特集

韓国のベンチャー企業と韓流ブーム

富山国際大学地域学部助教授 高橋哲郎


はじめに

 最近、連日のように韓国のテレビドラマや映画が話題となっている。これまで韓国に関心を持たなかった層も多く引きつけている。近年のいわゆる「韓流ブーム」は新しい韓国観、韓国人像を作り上げたかのようである。今年、日韓国交正常化40周年を迎えたわけだが、40年前はいうにおよばず、5年前でもこれほど大挙して韓国人俳優お目当てに女性が押し寄せる時代が来ると誰が予測し得ただろうか?これがいつまで続くかはまだわからないが、日韓の長い差別と反発の歴史などなかったかのような、韓国人俳優への中年女性層の熱い視線を目の当たりにすると驚きと感動を覚えてしまう。
 この「韓流ブーム」は「ヨンさまブーム」で代表されるようにテレビや映画など映像産業(コンテンツビジネス)が主に作り出したといえよう。この映像産業を担う制作会社、配給会社のいくつかは新規のベンチャー企業であり、またベンチャーキャピタルが数多くの映画に制作資金を出資している。
 1997年の金融危機以降、韓国では「知識基盤経済」への移行の牽引役としてベンチャー企業への政策的支援が強化された。ベンチャー企業は、ITベンチャーを中心に韓国経済の基幹的存在になりつつある。近年の「韓流ブーム」を起こすだけのコンテンツの発進力は、実はこうした韓国経済の変化と無関係ではない。
 次節以降、韓国ベンチャー企業、ベンチャーキャピタルの特徴を説明したのち、韓国映画産業が飛躍的に伸長した政策的、経済的側面について言及したい。


1.韓国ベンチャーの特徴

 韓国ベンチャー企業の最大の特徴は政府によって認定されるという点にある。1997年8月「ベンチャー企業に関する特別措置法」(以下、「ベンチャー特別法」と略す)制定により、ベンチャー企業を認定する制度が創設された。以下に述べる3つの確認要件のうち、どれかひとつを満たした企業にベンチャー認定書が発給されるのである。いわば政府のお墨付きベンチャーということである。
 3つの確認要件とは以下の通りである。

(1)ベンチャーキャピタルが投資した企業(ベンチャーキャピタル投資企業)
(2)売上高に対して研究開発費が高い企業(研究開発投資企業)
(3)特許権などの技術を用いて事業化した企業(新技術投資企業)

確認要件の内容については表1のとおりである。

表1 ベンチャー企業の確認要件

資料: 中小企業庁(韓国)ホームページ(http://www.smba.go.kr/

 確認手続きは、第一段階としてベンチャーネット(http://www.venturenet.or.kr)にアクセスして、革新能力診断票による自己診断と経営実態調査書を作成し、ベンチャー企業確認申請をおこなう。
 第二段階は申請企業に対し各地方中小企業庁において革新能力および技術性を評価する評価機関を指定する。ベンチャー企業評価機関は革新能力と類型別要件に対する現場実態調査後に、各地方中小企業庁に評価結果を通知する。評価期間は30日(ベンチャーキャピタル投資企業は15日)である。各地方中小企業庁は評価結果を検討して、ベンチャー企業確認書を発給する。ベンチャー企業認定の有効期間は2年(ベンチャーキャピタル投資企業は1年)。ベンチャー企業評価機関は中小企業振興公団、技術信用保証基金のほか、産業技術評価院、韓国科学技術院など総計16の公的機関である。
 以上述べたように、韓国ではベンチャー企業はベンチャー評価機関により評価され、認定されるのである。ではどうして世界的にも類例をみない、ベンチャー企業確認制度を創設したのだろうか?
 それはベンチャー政策の支援対象となるベンチャー企業を明確に選別するためであるといえよう。韓国のベンチャー政策は基本的に、ベンチャー企業に対する直接支援の特性を持っている。資金供給、立地支援などの直接支援が中心であり、支援対象となるベンチャー企業を選別する制度が必要となる。この点で、ベンチャー企業確認制度は政府主導の直接支援という、1960年代の高度成長期以来一貫して採ってきた政府主導の経済開発の手法を踏襲しているといえよう。つまり、財閥に代わりベンチャー企業という新しい経済主体を育成しようとしている。ベンチャー確認制度は韓国で採られてきた経済政策の特徴と限界を同時に示す制度だといえるだろう。 
 だが、ベンチャー企業確認制度の限界にもかかわらず、一般にベンチャー企業の概念さえなじみがうすかったベンチャー政策推進初期段階では、政府がベンチャー企業を公式確認して毎月市場に発表し、成功ベンチャー企業の事例を伝播するよう努めたことによって、ベンチャー企業創業熱気を大きく高めることに寄与した点は評価できよう。その結果、ベンチャー特別法の目的であるベンチャー企業の創業促進に大きく寄与したと評価できよう。韓国のベンチャー政策は、今後の発展のためにもベンチャー企業確認制度に対する批判とベンチャー政策が投融資政策資金支援に偏重して、過剰支援されているという批判に対応する必要があり、実際その方向に動きだしているようである。


