特集

新設される富山県立大学生物工学科と
グリーンバイオ


富山県立大学・工学部・生物工学研究センター教授 浅野泰久


 富山県立大学は、平成18年4月より新たな学科として生物工学科を開設する。ここでは、この生物工学科について、新設にいたるまでの変遷と学科の詳細を紹介する。

1.生物工学研究センターの歴史

 富山県立大学生物工学センター1)並びに富山県バイオテクノロジーセンターは、県立大学工学部の附属研究施設としての機能と公設試験研究機関としての機能を併せ持つ施設として1992年10月に開設された。

(1)富山県立大学基本構想
 県立大学においてバイオテクノロジーに関する教育・研究を行うことについては、1987年3月の「富山県立大学基本構想」の中に盛り込まれていた。その中では「工学の特質に対応して、生物の機能を利用し、それを生産へ展開する方向を目指すべきである。具体的には、物質生産を指向する応用微生物学を中心的な位置にすえ、酵素学・生物化学・分子生物学・細胞生物学などを基本として、そこに各種の工学的手法を適切に導入することにより、一つの学問体系を構築していくことが望ましい。」「富山県立大学では、先ず優れた人材を確保した上で研究施設(研究所)を設置し、研究活動から早急に着手すべきであろう。そして、この研究所の活動内容は、設立当初からきわめて特徴のあるものとし、比較的近い将来、この研究所が国内的には勿論、国際的にも、バイオテクノロジーの一つの中心的な機関として評価されるような状況が生まれることを期待したい。なお、学科の設置については、研究所の活動状況や研究成果に関する評価等を勘案し、かつ、バイオテクノロジーに関する学問の発展方向を見すえながら着実に検討を進めていくべきものと考える。」と述べられている。

(2)生物工学研究センターの建設
 こうした提言に従い、大学創設準備委員会にバイオ部会が設置され、1990年1月、各界のバイオに造詣の深い委員により、「県立大学におけるバイオテクノロジー教育・研究の進め方」が提言された。これを受けて、1991年7月から総工費約12億円をかけて生物工学研究センターの建設を進め、鉄筋コンクリート造り4階建て、延べ床面積約2,800平方メートルで第一期工事が竣工した。

(3)大学院工学研究科生物工学専攻前期・後期課程の設置
 こうして1992年10月、本県のバイオテクノロジーの拠点として、生物工学研究センターが開所した。当初は「酵素化学工学」の1部門だけであったが、二期工事(総床面積約4,500平方メートルとなる)を経て「生体触媒化学」、「有用生物探索工学」、「生物反応化学」の各部門が順次開設され、1996年4月には大学院工学研究科生物工学専攻修士(前期)課程を設置した。大学院設置の趣旨は、「生物工学研究センターを主たる基礎として、バイオテクノロジーの基礎と応用を教育・研究の中心とする専攻を設置し、社会の需要により適切に対応する」「幅広い学問的基礎と柔軟な発想力のある課題到達能力に富む頭脳を有する高度の技術者・研究者を養成する」ことである。修士課程の第一期生が修了する1998年の4月には大学院工学研究科生物工学専攻博士(後期)課程が設置された。ここに、生物工学研究センターの「研究を中心にすえた小型の大学院大学」の教育研究体制が確立した。2005年度までに修士課程並びに博士前期課程から約80名が社会へと巣立ち、76名の修士(工学)並びに8名の博士(工学)が誕生している。


2. 新設される富山県立大学・工学部・生物工学科

 生物工学研究センターの研究は「微生物の有する機能の探求と有用物質の生産」に向けられている。特に、酵素触媒を利用するバイオプロセスとその化学合成への利用、微生物の二次代謝産物(バイオファインケミカル)の探索とその医薬・化成品などへの応用が中心となっている。産業界、特に化学工業及び医薬品製造業とのつながりが深く、企業研究者と協力して成果が得られるシステムが構築されている。すなわち、産業界の研究開発ニーズに対する大学側からの提案、基礎・応用研究の実施、研究成果の社会還元という正のスパイラル構造が順調に機能しており、その成果は幾つかの実用化または開発段階にある研究テーマに現れている。
 また、「オススメ」な大学院研究所として、河合塾編「環境・バイオの最前線」に次のように挙げられている。
 「これまで化学工業で作っていた化学物質を、酵素反応を利用して生産しようとしている。分解できないために環境破壊を招く化学物質に代わる、環境にやさしい化学工業につながる研究だ。」、「この分野は例外的にアメリカが弱い分野であり、世界へそのままアピールできる先端的な分野でもある。」
 このように紹介されており、九州大学農学部、京都大学工学部、名古屋大学工学部、早稲田大学理工学部などと同列に高く評価されている。今や生物工学研究センターは、規模は小さいが「キラリ」と輝く組織に育った(表1)。

