特集

鉱工業指数と富山県における医薬品の動向

統計調査課  能登 和浩

1.はじめに

平成20年9月のアメリカ大手証券会社の経営破たん以来、世界的な金融危機が深刻化し、アメリカ経済の減速が新興国経済へ波及したこと等による輸出の減少から、日本経済は急速に悪化しています。

平成21年5月12日、内閣府が発表した景気動向指数※1では、「先行指数は下げ止まりの兆しが見られる」と分析されたものの、基調判断は10ヶ月連続で「悪化を示している」と据え置かれています。

この景気動向指数には、景気動向に先行する先行指数、景気動向と同時に動く一致指数、景気動向に遅れて動く遅行指数の3つがあり、鉱工業生産指数は一致指数、在庫指数は先行指数に含まれます。

このように景気動向指数に大きな影響を与える鉱工業指数、そして、この指数で大きなウェイトを占める「薬都とやま」の医薬品にスポットを当ててみたいと思います。

※1 景気動向指数…… 生産、雇用など様々な経済活動での重要かつ景気に敏感な指標の動きを統合することによって、景気の現状把握及び将来予測に資するために作成された統合的な景気指標

2.鉱工業指数とは

鉱工業指数とは、鉱業、製造業の品目毎に集計される指標で、ある時の生産数量(在庫数量)を基準にしてどれだけ増えたかあるいは減ったかを比率で表したものです。その基準とした「ある時」のことを基準時、または基準年と言います。現在の基準年は平成17年であり、平成17年の平均生産量(在庫量)を100としています。

指数形式での表し方には、比較しやすいというメリットがあります。鉱工業指数の場合、指数化することで計測単位の異なる複数の品目が比較しやすくなるというだけではなく、品目を統合しやすくなり、多様な分類での比較が可能になります。現在では全国、各都道府県で作成、公表され、業種ごと、地域ごとの比較分析には欠かせない指標となっています。

また、鉱工業指数は経済指標の中でも重要度の高いものとされています。その理由は次の3点です。

1鉱工業生産は、経済活動全体(GDP)への影響が大きいことです。鉱工業製品の流通に密接な関わりを持つ、卸売業、小売業、運輸業などの関連産業を含めると、経済活動全体の約4割を占めます。

2景気に敏感に反応することです。一般に景気が上向くと出荷が増加し、在庫が減少するので生産を増やそうとします。景気の状況に応じた動きは、景気の動向や転換点を判断する上で重要となります。

3速報性が高いということです。GDP(国内総生産)や県内総生産は、地域全体の経済活動を総合的に取りまとめた重要な統計ですが、膨大な統計や資料を取りまとめるため、公表には1年余りの期間を要します。一方、鉱工業指数は、翌月に全国の速報が、富山県では翌々月に確報が公表されます。

3.全国と富山県における総合指数の動き

全国と富山県の鉱工業生産全体の動向を示す総合指数は、平成20年1月以降どのような動きをしているのでしょうか。(図1)

図1 総合指数(季節調整済※2
※2 季節調整済……… 1年を周期として、季節によって繰り返される変動要因を除いて計算した指数

全国の傾向として、平成20年9月までは110前後から緩やかな低下傾向にありました。その後、景気後退が著しい10月以降の前月比は、10月▲3.4%、11月▲7.0%、12月▲8.4%、平成21年1月▲10.1%、2月▲9.4%と5ヶ月連続で大幅に低下しています。

また、富山県の傾向としては、平成20年9月までは100前後で推移していましたが、10月以降の前月比は、10月▲3.2%、11月▲7.5%、12月▲7.6%、平成21年1月▲13.9%、2月▲4.6%と全国と同様に、5ヶ月連続で大幅に低下しています。平成17年基準の鉱工業指数が遡ることのできる平成15年1月以降、平成20年11月から平成21年1月まで3ヶ月連続で最大の下げ幅を更新しています。

このように、平成21年2月までの総合生産指数の動きから、全国及び富山県の景気が急速に悪化していることがわかります。

平成21年3月については、全国は前月比1.6%の上昇と下げ止まりの兆候がみられるのに対し、富山県は前月比▲4.5%の低下と低下傾向が続くという結果になっています。

4.全国の業種別鉱工業生産指数

全国の業種別鉱工業生産指数を主要5業種(生産ウェイト※3の大きいものから順に選んだ業種)である、輸送機械工業、一般機械工業、化学工業、電子部品・デバイス工業、食料品・たばこ工業でみてみます。

※3 生産ウェイト…… 鉱工業総合を10000とし、基準年である平成17年の付加価値額構成比で算出したウェイト
図2 全国の業種別鉱工業生産指数(季節調整済)

鉱工業総合生産指数が急落し始めた平成20年10月からの推移を見ると、食料品・たばこ工業以外の4業種が大きく低下しています。(図2)

では、鉱工業総合生産指数が最低を記録した平成21年2月を中心に業種別にみてみます。

(1) 輸送機械工業(ウェイト 1685.8)

