特集

都市活性化と路面電車

東京経済大学経営学部助教授 青木 亮


はじめに

 平成14年4月1日から万葉線は、加越能鉄道に代わり、第3セクター会社である万葉線(株)が運行を担うことになりました。20年以上にわたり議論が続けられてきた路線存廃問題も一段落つき、新たな一歩を踏み出したと言えます。今年2月には、待望の低床車も導入されました。今後、県内ではJR富山港線の路面電車化も予定されています。また海外では、欧米を中心に路面電車(LRT())を利用した街づくりも数多く行われており、鉄道復権の一例として、我が国でも紹介されています。ここでは、LRTを中心とする都市内鉄道について、取り上げたいと思います。


ストラスブールのLRT

 欧米の諸都市を中心に、近年、街づくりや都市活性化の手段として、路面電車(LRT)を利用する例が数多くみられます。チンチン電車として郷愁を誘う存在であった路面電車が、渋滞緩和や環境問題の改善、さらには中心市街地活性化や都市再開発の切り札として登場してきました。
 成功例として我が国でも紹介される機会が多い事例の1つに、ストラスブールでの導入があります。ドイツと国境を接するフランス・アルザス地方の中心都市であるストラスブールは、人口25万人(周辺自治体を含む都市圏人口は45万人)を数えます。中世の町並みが市内中心部に残る美しい都市です。ストラスブールでは、従来、市内の公共交通機関は乗合バスが担っていましたが、自動車分担率が72%(1889年)と高いこともあり、中心部では慢性的な渋滞や、それに起因する騒音、大気汚染などの環境悪化に悩まされてきました。これらの問題を解決し、公共交通機関の分担率を引き上げる目的で、1991年11月に、中心部のトランジットモール()化とLRTの建設が発表され、1994年12月には、市内中心部に9.8kmの路線が開通しました。その後の路線延長により、2004年現在、4線25kmのネットワークを構築しています。利用者数は年間2,150万人(1999年)を数えます。

ストラスブールのLRT

 ストラスブールのLRTには、いくつかの特徴があります。特徴の1つは、近未来型とも言える非常に斬新なデザインの採用です(写真参照)。チンチン電車という古くさいイメージは全く感じられません。また、車両を100%低床にしたことでバリアフリー化が図られているほか、窓を大きくとった明るい車内など、利用しやすさを追求した工夫が随所にみられます。更に、市街地周辺部に駐車場を設け、そこで自動車利用者はLRTに乗り換えてもらうパーク・アンド・ライドを導入すると共に、中心部では車両の乗り入れ規制を行っています。これら一連の施策を、住民や地元商店等の納得を得ながらすすめ、中心市街地の環境改善と活性化につなげました。
 ストラスブールのLRTは、非常にすばらしいものですが、日本とは制度や考え方に異なる点があります。例えば、路線建設費の負担をみると、運営事業者であるCTS()は36%しか負担しておらず、残りのほとんどは中央政府や自治体が負担しています(図1参照)。また、運営費(バスとLRT)に関しても、運賃収入でまかなえるのは半分程度の53%で、補助金が43%を占めます。この数値はフランスでは比較的高い値ですが、日本の場合、運営は独立採算が原則です。また日本でも、路線整備や改良、超低床車両の導入などに助成はありますが、フランスとは比較になりません。

図1 ストラスブールA線の費用負担者
図1 ストラスブールA線の費用負担者
※LRT: ライト・レイル・トランジットの略。主に欧米などで導入されている近代的な路面鉄道を指す。高性能の軽快電車(LRV)を導入し、連結運転による輸送力向上や低床車導入によるバリアフリー化などの特徴がある。
※トランジットモール: 一般の自動車の通行を規制し、歩行者と公共交通機関のみを通行可能とした道路。中心部の活性化を図る目的から設けられることが多い。導入により、都心部で公共交通へのアクセスが容易になる他、歩行者が安全で快適に移動できるなどのメリットが生じる。
※CTS: ストラスブール周辺地域のトラムと乗合バスの運行を受託している交通事業者。ストラスブール市と周辺市町村で構成されるストラスブール広域都市圏共同体が株式の過半数を保有する第3セクター会社である。フランスの場合、地域の行政組織から民間会社が、公共交通の進行全般を一括して長期に請け負う形態が多くみられる。


