特集

家計調査結果からみる富山の食文化(1)
―こんぶ、米、清酒の消費について背景を探る―

統計調査課 五十里 紗月

はじめに

都道府県庁所在都市を含め、全国168市町村、約9,000世帯で実施される総務省「家計調査」によると、富山市の1世帯当たりの消費支出は、食料費が約20%を占めている(図1)。食料費は、どの家庭においても、日常生活のなかでの重要な費目である。調査結果から、富山の家庭における食の特徴やその背景を探ってみたい。なお、取り上げる家計調査の結果は、すべて都道府県庁所在市の世帯の支出を対象としている(事業者が業務用として購入する分などは含まれない)。

図1 富山市における消費支出の費目別内訳(二人以上の世帯、用途分類)
(消費支出=100.0%)

(平成20年 家計調査年報より)

表1は、富山市の1世帯当たりの年間支出金額が全国で上位(1〜4位)の食品である。全国1位のなかでも、こんぶは49年連続、ぶりは37年連続、魚介の漬物(みそ漬、昆布締め等)は20年連続1位(平成20年)となっている。その他、常に上位を占めている食品は多い。このような結果が示す富山の食には、どのような背景があるのだろうか。富山の家庭に好まれている食品から、本号では「こんぶ」、「米」、「清酒」を、次号では魚介類の「ぶり」、「いか」について取り上げる。

表1 食品における富山市民の嗜好(二人以上の世帯、品目分類、支出金額)
1位 もち ぶり いか えび
魚介の漬物(みそ漬、昆布締めなど)
ソーセージ こんぶ コーヒー飲料
2位 他の貝(つぶ貝、蛤など) だいこん漬 はくさい漬
オレンジ ゼリー チョコレート チョコレート菓子
カツレツ ビール
3位 カップめん さしみ盛り合わせ かまぼこ
ハム たけのこ こんぶつくだ煮
せんべい 天ぷら・フライ
4位  さといも 生しいたけ
他の野菜・海藻加工品のその他(野菜の缶詰、なめ茸など)
ふりかけ コロッケ
果実・野菜ジュース 清酒

(平成18〜20年平均 家計調査結果より)

1 こんぶの消費について

(1)こんぶの支出金額は常に全国一

家計調査結果によると、富山市の1世帯当たりのこんぶの年間支出金額(平成18〜20年平均)は、全国平均の3倍近くとなっており、突出して大きいことがわかる(図2)。こんぶは、富山市をはじめとする北陸地方、近畿地方で支出金額が多くなっている。(なお、家計調査でいう「こんぶ」とは、だしこんぶ、とろろこんぶ、きざみこんぶ、根こんぶなど、素材としての乾燥した昆布を総称している。)

昆布は寒い地方の海で採れるため、国内産の昆布の90%以上が北海道産となっており、国内においては北海道・東北地方以外ではほとんど採れない(図3)。しかし、昆布が採れない富山市では、なぜ常にこれほど多く消費されているのだろうか。

図2 こんぶの年間支出金額

(平成18〜20年平均 家計調査結果より)

図3 昆布生産量(海面漁業)の割合(国内)

(平成18年 漁業・養殖業生産統計年報(農林水産省)より)

(2)昆布の流通

昆布の歴史についてみると、昆布が採れるのは蝦夷地(現 北海道)であったため、全国各地に流通するようになったのは、蝦夷地開拓が進み、海上交通が盛んになった江戸時代になってからだった。当時海運で使われた北前船は、日本海の海岸沿いに北海道から山陰・瀬戸内海を経由して大坂(大阪)までを経路とし、各寄港地のさまざまな生産物や作物を運んでいた。越中(富山)もその寄港地のひとつだった。蝦夷地からは収穫された昆布や魚のにしん、鮭などが運ばれ、越中では米を中心に、酒やしょう油、薬などが積み込まれた。昆布は大坂まで運ばれると、そこからは主に密貿易によって、薩摩(現 鹿児島)から琉球(現 沖縄)を通じて、清国(中国)にまでもたらされた。やがて、北前船で昆布が運ばれたこの経路は、「昆布ロード」と呼ばれるようになったのである(図4)。

