経済指標の見方・使い方


富山県産業連関表による
経済波及効果計測システムの試作について(1)


富山県労働委員会事務局  (前 富山県統計調査課)  鎌仲 篤志


1 はじめに


2006年2月、トリノオリンピックが開催されましたが、それに先立ち、新聞などで「経済効果は○○○○億円」というニュースを目にされた方もおられるのではないのでしょうか。また、2005年夏、環境省によって「クールビズ」が提唱されましたが、夏の軽装化に伴う出費の増加が日本経済に与える経済効果について、民間研究機関で試算され、同様に報道されていました。

このような経済効果の試算は、産業連関表によりなされています。

産業連関表は、国や県、地域の経済について、経済規模や各産業・業種の生産額・原材料費の内訳などが把握できる有益なものですが、産業連関表の活用方法として、各種係数を用い、新たな投資・消費がどれだけの経済波及効果をもたらすかを測定することがよく行われています。

しかしながら、経済波及効果の測定については、どの段階でどの係数を用いるかがよくわからなかったり、手計算では作業量が膨大となる行列計算をする必要があったりするため、一般の方にとっては、このような分析は困難なものがあります。

そこで、このたび、経済波及効果を簡単に計測できるシステムを試作しました。これは、富山県産業連関表の各種係数を用いて、イベントや投資などによる富山県内での消費・投資額(県内最終需要額)を入力すれば、それが県内経済にどれだけ波及するのかを計測するものです。

本稿は3回連載で、1回目で産業連関表と経済波及効果分析の概要を、2回目・3回目で経済波及効果計測システムの使い方・注意点などを説明していきます。



2 産業連関表とは


まず、「産業連関表とは何か」から説明したいと思います。

食品や日用雑貨など、私たちの日常生活に必要なものは、農林水産業、製造業、サービス業など多くの産業によって生産されています。これらの産業はそれぞれ単独に存在するものではなく、原材料や燃料等の取引を通じて、お互いに密接な関係を持っています。

また、各産業の生産活動は、私たち消費者の最終的な需要の影響を受けるとともに、各産業で働く従業者の賃金にも影響を与えます。さらに、消費者でもある従業者の賃金から新たな需要が生み出されるなど、経済活動は、産業相互間、あるいは産業と家計などの間で密接に結びつき、互いに影響を及ぼし合っています。

このような経済取引を特定の1年間について一覧表にしたものが「産業連関表」です。




図1は、平成12年富山県産業連関表の3部門表(県内産業を1次、2次、3次の3部門に分類して表したもの)です。

表の縦方向は、生産のためにどの産業の生産物をどれだけ購入(中間投入)したか、また生産額を構成する粗付加価値(雇用者所得や営業余剰など)がどれだけかなど、各列部門の費用構成を示しています。たとえば1次産業の生産額は1,160億円で、その生産のために1次産業から161億円、2次産業から192億円、3次産業から174億円の原材料やサービスを購入し、632億円の粗付加価値を生みだしたことを示しています。

一方、横方向は、産業の生産物が原材料としてどの産業にいくら売れたか(中間需要など)、また製品として消費、投資、移輸出等にどれだけ向けられたか(最終需要)など、各行部門の販路構成を示しています。1次産業をみると中間需要部門の1次産業へ161億円、2次産業へ762億円、3次産業へ140億円を原材料などの中間財として販売し、最終需要部門の家計や県外(移輸出)などへは926億円販売したことを示しています。中間需要と最終需要をあわせた1,990億円から移輸入額830億円を差し引いた1,160億円は、県内生産額と一致します。(生産者価格については、後ほど説明します。)

また、この表から様々な係数が作成されています。ここでは、経済波及効果測定に欠かせないものとして、2つ紹介します。


(1)投入係数表



投入係数表は、各産業が生産活動のために使用した原材料、燃料などの中間投入額を、その産業の県内生産額で割ったものです。1単位の生産をするために必要な原材料の投入割合を表しています。

例えば、第1次産業が、1単位の生産をするために、第1次産業からの投入は161÷1160≒0.13895、第2次産業からの投入は192÷1160≒0.16551、第3次産業からの投入は174÷1160≒0.15042必要となることを示しています。


(2)逆行列係数表



ある産業で需要に応じて生産活動が行われることになったとします。その産業は原材料を購入して生産を行いますが、その原材料は他の産業から求めてくる(=新たな需要が発生する)ことになります。他の産業では、その原材料の需要に対し新たな生産活動をおこなってモノやサービスを供給しようとします。そしてその生産のために、さらに他の産業から原材料を購入していくのです。こうしてひとつの部門で生じた需要は、他の産業での生産を連続的に発生させていくことになります。