万葉線の第3セクター化による存続

 我が国では現在、18都市で19の路面電車が運行中です。高岡市と新湊市を結ぶ万葉線は、路面電車が存在する都市としては人口規模が小さい上、地域の自動車保有率が高いという立地上のハンディーを抱えていますが、長年にわたる地元の存続運動が実り、第3セクター会社である万葉線(株)へ営業譲渡の上、存続となりました。現在、JR富山港線も第3セクター会社の下で、LRT化することが検討されています。
 高岡駅前―越ノ潟の12.8kmを結ぶ万葉線は、富山地方鉄道が昭和23年4月に地鉄高岡―米島口、伏木線・米島口―伏木港を開業したことに始まります。昭和26年4月に新湊(現:六渡寺)まで全通し、射水線(新富山―新湊)と接続して、高岡―富山で直通運転が行われていました。その後、高岡市内のバス路線が富山地方鉄道から関連会社の加越能鉄道に譲渡された昭和34年4月に、高岡駅前―六渡寺間が加越能鉄道に譲渡され、さらに富山新港建設に伴い昭和41年4月に、射水線の越ノ潟―新湊間も加越能鉄道へ引き継がれました。伏木線は、昭和46年8月に廃止されています。
 万葉線の存廃問題は、昭和51年9月に庄川鉄橋が流出し、加越能鉄道が路線廃止を表明した時から始まります。その後も、何度か大きな危機を迎えましたが、県や地元自治体、経済界や自治会、利用者有志などによる存続運動が続けられてきました。県や高岡市、新湊市による補助制度の創設や、「万葉線対策協議会」や「万葉線を愛する会」、「RACDA高岡」の活動など、これら取り組みは枚挙にいとまがありません。
 第3セクター会社のもとで路線存続を図るとの決定は、高岡市、新湊市の各界代表から意見を聞くため平成12年5月に設置された「万葉線問題懇話会」が、同年9月に発表した提言に基づきます。提言を受けて万葉線(株)が設立され、平成14年4月1日から、万葉線は新たな歩みを始めました。


万葉線利用者にみる鉄道利用者の特性

 ところで万葉線の利用者は、具体的にどのような人たちでしょうか。ここでは新湊市における万葉線利用者を例に、分析してみたいと思います。
 平成14年度の万葉線利用者数は1003千人で、ピーク時の年間利用者数9040千人(昭和42年度)と比較すると、9分の1程度に減少しています。このうち通勤客が142千人(14.2%)、通学客が167千人(16.7%)、定期外客が694千人(69.2%)となっています。
 平成11年10月から12月にかけて実施された富山高岡広域都市圏第3回パーソントリップ調査(以下第3回パーソントリップ調査)から、万葉線沿線の新湊市における乗合バス・路面電車利用者の年齢階層をみると(図2参照)、利用者全体の41.9%が19歳以下、20.1%が65歳以上で占められています。一方、同調査から乗用車類利用の年齢階層をみると、20−64歳以下が86.9%と、圧倒的多数を占めています。万葉線の利用者は、運転免許を保有しない交通弱者(高校生・高齢者)が主体と言えます。ただし、65歳以上の年齢層においても、総トリップに占める割合は、自動車類が42.0%を占めており、公共交通機関の比率は2.1%にすぎません。当該年齢層においても乗合バスや路面電車を利用する人は少数派です(図3参照)。公共交通利用者の多くが、運転免許を保有しない交通弱者であることは、図4からも明らかです。停留所までの交通手段は、徒歩や自転車が中心ですので、万葉線利用者の多くは、自動車の運転免許を持たず、かつ停留所から徒歩圏内に居住又は目的地のある人と考えられます。新湊市では、沿線の中伏木(庄西)地区、放生津地区、新湊地区の3地区の居住者や、3地区への就業者(通学者)にほぼ限定されると言えるでしょう。
 日本の場合、万葉線に限らず、地方都市における都市内公共交通機関の利用者は、路面電車を含め、沿線の交通弱者にほぼ限定されているのが実情です。