2.韓国ベンチャー企業の実態

 韓国ベンチャー企業の実態は、1999年より中小企業庁にて毎年行われている『ベンチャー企業精密実態調査』(以下、「実態調査」と略す)により知ることができる。同資料を中心に韓国ベンチャー企業の概要を述べておきたい
 確認ベンチャー企業数の推移は表2のとおりである。

表2 確認ベンチャー企業数
(単位:企業数)
資料:中小企業庁(韓国)

 表2からわかるように、2001年をピークにしてベンチャー企業数が減少しつつある。これは注2で述べた理由により、2002年11月「ベンチャー特別法」が改正され、確認要件が強化されたためである。ベンチャー企業の類型をみると、新技術投資企業が約7割を占めているが、改正前の旧4分類のひとつ、「ベンチャー評価優秀型企業」が新技術投資企業に含まれたためである。ベンチャーキャピタル投資企業と研究開発投資企業が、それぞれ投資金額や投資期間、研究開発費額など、数値的な基準が明確であるのに比べ、新技術投資企業はベンチャー評価機関の「評価」によって決定されるという点に特徴がある。ベンチャー企業の業種分布では、IT関連企業が多い。地域別分布では、ソウルを中心とした首都圏への一極集中が著しい。首都圏以外でのベンチャー育成も取り組まれ、成果をあげている。
 続いて、ベンチャー企業の設立年度をみると、1999年以後に設立された企業が53.3%、1998年以前に設立された企業が46.7%を占めている。ベンチャー企業は大手企業やその他中小企業に比べて成長速度が一般的に早い。韓国ベンチャー企業は自社の技術開発に自信感を持っている企業が多い。これは技術開発投資を活発に行っていることに起因する。韓国ベンチャー企業の特徴のひとつは創業者の高学歴である。2001年調査では、創業者のうち修士・博士修了者が33.8%だったが、2004年調査では42.7%に大きく上昇している 。同期間における博士号取得者の創業は13.6%から15.6%に増加している。このように、韓国ベンチャー企業の特徴のひとつは創業者の高学歴である。工学専攻が過半数を占め、次いで経営・経済学専攻の約2割である。
 以上まとめてみると、韓国ベンチャー企業は「新技術投資企業」が最も多く、創業者は(1)1998年以後の新規創業企業が多い、(2)先端製造業、ソフトウェア・情報通信サービス業が中心、(3)30代、40代創業者が大半、 (4)大学院修了創業者の急速な増加、などといった特徴がみられる