逆行列係数は、こうした産業間で繰り返されていく生産活動が、最終的にどのくらい波及していくかを、あらかじめ計算して係数化したものです。

例えば、第1次産業に新たに1000億円の需要が生じたとすると、第1次産業に1000億円×0.13895(投入係数)=139.0億円、第2次産業に1000億円×0.16551=165.5億円…の需要を生み出します。この第1次産業〜第3次産業に生じた需要は、以降次々と需要を誘発していき、最終的には第1次産業に1000億円×1.06634(逆行列係数)=1066.3億円(元の1000億円を含む。)、第2次産業に1000億円×0.10411=104.1億円、第3次産業では1000億円×0.17150=171.5億円、全部門で1000億円×1.341940=1341.9億円の生産を誘発(元の1000億円を含む。)することになります。



<開放型と閉鎖型>

逆行列係数表は、大きく分けて、開放型と閉鎖型の2種類に分けられます。この違いは、必要な原材料を県内でまかなったかどうかという点の取り扱い方の違いによるものです。前者は県外からの移輸入があったとしたものとし、後者はすべて県内でまかなったとする表です。


◎なお、図1を「狭義の」産業連関表あるいは「取引基本表」ということもあります。


3 このシステムにおける波及効果測定の流れ


最終需要発生に伴う経済効果の波及ルートとして、一般的には、次のようなものが考えられます。





試作したシステムでは、図3の2の流れで経済波及効果を計測していきます。

(1)直接効果の測定

県内で最終需要が発生すると、その需要に応じて生産活動が起こります。しかし、それは、県内だけでなく、県外にも波及し得ます。

そこで、最終需要のうち、県内の生産活動へ影響を及ぼす分を

県内最終需要額×県内自給率
で求めます。これを直接効果といいます。

(2)第1次波及効果の測定

直接効果の波及により、各産業・業種から生産活動に必要な原材料等(=投入額)を調達しなければなりませんが、これも県内からのみ調達するわけではありません。そこで、直接効果に投入係数を掛けて求めた各産業・業種からの投入額の県内自給率を掛けて、県内分を求めます。

さらに、原材料等の生産にもその原材料等が必要ですが、これは幾重にも連鎖しているため、直接効果による県内からの投入額を元に、逆行列係数(開放型=県内自給率を加味)の行列計算を行い、究極的(つまり原材料等投入額が0となる段階まで)な波及額を求めます。


(3)第2次波及効果の測定

直接効果及び第1次波及効果による生産誘発額には、雇用者所得の誘発が含まれます。これに伴い、家計の消費が誘発され、これがさらなる生産活動を誘発します。これを第2次波及効果といいます。

雇用者所得の誘発額は、直接効果、第1次波及効果それぞれに、部門毎の雇用者所得率を掛けます。

家計の消費の誘発額の求め方は、このシステムでは、平均消費性向(家計調査:勤労者世帯の可処分所得に占める消費の割合)に雇用者誘発額を掛けています。

そして、消費誘発額に民間消費支出構成比を掛けて部門別の誘発額を割り出し、それに県内自給率を乗じたもの(家計消費にも県外で生産されたものがあるため)に逆行列係数による行列計算を行い、生産誘発額を求めています。


(4)第3次波及効果以降の取り扱い

第2次波及効果に伴う雇用者所得発生により、家計の消費誘発→更なる生産活動の誘発、さらにはその繰り返しが考えられます。しかし、これを波及効果が0になるまで繰り返すと作業量が膨大になりますので、経済波及効果の測定は、第2次波及効果までとすることが通例です。


(5)注意事項

生産を行ううえでの制約条件(ボトルネック)は、一切ないものとします。
商品生産に必要な投入構造は商品ごとに固有であり、かつ、短期的には変化しないものと仮定します。
各部門が使用する原材料等投入量は、その部門の生産水準に比例し、生産水準が2倍になれば使用する原材料等の投入量も2倍になるという「線形的な比例関係」を仮定しています(規模の生産性はないものとします)。
経済波及効果の達成される時期は明確でなく、1年以内に生じるとは限らないこと。
生産波及、途中段階で中断することなく最後まで波及するものと仮定します(追加需要にはすべて生産増で対応し、在庫取り崩し等による波及中断はない)。
第2次波及効果の要因としては、雇用者所得以外にも営業余剰の増加による総固定資本形成の増加が考えられますが、営業余剰についてはその転換比率がないため、雇用者所得だけを対象としています。

ここまで、産業連関表と投入係数表・逆行列係数表、経済波及効果計測の流れと注意点などについて説明しました。次号から、例をあげながら、試作システムを使った経済波及効果計測の方法を紹介していきます。



とやま経済月報
平成18年9月号