自国は8単位の労働を農業部門から工業部門に移動し、外国は3単位の労働を工業部門から農業部門に移動します。すると、自国では工業品の生産は2単位増加し農産品の生産は1単位減少します。一方、外国では工業品の生産は1単位減少し農産品の生産は3単位増加します。従って、世界全体では工業品の生産は1単位増加し農産品の生産は2単位増加します。
さらに、自国は1単位の工業品を外国に輸出し、外国は自国に1単位の農産品を輸出します。貿易をしているときは、消費量=生産量+輸出量、および消費量=生産量−輸出量になることを考慮すると、自給自足の状態と比べて、自国では農産品の消費量を変えることなく工業品1単位の消費が増加し、外国では工業品の消費量を変えることなく農産品2単位の消費が増加します。このように貿易は両国に利益をもたらします。
この例では、自国は8単位の労働だけを、外国は3単位の労働だけを部門間で比較優位財に移動させましたが、両国ともに存在する労働を比較優位財の生産に配分し、特化することによって世界全体でより多くの財を生産し、貿易によってより多くの財を消費することが可能になります。
交易条件
貿易利益と交易条件の関係について考察しましょう。交易条件とは輸出財1単位と交換される輸入財の量のことで、自国の交易条件の逆数が外国の交易条件になります。
さて、自国では比較優位財である工業品の生産を1単位増加するには農産品の生産を1/2単位減少させなければならないので、工業品1単位の輸出に対し農産品の輸入が1/2単位より多いほど自国にとって貿易利益は大きくなります。一方、外国では比較優位財である農産品の生産を1単位増加するには工業品の生産を1/3単位減少させなければならないので、農産品1単位の輸出に対し工業品の輸入が1/3単位より多いほど外国にとって貿易利益は大きくなります。外国について言い換えると、外国にとって工業品1単位の輸入に対し農産品の輸出が3単位より少ないほど貿易利益は大きくなります。よって、両国が貿易利益を得る自国の交易条件は、自国の工業品の機会費用である1/2から外国の工業品の機会費用である3の範囲であることが分かります。
この交易条件がどの値になるかは世界の財に対する需要に大きく依存します。工業品に対する需要が強ければ工業品の価値は高くなり工業品1単位と交換される農産品は多くなるので、自国の交易条件は高くなり貿易利益は自国に偏ります。逆に、農産品に対する需要が強ければ農産品の価値は高くなり工業品1単位と交換される農産品は少なくなるので、自国の交易条件は低くなり(外国の交易条件は高くなり)貿易利益は外国に偏ります。
しかしながら、重要なのは比較優位に基づく貿易が両国に利益をもたらすことであり、その点をもう一度考えてみましょう。先ほどの例にありましたように、自国は1単位の工業品を外国に輸出し、外国は自国に1単位の農産品を輸出するとします。つまり、自国は4単位の労働で工業品を1単位生産し、農産品を1単位手に入れることができます。これは、自国は農産品を生産する過程に貿易を組み込んで、自ら生産すれば8単位の労働投入がかかるところを、その半分の労働投入で1単位の農産品を生産していることを意味しています。同様に、外国も1単位の労働で農産品を1単位生産し、工業品を1単位手に入れることができます。これは、外国は工業品を生産する過程に貿易を組み込んで、自ら生産すれば3単位の労働投入がかかるところを、その1/3の労働投入で1単位工業品を生産していることを意味しています。
おわりに
各国が特化すべき財が何になるのかは比較優位によって決定されます。絶対的な生産技術の格差は国際分業の決定因とはなりません。つまり、技術力のある先進国でも技術力のない発展途上国でも生産が「得意」な財が存在します。そして、各国が比較優位財の生産に特化することは、世界全体の観点から望ましい資源配分だといえます。
貿易の利点は輸入にあります。国は生産が不得意な財を輸入するために生産が得意な財を輸出しているのであり、それは自らが生産するよりは効率的であるということです。貿易は限りある資源を効率的に利用するためのとても便利な仕組みといえます。従って、企業は世界市場でライバル企業と競争していますので、国際競争力が重要になりますが、この「企業」を「国」に置き換えて論じるのは無意味であることを比較優位の考え方は示唆しています。
<参考文献>
Ethier, W. J., Modern International Economics, Second Edition, Norton, 1988.
Krugman, P. R. and M. Obsfeld, International Economics: Theory and Policy, Third Edition, HarperCollins College Publishers, 1994. |