3.韓国ベンチャーキャピタルの実態

 韓国におけるベンチャーキャピタルは、中小企業創業投資会社(Start-up Investment Companies:SICs)と新技術事業金融会社(New Technology Financing Companies:NTFCs)という2種類の株式会社形態があるが、中小企業創業投資会社が会社数でも資金供給力でも大半を占めている。
 これらベンチャーキャピタルは法令に基づいて政府に登録し、租税支援など多様な政府のサポートを受けている。創業投資会社と新技術事業金融会社とも、自社資金でベンチャー企業へ直接投資を行うこともあるが、中小企業創業投資組合(Start-up Investment Fund:SIFs)あるいは新技術事業投資組合(New Technology Investment Funds:NTIFs)のようなベンチャーキャピタルファンド(Venture Capital Funds:VCFs)を結成して投資するのが一般的である。
 韓国におけるベンチャーキャピタル投資は、前述した「ベンチャー特別法」の制定により、資金供給面が一気に拡大した。ベンチャーキャピタルの活動に有利な環境が整備された。創業投資会社(SICs)及び中小企業創業投資組合(SIFs)数の推移を表3に示した。

表3 創業投資会社及び創業投資組合の推移
資料:中小企業庁(韓国)

 ベンチャーキャピタルの投資対象業種を見てみると、2003年にベンチャーキャピタルの新規投資の52.5%が情報通信産業に集中した。ITベンチャー中心の韓国的特徴を示している。その他に主要投資対象業種としては一般製造業(17.5%)、エンターテインメント産業(15.7%)、バイオ産業(3.4%)、流通産業(3.3%)などがある。特に投資回収面で好調な、映像、ゲームなどエンターテインメント産業への投資が増大している。近年の韓国映画産業の興隆も資金面ではベンチャーキャピタルによる、投資、ファンド設立が大きく貢献している。韓国の場合、ベンチャー投資はまだ少額・分散・短期の投資形態がまだ主流であり、その点からもエンターテインメント産業への投資が選好されている。
 次に韓国におけるベンチャーキャピタル投資の主要源泉である中小企業創業投資組合(SIFs)への出資者構成をみると、2003年の場合、結成金額4,550億ウォンのうち中央政府及び地方自治体が30.3%、投資ファンドのGeneral Partnerとして中小企業創業投資会社(SICs)が15.6%、年金基金が30.0%、個人及び機関が23.5%、外国人が0.7%を占めている。韓国のベンチャーキャピタルの資金源泉で年金基金の占める比重は非常に少なかったが、最近、年金基金のベンチャーキャピタルに対する認識が肯定的に変わり、年金基金の出資比重が大きく増加しつつある。公的資金、年金基金がベンチャーキャピタルの資金源泉として大きな比重を占めているのは、日本とは対照的である。


4.韓国映画産業の活性化の諸要因

 近年、韓国映画産業が急拡大している。韓国国内はもとより、日本をはじめアジア各国で劇場公開される本数が増加している。特に日本ではめざましく急拡大している。2004年度、日本で劇場公開された韓国映画の本数が過去最高を記録した。12月末現在で29本、2003年度は14本だった(外国映画輸入配給協会調べ)。年度末まで3ヶ月を残す時点で前年の2倍以上に増えたことになる。恋愛ものからアクション、ホラーまで多彩な内容が目を引く。
 日本では「韓流ブーム」だが、実は韓国国内で映画産業が活況を呈しているのである。韓国国内で韓国映画が占める市場占有率は、1998年度は25%にとどまっていたが、1999年には36%、2000年には35.5%、2001年には50.1%、2002年には45%、2003年には49.4%になっている。これは世界的にみても驚くべき数字である。自国の映画の観客占有率が30%ラインを維持しているのは、世界市場の85%を掌握している米国(ハリウッド)を除けば、フランスと日本の二カ国のみである。 
 韓国では映画産業保護政策として1966年に導入されたスクリーン・クォーター制度がある。同制度により長年韓国映画産業は保護されてきた。しかし1988年に外国映画の輸入が自由化され、1992年から1993年にかけては市場占有率が15%にまで落ち込んだ時期も経験している。
 この危機を乗り越えた要因のひとつとして映画産業に対する手厚い支援があげられる。韓国の場合、文化観光部(日本の省に相当する)の文化産業局、その中の映像振興課が映像産業を担当している。その傘下の映像振興委員会(Korean Film Council KOFIC)が政府と協力して映画振興政策を執行している。映画制作費の直接支援、各種基盤施設の提供(南揚州総合撮影所)、映画人の養成(韓国映画アカデミー)等、長期的に韓国映画の基盤を強化するため支援を行っている。特に、韓国では映画アカデミーが優秀な人材を多数輩出し、韓国映画界に供給している
 以上述べたように映画産業への手厚い支援が韓国映画産業活性化の第1の要因である。
 第2に、映画制作の資金調達面の拡大である。前述したように、ベンチャーキャピタルの映画産業への投資は拡大している。また、映像専門投資組合(「映画ファンド」)の結成及び投資の活性化により、安定的に映画制作資金を調達できる環境となっている点が指摘できる。
 しかし韓国の場合、日本のように大手の映画会社が制作も配給もするというシステムではなく、資金、制作、配給、それぞれ専門の会社が合従連衡を繰り返しながら、競争しているという状況にある。