図4 昆布ロード

では、なぜ昆布が密貿易によって中国まで運ばれたのであろうか。それは北前船の船主であった越中売薬商人の存在が大きく関係している。売薬業は、富山藩二代目藩主の前田正甫(まさとし)公(1649-1706)が、富山藩の経済基盤を確立するために、全国各地への売薬行商を奨励したことで、全国に販路を広げた。一方、財政難に陥っていた薩摩藩は、琉球を通じて清国と密貿易を行っていた。薩摩藩は越中の売薬商人から仕入れた昆布を清国に輸出し、代わりに漢方薬などの薬材を安く仕入れており、それが越中売薬商人たちが扱う薬の原料となったのである。薩摩藩は昆布による交易で財政を立て直し、やがて倒幕を果たすこととなる。北前船によって越中売薬人と昆布とが深く関わり、幕末動乱期の薩摩藩の政治活動を支えていたといえるであろう。

また、明治の頃、富山県から全国各地へ開拓を求めて移住する人や出稼ぎに行く人が増加し、そのなかでも北海道へ行く人は多かった。北海道移住者のなかには、昆布を含めた漁業に従事する人もおり、昆布の産地として有名な羅臼町の町民の7〜8割が富山県出身者だったという。それらの人々が地元にいる家族や親戚に昆布を送るなどの交流が生まれ、次第に昆布が富山県民の食生活に浸透していった。現在においても羅臼昆布は富山県民にとても人気があり、その出荷先は北陸地方や関西地方が多く、なかでも北陸地方は富山県が多いという。


羅臼昆布
(高級だしなどに利用される)

真昆布
(だしや昆布締め、かまぼこなどに利用される)

日高昆布
(だしや昆布巻きなどに利用される)

(3)昆布による食文化の形成

昆布ロードによって、北前船の寄港地の各地では昆布が食べられるようになり、その地独特の昆布料理が生まれた。例えば昆布巻は、富山ではにしんやさけを巻くが、鹿児島ではそこで獲れるさばを巻くという。また、江戸時代に昆布ロードの大寄港地であった大阪では、塩昆布やかつお昆布、細切り昆布などの多彩な昆布加工品が生まれた。敦賀(福井)では、入荷した昆布を原料とした加工業が早くから行われており、現在手作りおぼろ昆布の生産量は全国の80%以上を占めている。沖縄では豚肉と昆布の炒め煮などの料理でなじまれている。ちなみに、かつて琉球でもたらされた昆布は、だしは出にくいが煮ると軟らかくなるという長昆布だったため、昆布そのものを調理して食べることが多い。

一方、昆布の産地である北海道では、昆布は食されることが少なく、主にだしのみで用いられている。富山や大阪では、昆布はだしにも使われているが、殊に大阪では四国や九州地方産のかつお節と北海道産の昆布で一緒にだしをとるという。なお、富山で昆布がだしとして用いられるのは、古くから仏教信仰が盛んで、富山県が「真宗王国」(真宗=浄土真宗)と呼ばれていることと深く関係している。昔から、先祖の命日をしのぶ精進日に出される精進料理は、魚肉類のだしを用いない戒めがあり、代わりに昆布がだしとして用いられていたのである。

このように各地で異なる食文化を形成するような食品は珍しい。富山では昆布をだしや料理素材に幅広く使い、昆布巻きや昆布締め、とろろ、昆布かまぼこなど、昆布料理や加工品が豊富である。昆布締めなどを含む「魚介の漬物」の支出金額が20年連続1位であることもそこに起因するのではないだろうか。

遠い北海道の地から運ばれてきた昆布が、全国各地で培われてきた文化によってさまざまに食されている。富山でも昆布を食べる独自の調理法が生み出されており、その習慣が根強く残っているため、現在でも需要が多いと考えられる。