表1 富山県立大学・工学部・生物工学研究センター 主な受賞

Distinguished Biochemical Engineer Award(1994年)
住木・梅澤記念賞(1995年、2004年)
日本放線菌学会賞(1997年)
日本放線菌学会浜田賞(1998年、2005年)
日本学士院賞(1998年)
日本農芸化学会奨励賞(1991年、2000年)
国際酵素工学賞(2001年)
日本化学会化学技術賞 (2005年)
日本農芸化学会論文賞(2002年、2003年、2004年)
とやま賞(1993年、1999年、2003年)


 このような発展を踏まえて、平成18年度には、次のように工学部の新しい学科として「生物工学科」を開設することが決まっている。

富山県立大学工学部生物工学科の概要(2003年9月の「富山県立大学工学部生物工学科基本計画」より)
<開設時期> 平成18年4月 <定員> 40名(収容定員160名)
<教育研究分野> 生物工学研究センターでは、開設以来、微生物の酵素等を利用して有用物質を生産するバイオプロセスの確立と発展を目指したグリーンバイオテクノロジーに関する教育研究を行ってきている。この方向を一層発展充実させるため、生物工学研究センターの4教育分野に、県内産業に貢献できる「植物機能工学」及び「機能性食品工学」と、これからのバイオ研究の基盤となる「応用生物情報学」を加え、7つの教育研究分野とする。
<講座>講座数は、教育研究分野に対応し7講座とする。

講 座 名教 育 研 究 内 容
酵素化学工学新規開発した酵素を環境に負荷をかけない有用物質合成に利用することを目指すとともに、バイオチップや環境修復の研究を行う。これらの研究を通して、酵素化学工学、応用酵素学、有機化学等に習熟した者を育成する。
応用生物プロセス学
※(生体触媒化学)
酵素や微生物細胞の触媒機能を利用し、医薬品や香料などの有用物質を高効率で生産するバイオプロセスの開発を目指した研究を通して、生体触媒化学、分子生物学、蛋白質工学等に習熟した者を育成する。
微生物工学
※(有用生物探索工学)
自然界から新規微生物を探し出し、それが生産する抗生物質等の有用物質を医農薬等へ応用するための研究を通して、応用微生物学、代謝調節工学、天然物化学等に習熟した者を育成する。
生物有機化学
※(生物反応化学)
微生物等が生産する生理活性物質を探し出し、その合成法や変換法の開発、構造と活性の相関を明らかにするとともに、医農薬へ応用するための研究を通して、有機合成化学、生物有機化学、グリーンケミストリ一等に習熟した者を育成する。
 植物機能工学植物未利用遺伝資源の増殖技術の確立を目指すとともに、植物特有の代謝機能を積極的に活用するバイオプロセスや環境修復技術の開発を行うための研究を通して、細胞組織培養学、植物細胞工学、植物分子生物学等に習熟した者を育成する。
 機能性食品工学食品素材や和漢薬エキス、微生物などの幅広い生物素材を対象とし、健康維持増進、生活習慣病の改善等に役立つ機能性食品の開発を目指した研究を通して、栄養化学、細胞生理学、食品工学等に習熟した者を育成する。
 応用生物情報学膨大なゲノム関連データを、コンピューターを用いて管理し、蛋白質の立体構造、代謝経路・制御機能等の生物情報の解析や各種データーベースの利用技術の開発を目指した研究を行う。こうした研究を通じて、生体情報工学、生物情報解析学等に習熟した者を育成する。
※は、現教育研究部門名