おわりに

 韓国経済はIT産業を中核としつつ「知識基盤経済」への移行が進行している。その担い手として新規参入のベンチャー企業は欠かせない存在である。映画産業でも担い手は新規創業企業が多く、人材も30歳代、40歳代が中心である。韓国経済は確かに変化した。
 一方、これまで述べてきたように、ベンチャーも映画産業も政府の強力な育成政策の恩恵を受けている。政策的にベンチャー企業や映画産業に有利な環境をつくりだし、力強いサポーターの役割を担っている。この点は、韓国経済の一貫した特徴である。
 今後、「韓流ブーム」が一過性のものにならず、日本に根付くにはテレビドラマや映画だけではなく、実際の韓国を知る機会を持つことが重要であろう。
 今も問題となっているように、日本と近隣アジア諸国のあいだには過去の歴史問題が大きく横たわっていることは事実である。この問題への取り組みは真の友好関係をつくりあげるためにも避けて通れない。一方、これからはぐくむ未来志向の交流も同時に必要である。
 筆者の所属する富山国際大学では韓国ソウルの聖公会大学(http://www.skhu.ac.kr/)との学術交流協定を本年3月に締結した。9月から交換留学がスタートする。若い世代の交流拡大に寄与したい。


金融危機以降の韓国経済を包括的に扱っている最新の成果として(財)環日本海経済研究所編[2005]『現代韓国経済 進化するパラダイム』をあげておきたい。
同制度は、2002年11月に改正された。そのねらいはベンチャー企業に認定されることによって得られる「恩恵」を目的とした実態のない“形だけのベンチャー”を排除することにあった。ベンチャーの認定を受ければ各種の優遇措置が受けられる。特に資金供給面でのメリットが大きかった。
2004年4月末現在確認ベンチャー企業7,609社を対象にした全数調査。各地方中小企業庁が担当し、当該庁に登録しているベンチャー企業を担当調査した。主にインターネットを利用し、質問に答える形で行った。4,632社から応答があり(回収率60.9%)、このうち、回答内容に問題がある30社を除き、4,602社の回答を対象に分析したものである。中小企業庁(韓国)[2004]『2004年度ベンチャー企業精密実態調査』。
韓国ベンチャー企業の実態は紙幅の関係で最小限に止めた。より詳しくは、拙稿「韓国ベンチャーの特徴と地方化推進戦略」(前掲、環日本海経済研究所編[2005]第4章所収)を参照されたい。
金鍾文[2004]『韓国映画躍進の秘密』p.190
国産映画保護のために、韓国国内のすべての映画館に、国産映画を一定の日数以上上映するよう義務づけた制度である。その日数は徐々に少なくなったが、今日まで存続し、現在は公式には1年の約3分の1の146日だが、特例措置があり実際は106日が義務上映日となっている。
「八月のクリスマス」のホ・ジノ監督、「殺人の追憶」のポン・ジュノ監督、「火山高」のキム・テギュン監督など多くの気鋭監督が映画アカデミー出身である。

とやま経済月報
平成17年5月号