※昆布は「よろこぶ」という語呂合わせから縁起物として、今でも正月料理などに活躍している。

かまぼこ

昆布締め

2 米の消費について

最近では米離れが進んでいるといわれており、富山においてもその傾向は同様である。家計調査結果によると、全国的に食料費に占める米の割合は低下しており、平成18〜20年平均では富山市3.8%(全国平均3.6%)と、約30年前の水準の2分の1以下にまで落ち込んだ(図5)。しかし、平成18〜20年平均における年間1世帯あたりの富山市の米の購入数量は104.18kg(全国平均86.33kg)と全国2位となっており、全国よりも米の消費量が多いことがうかがえる(図6)。

図5 食料費に占める米・パンの割合(二人以上の世帯、用途分類、3年移動平均)

(家計調査結果より)

図6 米の1世帯当たりの年間支出金額と購入数量

(平成18〜20年平均 家計調査結果より)

(1)米との深いかかわり

富山県は歴史的に米とのかかわりが深く、米作中心の農業が盛んであった。富山県は夏が高温であるため稲の成長に最適な気温となり、また急峻な河川が多く扇状地が発達した地形であるため豊富な灌漑水が得やすいという利点から、米づくりに適した気候風土となっている。

最適な米づくり環境であったため、越中富山は古くから「米どころ」として位置づけられ、加賀藩支配のもと米作中心の農政がしかれた。さらに明治時代以降は用水路の整備や改良が進み、米作のための地盤が整えられていくなど、農業のなかで米作に特化していく傾向が強まった。明治・大正時代における農業生産額に占める米の割合は、全国が6割なのに対し富山県は9割に達していたという。しかし、県内のほとんどの農民は自作ではなく小作であり貧しく、さまざまな節約をしながらも米を食に取り入れていた。当時いつも白いごはんを食べられる裕福な農家を除き、ほとんどの人が例えばおかゆやぞうすい、大根飯などにして食べていたという。

現在においても富山県は水田率が全国1位(96.0% 平成20年作物統計(農林水産省))、農業生産額に占める米の割合が71.0%(図7)で全国1位となっている。一方で野菜の割合は6.3%と低く全国最下位となっているが、これは富山県の兼業農家率(90.2% 平成17年 農林業センサス)の高さが関係していると考えられる。米は野菜よりも生産にかける労力や手間が少なくてすむからではないだろうか。

図7 農業生産額に占める米の割合


(平成19年 生産農業所得統計(農林水産省)より)

富山県は水稲種もみの出荷も多く、全国で流通している種もみの5割以上を供給している。稲は、よい品種の種もみでも、2〜3年たてば収穫が悪くなるため、新しい種もみを使う必要がある。種もみの出荷は古くから行われており、それは越中売薬商人たちによって行われていた。売薬商人たちは農家の二男、三男が担い手であったため米の知識を持っており、売薬業で訪れた全国から優れた稲穂を持ち帰ったという。

(2)主食としてよく食べられる米

現在、富山県産の米の品種別作付面積構成(平成20年産米)は、コシヒカリ81.5%、てんたかく10.3%、てんこもり1.5%となっている。富山のブランド米コシヒカリが大半を占めているが、最近ではてんたかくやてんこもりなど、コシヒカリにひけをとらない食味を保ちながらも、収量性が優れ価格が安いものが市場に出ている。今後、富山県産の美味しい米がより手軽に購入でき、多くの家庭で食べられるようになるに違いない。

米は、ごはんはもちろん、かゆ、だんごやもち、すしなど多様に食べられており、主食として食生活には欠かせない。富山市では魚介類や野菜の漬物(大根漬けやはくさい漬けなど)の消費が多い(※支出金額・・・「魚介類」全国1位、「大根漬け」「はくさい漬け」各全国2位 平成18〜20年平均 家計調査)が、それらと米(ごはん)がとても相性がよいことも、たくさん食べられている理由のひとつではないだろうか。


とろろ昆布のおにぎり

3 酒の消費について

家計調査結果によると、富山市の1世帯当たりの酒類(清酒、焼酎、ビール、ウィスキーなど)の年間支出金額は大きく、そのなかでも清酒の支出金額は常に全国上位を占めている(図8)。また数量からみても、平成19年度の富山県の成人1人当たりの清酒消費数量は10.3L(全国平均6.4L)と全国平均を大きく上回っている(国税庁「酒のしおり」)。

