特集

「くすりの富山」の新展開
〜「世界の薬都 とやま」を目指して〜

富山県厚生部くすり政策課

 「くすりの富山」として全国に知られているとおり、三百有余年の歴史と伝統を有する富山県の医薬品産業は、現在でも県内主要産業のひとつとなっています。この医薬品産業について、最近、新たな動きが広がってきていますので、ご紹介いたします。

1 医薬品生産額の増加

 国内の医薬品生産額は平成19年で6.5兆円ですが、政府の社会保障費抑制政策に伴う薬剤費抑制の影響などにより、最近10年間はほぼ横ばいとなっています。このような中、富山県の医薬品生産額は、平成18年に全国第8位から第4位に躍進し、平成19年も引き続き第4位と好調を維持しています。

富山県医薬品生産額の推移(出典:薬事工業生産動態統計(厚生労働省))

 富山県が躍進した要因としては、

・薬事法が平成17年に改正され、医薬品製造の全面外部委託が可能となったこと等により、富山県の製薬企業の受託製造が増加したこと

・国が進めているジェネリック医薬品の使用促進を背景に、ジェネリック医薬品の生産が増加したこと

・これまで内服薬(飲み薬)として用いられていた薬を貼付剤(貼り薬)として開発したものなど、県内企業が開発した製品の売り上げが伸びたこと

などが寄与していると考えられています。

(1)医薬品受託製造の増加

 富山県の製薬企業の受託製造が増加した要因のひとつとして、配置薬に始まる医薬品製造の長い歴史を背景に、多くの医薬品の製造を担ってきた企業があり、それまでの製造・品質管理の実績や大手製薬企業との信頼関係の構築が蓄積されていたことが挙げられます。

 また、富山県には、汎用的な錠剤や注射剤を大量に生産することができる製薬企業のほかに、貼付剤(貼り薬)や軟膏剤、目薬、液剤など、特殊な剤形の医薬品の製造を得意とする製薬企業があり、さまざまな種類の医薬品の製造に対応する環境が整っていることが挙げられます。

 さらに、医薬品の製造だけでなく、原料メーカーや製剤機械メーカー、容器メーカー、包装・資材メーカー、添付文書やパッケージの印刷を行うメーカーなど、医薬品製造を支える関連企業が集積しており、医薬品製造を一貫して受託できる環境が整っていることも、受託製造が増えている要因になっていると考えられます。

(2)ジェネリック医薬品の製造の増加

 高齢化社会の進展などにより、医療費を含めた社会保障費の増加が国の財政に大きく影響を与えていることから、医療費の増加を抑制する方策の一つとして、特許が切れた新薬と同じ成分が同じだけ含まれていて価格が安いジェネリック医薬品(後発医薬品)の使用を政府が推進しています。政府は、平成19年に17%程度であったジェネリック医薬品の使用率を平成24年までに30%とする目標を立てており、ジェネリック医薬品の生産が伸びてきているところです。富山県の製薬企業には、ジェネリック医薬品を製造・供給しているところも多く、今後も生産額の増加が期待されます。

(3)研究開発の進展

 製薬企業がこれから生き残っていくためには、研究開発も重要な要素となってきます。最近では、内服剤を貼付剤とすることにより副作用が少なく関節痛などに使用しやすくした製品の開発や、多剤耐性菌による眼感染症の治療に用いる眼軟膏剤の世界初の開発など、富山から生まれた新薬が全国に供給されており、その開発力は小さいながらもキラリと光る存在感を見せています。また、強毒性の新型インフルエンザウイルスにも効果が確認されている抗インフルエンザウイルス治療薬の開発が県内企業により進められています。

 そのほかにも、新薬開発のための技術研究棟の新設により製造技術の強化を図っている企業や、現在販売額が大幅に伸びているバイオ医薬品のジェネリック医薬品の開発に取り組む企業などもあり、今後も研究開発が精力的に行われていくものと期待されています。

 上述のように、現在、富山県の医薬品生産は好況を保っており、富山は国内でも有数の医薬品生産拠点となっています。しかし、医療費抑制政策や一般用医薬品(OTC医薬品)市場の停滞の影響などから、医薬品市場全体が伸びているという状況ではありません。また、中国やマレーシアなどの東南アジアでの医薬品生産が増加しており、特に、ジェネリック医薬品ではインドやイスラエルの製薬企業が世界でトップを争うなど、国際競争が激しくなってきていることから、今後、海外製薬企業のさらなる日本への進出も想定されます。

 このような状況の中、富山県の製薬企業がさらに発展するためには、各製薬企業が製造・品質管理技術をさらに伸ばしていくことや、自社の特色を生かした研究開発力、特に製剤開発力を伸ばして、国内で競争、さらには世界にアピールしていくことが必要となってきています。

2 スイス・バーゼル地域との交流

 医薬品市場のグローバル化が加速する中、本県薬業界とスイス・バーゼル地域の医薬品企業との交流が進められてきています。

 スイス北西部、ドイツとフランスの国境に接するバーゼル地域は、バーゼル・シュタット州の州都バーゼル市に、世界的な製薬企業のロシュ社やノバルティス社が本社を置くなど、医薬品、化学、バイオ関連企業、研究所が多数集積し、「世界の薬都」と呼ばれるにふさわしい地域となっています。