平成21年2月において生産指数が最も低くなっている輸送機械工業は、平成20年9月以前も若干の低下傾向にあったものの10月以降は加速度的に落ち込んでいます。これは、乗用車、自動車部品、トラックなどの生産が減少したことによります。国内自動車大手8社※4が公表した2月の国内生産を見ると、8社合計で前年同月比▲55.9%の減少となっています。国内生産がここまで減少したのは、国内販売が前年同月比▲23.5%の減少、世界的な景気減退を受け輸出が前年同月比▲64.1%の減少と、国内外の販売不振を原因としています。

※4 国内自動車大手8社
(50音順)
……… スズキ、ダイハツ、トヨタ、日産、富士重、ホンダ、マツダ、三菱

(2) 電子部品・デバイス工業(ウェイト 799.3)

電子部品・デバイス工業は、平成20年9月(生産指数128.8)から平成21年2月(生産指数67.1)にかけて半分近い水準までに低下しています。これは、携帯電話やパソコン、薄型テレビなどの半導体と電子部品を多く使用する製品の需要が著しく減少しているからです。

(3) 一般機械工業(ウェイト 1318.2)

一般機械工業も平成20年10月以降は加速度的に生産が落ち込んでいます。平成19年まで半導体メーカーの設備投資が増加していましたが、半導体の需要低迷が起こり、設備投資延期による半導体製造装置の生産が年間を通して減少に転じました。さらに、他の業種においても生産減少に伴う設備投資の縮小の影響を受け、生産指数の低下ペースが速まりました。一般機械工業は、受注生産が多いので他業種の影響を受けやすく、景気に左右されやすい特徴があります。

(4) 化学工業(ウェイト 1181.3)

化学工業は、平成20年11月から生産が低下しています。例えば、化学工業製品はプラスチックや化学繊維として自動車や電気製品の一部に組み込まれていますが、供給先となっている輸送機械工業や電気機械工業が生産を減少させているので、化学工業もその影響を受けて生産が減少しています。

5.富山県の業種別鉱工業生産指数

生産ウェイトの大きい富山県の主要5業種である、電気機械工業、化学工業、一般機械工業、金属製品工業、プラスチック製品工業でみてみます。(その他工業を除く)

図3 富山県の業種別鉱工業生産指数(季節調整済)

鉱工業総合と同じように平成20年10月以降に大幅に低下しているのは、一般機械工業、電気機械工業、プラスチック製品工業、金属製品工業の4業種となっています。その中でも、一般機械工業、電気機械工業、プラスチック製品工業の3業種は、鉱工業総合よりも低い水準にまで落ち込んでいます。(図3)

この5業種のうち、大幅に低下している電気機械工業及び一般機械工業、また、鉱工業総合とは異なる動きをしている化学工業について、全国と同様に平成21年2月を中心にみてみます。

(1) 電気機械工業(ウェイト 2112.5)

平成21年2月において34.8と最も低い指数である電気機械工業は、平成20年9月の104.4から▲66.6%の低下となり、生産水準が1/3までに低下しています。

これは、電気機械工業の中で大きなウェイトを占めている半導体集積回路(ウェイト1146.3)の生産が、大幅に落ち込んでいるためと考えられます。半導体集積回路はデジタル家電などに使用されていますが、経済産業省の生産動態統計調査で全国の家庭用電気機器生産額を見ると、平成21年2月は前年同月比84.8%の水準になっています。今後、政府の経済危機対策にある「グリーン家電の普及加速」、いわゆるエコポイント※5の付与による需要の創出効果次第によっては、生産水準にも影響が出てくると考えられます。

※5 エコポイント…… グリーン家電(省エネ型のエアコン、冷蔵庫、テレビ)を購入すると、購入価格の5%相当程度のエコポイント(他の商品・サービス等を購入できるポイント)が付与される制度

(2) 一般機械工業(ウェイト 1225.6)

平成21年2月において35.1と2番目に低い指数となっている一般機械工業は、平成20年9月の90.7から▲61.3%の低下となっています。

これは、一般機械工業の中でウェイトの大きいロボット・産業機械、金属工作機械の減少が影響しています。前述のとおり、半導体集積回路の生産が大幅に落ち込んでいるのを受け、ロボット・産業機械に属する半導体製造装置への設備投資が減少しています。また、(社)日本工作機械工業会の受注統計によると、金属工作機械の受注総額は平成21年3月で前年同月比▲85.2%の減少となっています。特に自動車関連からの受注が前年同月比▲96.7%と最も大きく減少しており、世界的な自動車生産の落ち込みの影響がみられます。

(3) 化学工業(ウェイト 2034.0)

鉱工業総合とは異なる傾向の化学工業は、平成21年2月現在で116.1と平成20年9月の125.0から▲7.1%の低下となっています。他の4業種と同様に平成20年9月と比較すると低下していますが、概ね100以上の指数を保ち生産が減少しているとは言い難い状況にあります。これは、化学工業の中で1088.8と大きなウェイトを占めている医薬品が好調なためで、医薬品単体では平成20年9月以降、上下はあるものの横ばい傾向で推移していることによります。(図4)