 図1に平成18年4月に開設される生物工学科の概略を示した。また、生物工学科の教育理念は、以下のとおりである。
 生物工学は、医学、化学、食品、環境エネルギーなどの幅広い産業分野に利用され、健康、食料、環境の今日的課題を解決していくために、今後も発展が期待される学問分野である。生物工学科では、微生物系、生化学系、有機化学系、植物・食品・情報系の学問領域を基礎として、省エネルギーで環境にやさしいグリーンバイオテクノロジーの研究・開発に携わる基礎的な学力と専門的能力を身に付けた、人間性豊な創造力と実践力を兼ね備えた人材を育成することを目標にしている。そのために、少人数教育による講義、演習、実験と各種ゼミを実施したうえで、学生が主体的・意欲的にチャレンジする課題研究・卒業研究を通して学生の多面的な思考力を養い、生物工学分野の基礎・応用能力を育成することを目指している。また本学科では、地域に根付く医薬品産業の更なる発展に向けて、地域産業が新技術の創出や製品開発を行うために必要かつ有用な人材を育成し、地域社会とともに地域の国際化や知能・技術の高度化、集積化を支える事業を積極的に推進し、地域の発展に役立つ学科を目指す。

図1 平成18年4月に開設される、富山県立大学工学部生物工学科の概略
図1 平成18年4月に開設される、富山県立大学工学部生物工学科の概略


3.おわりに

 平成17年6月18日に行われた、高校生を対象にした生物工学科の紹介のオープンキャンパス2)についての高校生の感想の一部を紹介しておく。ネガティブな感想はほとんど無かった。高校生の絶大な期待を裏切らないように、新学科の設立と充実に向けて、教員一同邁進する所存である。

(1) <学部、学科紹介>
生物工学科のオープンキャンパスということで細かい内容が分かって良かったです。全体的なことと生物工学科のみについてのバランスが良かったです。
富山県立大の新学科については興味があったのでいろいろ話が聞けて嬉しかったです。
大学の目標がはっきりしていてすごいと思った。とても楽しかった。
バイオテクノロジーについて詳しく知ることが出来ました。ありがとうございました。
施設が整っているだけではなく、少人数で講義を受けられることもあり、魅力を感じた。
いろいろな分野に応用していたので、思っていたよりも多方面でその内容を活かせそうだった。これからの世の中に必要な研究が多かったのでやってみたいと思った。

(2) <模擬講義>
バイオについて身近なことから説明されて理解しやすかった。もっといろいろな研究室を見てみたかった。
先生方が優しいこと。模擬講義もとても聞きやすく分かり易くて良かったです。
今まで生物工学にはあまり興味がなかったが、今日の講義でとても関心が湧いたので今後の進路の参考にしたいです。

(3) <研究室>
この大学のいいところがたくさん分かった。研究室のアットホームな雰囲気がすごくいいなあと思った。一日中研究室で研究というのは大変そうだけれど、それ以上に楽しそうなので早く私もしたいと思った。

(4) <図書館>
図書館に特に興味を持った。様々な分野の本があり、とても良いと思う。先生の施設の説明が分かり易く充実していた。

(5) <就職率>
県内での就職率がほぼ100%というのに驚いた。就職ガイダンスによって自分を表現することを大切にしていることがこれにつながっていることが分かった。他のオープンキャンパスにも出てみて、いろいろ比べてみようと思う。

(6) <教員>
先生方の熱心さが伝わってきた。初めてオープンキャンパスというものに参加し緊張したけど有意義なものとなって良かった。
雰囲気が良くて先生達と生徒が仲がいいのは良く分かった。
大学の規模(学生数)がこぢんまり?そんなに大きくないので図書館や学食も少し厳しい印象を受けました。図書館あたりは24時間利用したいですね。しかし、少人数教育は魅力です。先生方の説明は親切で助かりました。学校に戻りたくさんの生徒に強く推薦したいと思います。

(7) <施設、設備>
すごくきれいな校舎で学校生活を送りやすい学校だと思います。

(8) <その他感想>
大学って素敵だなと思った。早く大学生になりたいと思った。
初めてオープンキャンパスというものに参加してみて参考になった。
県立大の学生と話をしてみたかった。

(9) <その他意見>
見学の時間がもっと長ければ良かったと思います。


1) 富山県立大学(http://www.pu-toyama.ac.jp/BR/biotechnol.html)を参照下さい。
2) オープンキャンパスとは、学部、学科紹介や模擬講義等を受け、体験入学すること。

とやま経済月報
平成17年8月号