 本県薬業界とバーゼル地域との交流は、平成18年に(社)富山県薬業連合会による「バーゼル視察団」の派遣から始まりました。この交流をきっかけに、毎年、富山県からバーゼル地域を訪問し、製薬企業の訪問や企業セミナー、商談会の開催などを行ってきています。また、バーゼル地域からも平成19年及び20年に製薬企業関係者等が富山に来県し、県内の製薬企業や薬事研究所、富山大学等の視察を行っています。

 このような両地域間の医薬品分野における交流やビジネス面での一層の連携強化を支援し、富山県薬業の発展につなげるため、昨年10月に、県の公式訪問団として石井知事を団長とする「富山県薬都バーゼル友好交流訪問団」がバーゼル・シュタット州及びバーゼル・ラントシャフト州の州政府を訪問しました。訪問団は、州政府知事をはじめ州政府幹部等と懇談を行い、両州政府と医薬品分野を中心に、学術、芸術・文化等も含めた交流促進に関する宣言・協定を締結したほか、現地企業の視察やセミナーへの参加など、活発に情報交換や交流を行いました。

バーゼル・シュタット州政府訪問
バーゼル・ラントシャフト州政府訪問

 県内の製薬企業でも、これまでの交流の結果、スイスの企業と共同開発した貼付剤の欧州での販売や、スイス企業の製品の受託製造、スイス企業との共同での研究開発などが始まっており、交流の成果が現れてきているところです。

 また、今回の富山県とバーゼル地域州政府との交流協定等の締結を踏まえ、平成22年度には、バーゼル地域からも研究者等を招聘して、医薬品の製剤開発や先端的研究開発等に関するワークショップを富山県で開催することとしているほか、9月には「富山バーゼル友好協力記念音楽コンサート」の開催が計画されているなど、今後も交流を推進していくこととしています。

3 配置薬システムの国際的な広がり

 江戸時代から今に続き、富山ブランドのひとつとして全国に知られている富山の売薬は、薬をあらかじめ家庭に預けておき、必要になった時に薬を使ってもらい、その代金を後からいただくという「先用後利(せんようこうり)」という独特の商法を取っています。この商法は、薬事法においても「配置販売」として盛り込まれており、医薬品の販売システムとして親しまれてきています。この配置薬システムが、日本財団の援助によりモンゴルで試験的に導入され、東南アジア諸国でもその利用が広がってきています。

 モンゴルの遊牧民は、草原地帯で移動しながら生活しており、また、収入を得る機会は羊毛や食肉の出荷時など年に数回しかないことから、モンゴル国内での医療サービス向上の手段のひとつとして、この配置薬システムの活用を日本財団が提案し、2004年からモンゴルでの普及が始められました。現在では、1万世帯がこの配置薬システムを利用しており、今後、さらに配置薬の利用を広げていくことが検討されています。

 また、2007年にモンゴルで開催されたWHOの会議に富山県が参加し、配置薬システムについて説明するとともに、日本財団からモンゴルでの取り組みについて紹介されたところ、会議参加国から高い関心が寄せられました。それを受け、2008年からタイで、2009年からベトナムとミャンマーで、配置薬システムの試行が始まり、富山が生んだ「先用後利」の精神が国際的に広がっています。

モンゴル医師研修団来県(平成21年6月)
タイ保健省訪問団来県(平成21年10月)

 日本では“売薬さん”が全国を回り売薬を届け、現在は「配置販売業者」として配置薬を届けるシステムとなっていますが、モンゴルでは家庭を訪問する医師や看護師が配置薬の入れ替えや集金を行い、タイでは各地域で活躍しているヘルスボランティアが配置薬を届けるなど、各国の事情に合わせて配置薬システムがアレンジされています。日本でも、一般用医薬品(OTC医薬品)の販売方法が昨年6月から変わり、リスクに応じた医薬品の分類(第1類から第3類)やその区分に応じた販売時の説明などが行われており、配置薬でも同様の対応が求められています。これまで時代の変化に合わせて生き残り、また必要とされてきた配置薬システムは、日本でも世界でも、今後の展開が期待されています。

4 これからの「くすりの富山」

 古く江戸時代から始まり、日本全国だけでなくアジアやブラジルなどにも広がりを見せていた富山の売薬は、その歴史と伝統が今も配置薬として引き継がれ、国内での医薬品の販売方法のひとつとして親しまれており、東南アジアでも新たな形で広がりを見せています。また、売薬の製造に始まった医薬品製造業は、製造技術の近代化や高度化に対応してきた結果、県内主要産業のひとつとして富山県の経済を支えるとともに、国際的な展開も始まっています。

 県では、「くすりの富山」のさらなる飛躍を図るため、本年度、「富山県医薬品産業活性化懇話会」を設置し、本県医薬品産業の目指すべき方向と、そのために取り組むべき施策等について有識者による検討を行っているところです。今後、富山県の特長である多様な医薬品製造業とその関連産業の集積を活かして、富山県が国内における医薬品生産の中心となり、富山発の医薬品が世界展開されるよう、製造技術力の強化や国際展開を支援するとともに、配置薬システムも含めた「くすりの富山」の情報発信を併せて進めることにより、「世界の薬都 とやま」を目指した施策展開を図っていくこととしています。

第1回富山県医薬品産業活性化懇話会(平成21年9月8日)
とやま経済月報
平成22年2月号