図4 医薬品(生産指数・季節調整済)

医薬品の指数が100を超え、好調であるのは平成17年4月1日施行の改正薬事法の影響があると考えられます。では、なぜ薬事法改正が富山県の医薬品生産を増加させたのでしょうか。

6.受託拡大する富山県の医薬品

(1) 薬事法の改正

従来の薬事法では、医薬品製造過程の一部のみ委受託が可能であり、最終工程までの委受託を行うことができませんでした。しかし、平成17年4月施行の改正薬事法において、製造販売業の許可制度の創設とそれに伴う委受託の完全自由化等が行われ、他社へ最終工程まで委託することが可能となりました。

この薬事法の改正を機に、大手製薬メーカーは新薬開発に経営を集中させる一方、生産コストを削減するため、自社以外の企業に生産を委託しました。

「越中売薬」で知られるとおり、県内には元々、江戸時代の売薬から始まる多くの製薬メーカーとその製造所があり、配置用医薬品生産額が全国の50%以上を占める等、全国上位の生産額を誇ってきました。医薬品製造や品質管理で高い技術を持つ県内の製薬メーカーが受託先として選ばれたことが、県内の医薬品生産額を増加させることになりました。

(2) 医薬品生産額

図5 富山県の医薬品生産額の推移

資料 平成18年富山県薬事工業生産動態統計年報

富山県薬事工業生産動態統計年報(平成18年)によると、富山県の医薬品生産額は平成17年が2,636億円、平成18年が4,417億円と前年比167.5%と大幅に増加しています。(図5)

図6 都道府県別医薬品生産金額(平成17・18年)

資料 平成18年富山県薬事工業生産動態統計年報

また、都道府県別の医薬品生産額を比較すると、富山県は、静岡県、埼玉県、大阪府に続いて全国第4位(平成17年第8位)と全国の6.9%を占めており、平成17年の4.1%から2.8ポイント上昇しています。(図6)さらに、人口1人あたりの生産額では、39.6万円と第2位の徳島県に10万円以上の差をつけて全国第1位となっています。

表1 医薬品製造額内訳の推移(富山県)

単位:億円

 自社製造(A)委託製造(B)生産額(A+B)
平成17年1,5541,0832,636
平成18年1,2403,1774,417
前年比(%)▲ 20.2193.467.6

資料 平成18年富山県薬事工業生産動態統計年報

※各数値とその合計値は四捨五入の関係で必ずしも一致しない。

なお、富山県の生産額内訳を平成17年と比較すると、自社製造分は前年比▲20.2%の減少に対し、委託製造額は3倍増(前年比193.4%)と、いわゆるOEM(相手先ブランドでの製造)が自社製造額を大幅に上回る状況となっています。(表1)

(3) 設備投資

県内の医薬品メーカーは受託生産の順調な拡大を受け、さらなる大手製薬メーカーからの製造受託を目指して、設備投資を積極的に行っています。

図7 県内医薬品メーカーの設備投資動向

新聞報道等の集計によると、県内医薬品メーカーの設備投資額は、平成15年が73億円、16年が138億円、17年が165.1億円、18年が25億円、19年が41.9億円、20年が221.1億円となっており、17年と20年に設備投資額が大きく増加しているのがわかります。(図7)

これは、前述した受託生産に対応したものであり、平成17年には設備を揃え、生産が順調に伸びてきた平成20年には、さらに設備の拡充を行ったと思われます。

また、県においても、医薬品メーカーへの支援を強化しています。これまでの運転資金、設備資金の貸し付けに加え、平成20年度からは、経営基盤強化のための薬業基盤強化資金制度を追加しました。

さらに、県薬業連合会と県医薬品工業協会が合同で設立した委受託委員会が行ったアンケートでは、委員企業19社中17社が受託拡大に意欲を示しています。

このように、富山県における医薬品は底堅さを見せており、今後も設備増強による受託製造の増加が期待されています。また、医薬品にとどまらず、製造過程で使う一般機械、包装容器やパッケージ印刷など、周辺産業も充実し、医薬品生産拠点として高い評価を得ている富山県の工業全体に注目したいところです。

7.おわりに

先ごろ、経済産業省が発表した3月の鉱工業生産指数確報では、工場の稼働状況を示す製造工業稼働率指数は前月比0.8%上昇の61.0で、半年ぶりに上昇しています。世界的な景気悪化を受け長引いていた生産調整が一巡し、半導体などの電子部品・デバイス工業、自動車などの輸送機械工業で稼働率が上昇したことが要因のようです。

これから先、鉱工業指数がどのように推移していくかはわかりませんが、明けない夜はありません。状況が悪い中でも頑張っている事業所や個人のためにも、景気回復の時期が少しでも早くなることを願います。

とやま経済月報
平成21年6月号