特集

「環境工学科」が富山県立大学工学部に開設

富山県立大学工学部 環境工学科主任教授川上智規
教授安田郁子

環境工学科開設の経緯


富山県立大学工学部に、平成21年4月、環境工学科が開設されました。この開設にあたって、各界から温かいご支援とご協力をいただきました。学外からこのようにご協力いただけたことは誠にありがたく、感謝に堪えません。心よりお礼申し上げます。

ところで、この環境工学科は、富山県立大学短期大学部環境システム工学科(平成22年3月終了予定)を母体に、内容が一新されてできたものです。富山県立大学短期大学部は、昭和37年に創設された県立大谷技術短期大学を前身として46年間にわたり地域に密着した実践力のある中堅技術者の養成を目的に教育を行ってきました。3学科でスタートし、最大6学科あった短期大学は、産業構造の変化、技術の高度化等に対応するため、四年制化や学科の再編により、平成18年度からは環境システム工学科1学科のみとなりました。さらに、10年前には卒業生の8割が県内企業に就職をしていたのに対し、近年では四年制大学等への進学者の比率が5〜8割となり、現状は「四年制大学へのバイパス化」が進み、「地域に密着した実践力のある中堅技術者を養成する」という短期大学の設置目的との間に乖離が生じていました。

そこで、平成19年4月、県庁内に「富山県立大学短期大学部あり方検討会(各界代表の委員12名、顧問1名)」が設置され、短期大学部環境システム工学科の現状・問題点、短期大学部を取り巻く環境、現状・ニーズを踏まえた改革の方向性について、計4回にわたって議論がなされました。

その結果、現状・ニーズを踏まえた改革の方向性として、「環境系工学科を“短期大学”という形態で引き続き存置することは、入口である高校生のニーズのみならず出口である企業側のニーズに対しても不十分である。企業等のニーズを踏まえれば、環境系を担当する学科は存続・発展させる意義がある。」ということが示されました。また、この検討会で要望された学科内容は、1富山県の発展に資するものとすること、2優秀な環境系人材を養成する教育法を実践すること、3他大学、研究機関、企業との連携強化や国際的な水準の知の拠点を目指すこと、の3点です。

とくに1については、『県内産業界のニーズを踏まえると、“循環型社会”に係る分野を柱とした学科がふさわしい。循環型社会のうち、短期大学部では全国でも数少ない衛生工学科時代から水環境に関する教育・研究の実績があり、「フィールド実習」も文部科学省の特色GP(特色ある優れた教育プログラム)に採択されていることから、過去の蓄積を踏まえた水環境の保全や廃水処理に資する分野(いわゆる“水循環”)を引き続き扱うべきである。また、循環型社会の構築に寄与するための教育・研究分野として、“物質循環”分野の強化を図ること、さらに企業経営に伴う様々な環境影響を減らすための環境マネジメントに関する科目やリスクマネジメント、リスクコミュニケーションに関する科目も学ぶことができる体制を整えることが必要である。一方で、富山の豊かな森林・山岳環境、環境と調和した農業のあり方、環境保全と調和がとれる土木関連知識・技術などといった“自然共生社会”関係分野も学ぶことができるような体制とすることが望ましい。環境問題が地球規模で深刻さを増している現状を考えると、この課題に富山県立大学が貢献できる分野は、循環型社会の一つのモデルを構築することであろう。』といった提言を受けました。

このような提言をもとに、内容新たな環境工学科が四年制学科として工学部に開設された次第です。

環境工学の重要性

1972年にストックホルムの国連人間環境会議において採択された、いわゆるストックホルム宣言は、環境の重要性を世界の人々に訴え、各国政府と国民に対し、環境の保全と改善を目指して国家間の広範囲な協力と国際機関による行動、ならびに人類とその子孫のため人間共通の努力をすることを要請しました。その後、地球環境問題に関する世界的な関心の高まりを背景として、1992年リオ・デ・ジャネイロにおいて、持続可能な開発の実現のために、環境と開発に関する国連会議(リオサミット)が開催されました。

わが国において環境問題とは、リオサミット以前には、公害問題のことでした。公害問題に対して「環境工学」は、大気や水質などの環境の分析を行い、その結果を評価し、公害防除施設の開発・設計を行い、それら施設の建設と適切な運転・保守を行うという一連の工学技術を提供してきました。例えば、工場からの廃ガスが排出基準に合致しているかどうか分析し、評価します。基準を超える場合には大気汚染防止装置を設計・建設し、運転・保守を行います。この一連の流れを環境工学が担ってきた結果、たとえば大気汚染物質のひとつである二酸化硫黄は、現在では1968年の約5分の1の濃度にまで低下するなど着実な成果を挙げてきました。しかしながら、前述のように、近年環境工学が扱うべき対象が地域レベルから地球規模にまで拡大し、国家間の広範囲な協力のもと環境と開発の両立を図っていく必要に迫られています。これまでの公害発生源としての工場という考えを日本や地球に置き換える必要性が出てきたわけです。二酸化炭素の排出量が地球の許容量を超えると地球温暖化がおきてしまうため、二酸化炭素濃度とその影響予測に関して、分析・評価が必要です。二酸化炭素排出量削減のための対策技術を開発していかなければなりません。さらにそれら対策技術を効果的に利用促進する政策的な決定など、現在では地球規模での取組みが必要なのです。