図2 新湊市における年齢階層別利用交通手段
図2 新湊市における年齢階層別利用交通手段


図3 新湊市における利用交通手段(65歳以上)
図3 新湊市における利用交通手段(65歳以上)


図4 新湊市における路線バス・路面電車利用者の車利用特性
図4 新湊市における路線バス・路面電車利用者の車利用特性



LRTの果たす役割

 近年、日本でも街づくりや都市の活性化と、LRTを絡めた議論が数多くなされています。福井でのトランジットモール化の社会実験など、さまざまな試みも行われています。
 都市におけるLRTの位置づけとしては、大きく3つを指摘したいと思います。

i) 交通弱者の足の確保、路線維持
ii) 自動車利用からの移転による渋滞緩和や環境改善などの効果
iii) 中心市街地活性化や都市再開発など、交通以外の目的との相互連携

 i) の路線維持は、交通弱者の足をいかに確保するか、具体的には路線維持をどのように図るかという視点です。ii) は、自動車利用からの移転に注目し、交通政策全体の中でLRTの役割を考えるものです。iii) は、さらにii) を発展させ、都市政策や社会政策の中でLRTを捉えることになります。もちろん、自動車利用から移転が起きたり、中心市街地が活性化すれば、LRTの利用者も増加しますので、i) 〜iii) は相互に密接な関係も持っています。
 我が国の場合、理念や目標は別として、実際には多くの路面電車がi) の段階にあるように思えます。ただし、i) 段階といっても、実行するには大変な努力が必要です。例えば、存続にあたっては地域のコンセンサスを得ることや、長期間にわたりそれを継続させることが求められます。ただしコンセンサスを得るにあたっては、現実の利用者層がかなり限定されており、かつ少数派であることが、大きなネックになります。また費用負担も大きな課題です。鉄道は「金を失う道」と書くように、建設および維持に多額の資金が必要です。LRTは通常の鉄道に比べれば費用は少ないものの、例えば万葉線の場合、新会社設立と初期投資額で6億円が必要とされたほか、10年間で総額5億8000万円程度の欠損補助を行う必要があると試算されました。欧米諸国の中でも、英国のように、費用負担の重さゆえに、LRTに否定的な国もあります。理想であるii) 、iii) の段階に到達するには、さらにより高度な総合的施策が必要となるでしょう。例えば、パーク・アンド・ライドの実施にしても、単に停留所のそばに駐車場を設けただけでは、成果につながる保障はありません。人々に利用したいと思わせるためには、さまざまな工夫や前提条件を満たす必要があります。
 その一方で、世界中で数多くの都市が、最近20年ほどの間に都市問題の解消や中心市街地活性化にLRTを用いて取り組み、成功させました。日本でも同様の成功例が数多く生まれることを、また万葉線がその一翼を担う存在になることを期待したいと思います。

参考文献
Mary Webb and Tony Pattison Edi., “Jane's Urban Transport Systems 2003-2004”, Jane's Information Group, 2003
国土交通省鉄道局監修 『鉄道統計年報』 政府資料等普及調査会
西村幸格・服部重敬 『都市と路面公共交通』 学芸出版社 2000年12月
望月真一 『路面電車が街をつくる』 鹿島出版会 2001年3月
拙稿 「第三セクター鉄道 万葉線成立までの歩み」『運輸と経済』62巻9号 2002年9月
拙稿 「第3セクター鉄道にみる利用可能性と支払意思額の関係」『公益事業研究』55巻3号 2004年3月

とやま経済月報
平成16年10月号