経済指標の見方・使い方


3種類の法則と経済法則

富山大学経済学部助教授 本間哲志


1.はじめに

 富山県統計調査課による『経済指標のかんどころ』(以下、「かんどころ」)は経済データを“読む”ための格好の手引き書です。しかし、一口に“読む”といっても、様々な意味があります。単に“数値を読む”こと(レベル1)だけでなく、“数値の経済的意味を理解して読む”こと(レベル2)を意味したり、“法則性を見出す"こと(レベル3)を意味したりします。「かんどころ」はどちらかといえばレベル2の意味での“読む”ための入門書といえるでしょう。初版から40年以上、「かんどころ」はこの性格を貫いてきましたが、その一方で、長きにわたり改訂版を読み続けてきた読者には次のレベル(レベル3)への関心を抱かせてきました。本稿はこうした関心にささやかながらも応えようとするものです。今月から3回にわたり、「かんどころ」では触れられていない、経済法則の把握に関する最も基本的な問題について解説します。第1回目の今月は、一般に法則にはどのようなものがあり、その中で経済法則とはどのような法則なのかについて解説します。


2.法則とは?

 実証分析の比較的長い歴史のある各種の研究分野で、法則とは、数学的な形で表すことができて一般的に認められる量的な関係をさしています。経済学でよく知られている法則としては次のようなものがあります。
■例1.1 エンゲル法則(Engel's law): 所得の上昇につれて家計支出(=生活費+税金・社会保険料等+預貯金+投資+財産購入+借金返済)に占める飲食費の割合が低下するという統計的法則です。ドイツ(プロイセン)の社会統計学者エンゲル(C. L. E. Engel)は、19世紀末にベルギー労働者家族の生活費に占める食費・住居費・衣料費の割合の変化を所得との関係で明らかにし、この法則を発見しました
■例1.2 ペティ=クラークの法則(Petty's-Clark's law): イギリスの経済学者ペティ(W. Petty)は、農業、工業、商業の順に収益が高くなることを一般的な経験法則として導きました。その後イギリスの経済学者であり、統計学者でもあるクラーク(C. Clark)は、各国の長期間にわたる膨大なデータから、経済発展につれて就業人口(実際に職に就いて所得を得ている人口)が第1次産業(=農業+林業+水産業+牧畜業+狩猟業)から第2次産業(=製造業+建設業)に、さらに第3次産業(=商業+運輸通信+金融+公務+家事労務)に移る法則を発見しました。この法則がペティ=クラークの法則です
■例1.3 収穫逓減の法則(law of diminishing returns): ある特定の生産要素(例えば、労働)を除く他のあらゆる生産要素(例えば、設備・機械、原材料)の投入量を一定に保ち、その生産要素(労働)の投入量(労働時間)だけ追加的に等量(例えば、1時間)ずつ増加してゆくとき、追加的に得られる産出量の増分(これを「限界生産力」という)がしだいに減少していくという法則です
■例1.4 限界生産力均等の法則(law of equi-marginal productivities): 生産者が、一定量の生産に必要な費用を最小にするように労働、機械・設備、原材料などの生産要素の投入計画をたてるとき、その投入量は、全ての生産要素について、各生産要素の限界生産力(他の生産要素の投入量は一定にして、その生産要素の投入量だけを1単位増加させたときの生産量の増分)をその生産要素の価格で割った値が一致するように決まるという法則です。


3.3種類の法則と経済法則

 いかなる手段で見出せるかによって、法則には3種類あるといわれています。第1は、素朴な観察で見つけられるもの、第2は、実験室で、統御実験を行って見出せるもの、第3は、理論との関連ではじめて見出せるものです。
 第1の簡単な例としては、四季折々の正午の太陽の高さがあります。夏になると高くなり、冬になると低くなるという、規則的な変化を繰り返すことが容易に観察できます。この場合、正午の太陽の高さと季節との間に法則が見出されるわけですが、季節以外に正午の太陽の高さに影響を与える要因、つまり、地球が太陽を公転する軌道と1公転に要する日数(約365)はほぼ変わりません。これらの環境条件は私たちの意志とは無関係に(すなわち、人為的な統御操作を加えなくても)自然の手で不変に保たれています。
 今、2つの量、AB の関係を考えましょう。A 以外でB に影響を与える全ての要因(環境要因)を一定に保って、A を変化させたとき、B の変化がA と特別な関係にあるかを調べることを統御された実験といいます。もし、AA1 に定めればB1 が、A2 に定めればB2 がいつ測定しても観察されるとき、AB は法則に従うといいます。例えば、ある肥料と植物の生長との関係を統御された実験で調べる場合、日射量、温度、水分、酸素などの環境要因の水準を一定に保ちながら施肥量を変化させ、植物の生長量がどうなるかを調べます。施肥量を横軸にとり、植物の生長量を縦軸にとってグラフを描いた場合、S字形の曲線が描けたとしましょう。この場合、施肥量と植物の生長量は“S字法則”に従うといえるかもしれません。けれども、もし、環境要因を一定に保てなかったら、多くの場合、観察者はこの“S字法則”を発見できなかったに違いありません。このように、統御実験は法則の発見を促進する働きをします。