図8 清酒の年間支出金額

(平成18〜20年平均 家計調査結果より)

(1)こだわりの清酒

酒税法による酒類の分類は以下のとおりである(表2)。清酒は一般的に日本酒を指し、醸造酒類に分類される。米を発酵させてつくるアルコール飲料で、主な原料は米と米麹と水である。

表2 酒税法における酒類の分類
発泡性酒類ビール、発泡酒、その他の発泡性酒類
醸造酒類清酒、果実酒、その他の醸造酒
蒸留酒類焼酎、ウィスキー、ブランデーなど
混成酒類合成清酒、みりん、甘味果実酒、リキュールなど

原料となる米には、一般食用の水稲うるち玄米と醸造用玄米がある。この醸造用玄米は酒造りに適しており「酒造好適米」と呼ばれている。食用米に比べて大粒であり、特に米の中心部にある心白(しんぱく)という部分が大きく、軟質のものがよいとされる。麹がつくりやすく、醪(もろみ)(主発酵が終わる段階前のもの)のなかで溶けやすいためである。代表的な酒造好適米には「山田錦」や「五百万石」などがある。富山県内ではこの酒造好適米の使用割合が84.3%(北陸71.0% 平成19年7月〜20年6月 金沢国税局)でかなり高く、コストの高い米を原料とすることからは酒へのこだわりが強くみられる。また、白米のその玄米に対する重量の割合を表す「精米歩合」も重要である。その割合が少ないほど、米の発酵上不都合となる部分を除去することで雑味をおさえて風味豊かになる。富山で作られている酒はこの精米歩合が小さく、贅沢な原料となることで美味しくなるとされる。

次に原料の水であるが、酒は成分の80%ほどが水で占められている。富山県の水はミネラルを含み、まろやかさがある。万年雪の立山連峰から清らかな雪解け水が流れ、そこから急流河川によって澄んだ水がそのまま運ばれている。また環境省の名水百選(昭和60年)に全国で最も多い4箇所が指定されているなど、豊富で上質な水資源に恵まれており、切れのあるすっきりとした飲み応えの酒がつくられる。

(2)酒造りに適した気候

また日本酒は製造の過程において発酵させなければならないのだが、春から夏の温暖で湿潤な日本の気候はあまり適していない。品質のよいものにするために、冬の間に製造するという寒造り(寒仕込み)が主流となった。それは、日本海側において銘酒が多い理由のひとつでもあり、清酒の年間支出金額の多い都市と一致している(図8)。日本酒の製造設備が整い、室温調整が容易となった最近では年間を通して製造が可能となっているが、積雪が多く、冬の寒さが厳しい富山では、古くから行われ培われてきた製造技術によって、美味しい酒造りを可能にしてきたといえる。

(3)暮らしに融け込む清酒

富山で造られた酒は、県内での流通割合が72.8%(国税庁「清酒製造業の概況」 平成19年度調査分)と高い。このことから地酒(その土地で造られた酒)消費も多いのではと推測される。富山で造られている日本酒は辛口が多く、新鮮な魚介の食べ物と相性がよいという。酒の味はその土地の食文化との関わりが大きい。魚介を多く取り入れた富山の食事が地酒の味を作り上げ、その味が多くの人に支持されたのではないだろうか。また、清酒は法事や祝い事、年始などの行事に贈答品としても購入されているが、家族や親戚同士の交際を重んじる富山県民にとっては欠かせないものであり、消費量の多さの一因となっているのかもしれない。

<参考文献>
『富山なぞ食探検』 読売新聞富山支局
『海の懸け橋 昆布ロードと越中』 北日本新聞社編集局
『聞き書富山の食事』 日本の食生活全集
富山県統計調査課編 『富山がわかる本』 富山県
塩照夫著 『昆布を運んだ北前船』 北国新聞社
上野隆三著 『先用後利−とやまの薬のルーツ』 北日本新聞社
神崎宣武著 『酒の日本文化』 角川書店

6月号では、魚介類の「ぶり」と「いか」の消費について取り上げる。

とやま経済月報
平成21年5月号18326