持続可能な社会の実現に向けて

このように環境工学が扱う地域は地球全体にまで及ぶようになり、また、対象とする物質の種類も、環境ホルモン、揮発性有機物質、ダイオキシンなど増加の一途をたどっています。廃棄物処理問題も新たな処分場の確保が次第に困難になるなか、緊急度が増してきています。さらに、資源・エネルギーの枯渇問題も持続可能な社会作りという共通の観点から、環境問題とリンクして考えられるようになってきています。これらは工学技術だけではもはや解決できない問題となってきているため、工学的なアプローチに加え、生態学的なアプローチ、社会科学的なアプローチなど、さまざまな学問領域を取り込み、有機的に組み合わせ問題に対処できる新しい環境工学の重要性はますます高くなってきています。

富山県立大学環境工学科の研究内容


水理実験施設

富山県立大学環境工学科では、このようなさまざまな観点から環境問題を解決していくための教育・研究を展開しています。講座は、水循環工学講座、資源循環工学・環境政策学講座、環境デザイン工学講座の3講座から構成されていますが、環境工学は前述したように、学際的な協力が必要とされることから、講座間のはっきりした境界を作らず、情報を共有できるような体制としています。

水循環工学講座では健全な水循環という視点から、水環境の保全や水資源の有効利用について教育・研究を行っています。健全な水循環というのは、水質・水量の両面から環境負荷を与えない水利用法のことです。具体的には、降水、陸水、地下水、海水を対象として、生物の機能を利用した新しい水質評価手法、水の循環利用技術の開発、地下水の涵養法、酸性雨に関する大気環境化学、大気汚染物質の長距離輸送などを研究しています。

資源循環工学・環境政策学講座では、資源の効率的な循環利用に関する工学的技術と、それを実現させるための環境政策などの社会科学的な手法について、多方面から教育・研究を行っています。物質循環解析、LCA(ライフサイクルアセスメント)、環境マネジメント、CSR(企業の社会的責任)、環境経営、廃棄物の資源化、水生植物を利用した水質浄化、発展途上国の環境問題、工業プロセスの高効率化など研究テーマは多岐にわたっています。

環境デザイン工学講座では安全で安心な社会基盤の整備と自然共生社会の創造という視点から、環境の創造や保全について教育・研究をおこなっています。具体的には、地球温暖化が進行したときの河川水の流出パターンの変化予測やコンクリート構造物の長寿命化などの安全な社会基盤創造に資する研究や、ビオトープ、近自然化工法の開発などの自然共生社会の創造に資する研究を行っています。

環境工学科の今後



インドネシアにおける金採掘に伴う水銀拡散の調査(科学技術振興事業団 二国間交流事業)

富山県立大学工学部の環境工学科の特徴は、環境の分析と評価、環境保全施設の開発・設計、環境保全施設の建設と適切な運転・保守という一連の工学技術はもちろんのこと、それに生態学的アプローチ、社会科学的アプローチを加えて、地域環境から地球環境までを扱う点にあります。前身の短期大学部環境システム工学科では、水環境に重点を置いた教育・研究において実績を重ねてきましたが、工学部環境工学科では、これに加えて、循環型社会作りという観点から、物質循環解析や、環境経営といった分野にも重点を置いていきたいと考えています。

また、富山県立大学工学部では、環境負荷の小さいものづくりを進めています。製品が廃棄されるときに材料のリサイクルが容易な設計手法の開発、LCAの考え方を取り入れたものづくり、グリーンバイオケミストリーなど、さまざまな研究が進行しています。特に本年度には、本学全体として取り組むプロジェクト、環境調和型先端技術推進会議が発足しました。複数の学科が協同しながら環境負荷の少ないものづくりを推進することを目的としたプロジェクトで、環境工学科も環境の専門学科として、現在進行中の3つのプロジェクトのうち、2つに関わっています。今後もこのような機会を捉え、環境負荷の小さいものづくりに積極的に参加したいと考えています。

富山県立大学工学部環境工学科は、ここまでに紹介してきた研究の成果や、環境のスペシャリストとしての人材育成を通じて富山県の経済産業界に貢献していく所存です。今後とも本学科に対するご支援をよろしくお願い申し上げます。

とやま経済月報
平成21年8月号