施肥量と植物の生長量の関係を描いたグラフ

 理論との関連ではじめて見出せるものとしては、例1.4の限界生産力均等の法則があります。限界生産力は主として生産者行動の理論の中で考えられる性質のものだからです。このため、限界生産力を測定するためには、何らかの手段を設けなければなりません。
 このように、法則には3種類あります。しかし、第2の統御実験によって見出せる法則と第3の理論との関連ではじめて見出せる法則には本質的な違いはありません。第2の場合も理論と関係なしに法則が見つかるわけではありません。環境を一定に保つというとき、A (施肥量)とB (植物の生長量)の関係に影響を与える他の要因が何であるかを、あらかじめ考えておかなければなりません。つまり、A (施肥量)、B (植物の生長量)をめぐる環境要因についての仮設が必要になります(例えば、日射量、温度、水分、酸素が重要な環境要因であるなど)。そもそも、A (施肥量)とB (植物の生長量)の間の関係を取り上げたこと自体が、ほかならぬ1つの仮説といえます。多くの場合、こうした仮説は植物学や生物学の何らかの理論に関係しています。
 第3の理論との関連ではじめて見出せる法則は、それを見つけるには理論に関連した仮説が必要であるという点では第2の統御実験によって見出せる法則と同じです。しかし、多くの場合、統御された実験が不可能なため、観測事実から直接に法則を見出すことはできません。理論との関連ではじめて見出せるものであり、その意味で潜在的なものです。このため、法則を見出すためには統御実験が可能な場合よりもさらに念入りに考えられた理論と計測の手法が必要になります。その理論はこれまでの観測事実(データ)を説明できるばかりでなく、将来のデータを予測できる、つまり、現実には未経験の環境要因の下でも、何が生じるかを説明できるという特徴をもっています。このように考えると、理論との関連ではじめて見出せる法則とは、理論の記述する規則性を意味するといってよいでしょう。すべての実証科学と同様に、経済学でもこの種の法則を樹立しようとして努力を重ねています
 他の実証研究の分野での法則と同様に、経済分析の上での法則とは、所得や価格、就業者数などの経済量や資源の存在量などの間に成り立つ量的な関係式(方程式)をさしています。安定的、持続的な経済法則が存在するか否かは、こうした関係式が安定的か否かということにほかなりません。問題は、多くの場合、統御実験ができないため、こうした関係式は観測事実(データ)から直接見出すことができないという点にあります。理論との関連ではじめて見出せるものであり、その意味で、潜在的な関係式です。このため、次のような問題が生じやすくなります。つまり、経済に関わる様々な量の間に成立する安定的な関係式(経済法則)が潜在するにもかかわらず、私たちが観測する量の間の関係式が不安定になってしまうという問題です。こうした問題が生じた場合、私たちは“みせかけの法則”に惑わされることになります。そうした事態を避けるためには、こうした問題がどういう事情によって生じるのかを知らなければなりません。


4.むすび

 以上、一般に法則にはどのようなものがあり、その中で経済法則とはどのような法則なのかについて解説しました。要点を箇条書きにすれば以下のようになります。
(1)法則とは、数学的な形で表すことができて一般的に認められる量的な関係です。
(2)いかなる手段で見出せるかによって、法則には3種類あります。第1は、素朴な観察で見つけられるもの、第2は、実験室で、統御実験を行って見出せるもの、第3は、理論との関連ではじめて見出せるものです。
(3)統御実験とは、例えば、2つの量、AB の関係を考えたいとき、A 以外でB に影響を与える全ての要因(環境要因)を一定に保って、A を変化させたとき、B の変化がA と特別な関係にあるかを調べることをいいます。
(4)経済分析の上での法則とは、所得や価格、就業者数などの経済量や資源の存在量などの間に成り立つ量的な関係式(方程式)をさしています。
(5)多くの場合、統御実験ができないため、こうした関係式は観測事実(データ)から直接見出すことができません。理論との関連ではじめて見出せるものであり、その意味で、潜在的な関係式です。
(6)このため、経済法則が潜在するにもかかわらず、私たちが観測する量の間の関係式が不安定になってしまうという問題が生じやすくなります。こうした問題が生じた場合、私たちは“みせかけの法則”に惑わされることになります。
 そうした事態を避けるために、次回はこうした問題がどういう事情によって生じるのかを解説します。

1.小尾恵一郎、『計量経済学入門−実証分析の基礎−』、日本評論社、1972年、1頁。
2.金森久雄・荒憲治郎・森口親司編、『CD-ROM版 経済辞典 第4版』、有斐閣、2002年。
3.金森・荒憲・森口編、前掲辞典。
4.金森・荒憲・森口編、前掲辞典。
5.小尾、前掲書、2〜3頁。
6.通常「法則が見出しやすい」というのは、現象を観察するときに、観察者がそれに関わる理論をほんの少ししか、あるいはほとんど準備していなくても対象の中に規則性が見つかることをいいます(小尾、前掲書、3頁)。
7.小尾、前掲書、3頁。
8.小尾、前掲書、4頁。

とやま経済月報
平成17年1月号