。

図表5 設備投資計画(北陸/全国)

設備投資額 (前年度比、前回比修正率・%)

(注1)ソフトウェア投資額を除くベース。

(注2)北陸は石油製品、電気・ガスを除く。

生産・営業用設備判断D.I. (「過剰」−「不足」・%ポイント)

(5)雇用

 北陸企業の2009年9月末の雇用者数(図表6)は、製造業、非製造業、全産業のいずれも前年比減少率が拡大し、全産業でみると、3四半期連続の前年割れとなりました。

 業種別では、ほぼ全業種に亘って、退職者の不補充、新規・中途採用の抑制、パートの削減などにより減少しています。この間、正規雇用については雇用調整助成金の活用で雇用が維持されている(注1)ほか、最近の有効求人倍率の上昇(注2)は、各県や市町村の緊急雇用創出事業による臨時雇用の下支え効果が大きいと言われており、実質的な雇用環境は依然として厳しい状況です。

 なお、こうした中にあっても、富山県の化学(医薬品)で生産拡大に伴う増員があったほか、輸送用機械(自動車)での持ち直しに伴い期間工を増員する、との動きがみられました。

(注1)雇用調整助成金等 実施計画届受理状況(2009年10月)
北陸4,823社109,827人分
うち富山1,358社42,017人分
全国84,672社1,972,568人分
(注2)有効求人倍率の推移
北陸8月 0.48 ⇒9月 0.51 ⇒10月 0.53
うち富山0.46 ⇒0.49 ⇒0.51
全国8月 0.42 ⇒9月 0.43 ⇒10月 0.44

 次に、2010年度(2010/4月採用)採用計画は、製造業、非製造業ともに殆どの業種で2年連続の前年比マイナスの計画で、全産業では前年比▲29.7%の大幅マイナスとなりました。

 また、雇用人員判断D.I.をみると、「過剰超」幅がやや縮小しているものの、その水準はまだかなり高く、全産業の+21は、失業率(全国)が5.5%であった2002年6月(+24)の水準となっています。

図表6 雇用(北陸/全国)

雇用者数 (前年同期比・%)

(注)北陸は石油製品、電気・ガスを除く。

新卒採用計画 (前年度比・%)

(注)北陸は石油製品、電気・ガスを除く。

雇用人員判断 D.I. (「過剰」−「不足」・%ポイント)

3 結び

 以上のように、今回の短観は、冒頭で示した景気判断を裏付ける結果であったと評価できますが、設備投資に対して慎重なスタンスが続いていることや、各種対策の効果などから耐久消費財を中心に一部持ち直している個人消費についても、それを支える雇用・所得環境が引き続き厳しいことに鑑みると、国内民間需要の自律的回復力はなお弱い状況にあると言わざるを得ません。

 今後は、きわめて緩和的な金融環境を維持しつつ、需要喚起に向けた内外における各種対策が継続される中で、企業が需要創出・雇用維持に努力を傾け、個人も施策の趣旨に応じた消費行動を心掛けるなど、それぞれの立場で景気回復への地道な取り組みを行い、日本経済の自律的回復力を復活させることが必要となります。

 個々の主体の最適な選択の総計が必ずしも最適な結果を生まないことを、経済学では「合成の誤謬(ごびゅう)」(注)と言いますが、昨今の情勢をみますと、同志社大学の浜教授が提唱されている、「自分さえよければ」病を克服し「あなたさえよければ」へ転換する(浜矩子・高橋乗宣著「大恐慌失われる10年」)という課題が我々に突き付けられていると感じます。

 その点、富山県が誇る「ものづくりの伝統」と「おもてなしの心」は、元々「あなたさえよければ」の発想で培い、積み重ねてきた、しっかりと根の張ったものだと思います。そこに蓄えられた技術力・職人力・教育力を最大限に発揮して世界をリードし、豊かな食文化と受け継がれた伝統芸術・文化を世界に発信していくという、今こそチャレンジの時期なのではないでしょうか。

(注)例えば、個々の消費者が家計維持の最善の策として、消費を減らすと貯蓄が増え、当座は家計の収支は改善しますが、これを社会全体で集計すると、企業部門の所得が減るため人件費が削減されることになり、消費者の所得の減少に繋がります。つまり、消費を減らすという最適行動が巡り巡って所得・貯蓄の減少をもたらすという最悪の結果になる、といったケースを指す言葉です。

 さて、日本銀行では、物価安定のもとでの持続的成長を実現するため、全国の支店・事務所で収集したミクロ情報を生かしながら、様々なリスク要因を幅広く点検し、適切な金融政策運営に努めて参ります。引き続き、日本銀行富山事務所の活動にご理解・ご協力を賜りたく、宜しくお願いします。

とやま経済月報
平成22年1月号