人と共生するロボットの産業化を目指して
産業技術総合研究所知能システム研究部門
科学技術振興事業機構さきがけ研究21「相互作用と賢さ」領域
柴田崇徳
1.はじめに
ロボットの応用は、大きく2つに分類されている。1つは、工場での生産設備としての産業用ロボットである。もうひとつは、サービス・ロボットである。サービス・ロボットは、広範囲な応用を含むため、職業的な応用と、個人的な応用に分類できる。
まず、産業用ロボットは、塗装作業、溶接作業、切断作業、組立作業などに使われており、高精度、高速に動くため、生産性の向上に大きく寄与している。1960年代から実用化され、1990年代初頭まで、その市場は急速に伸びてきた。しかし、90年代から現在までは、産業用ロボット市場は停滞し、伸び悩んでいる。
現在、日本、アメリカ、EUを中心に、産業用ロボットが使われており、その使用台数は、日本が圧倒的に多いが、近年は、日本での新規導入台数が下落する一方、EU、アメリカでのロボットの導入台数が伸びている。産業用ロボットの導入は、コスト削減と生産性の向上が主たる目的であるが、従来、EU、アメリカでは、ロボットは人間の職を奪うもの、という意識が強く、労働者からの抵抗のため工場での導入が遅れていたが、その意識にも変化が出てきたと言える。
産業用ロボットは、電子機械としての性能は向上しているものの、その単価は下落傾向にあり、この10年間に価格で60%、性能面での調整を行った価格比較では80%の下落である。つまり、付加価値が少ない商品といえる。一方で、人件費は40%ほど増加しているため、産業用ロボットの導入が、EU、アメリカでは促進されている。
産業用ロボットの性能は、人間のマルチ作業能力には到底及ばない。そのため、生産工場でロボットが使われる作業は限られており、人間が主とならざるを得ない労働作業では、人件費がそのままコストとなるため、高度なスキルを必要としない分野では、人件費の安いアジア各国での生産が増加しているのも自然な流れといえよう。
従って、極論を言えば、日本での「もの」の製造においては、熟練が必要な高付加価値の作業か、新たな「もの」を生み出す知的な労働作業を人間が行い、後はロボットに任せるか、アジア諸国に委託するスタイルがしばらく続くであろう。
一方の、サービス・ロボットは、新しい産業として発展が期待できる。職業的なサービス・ロボットには、ビルや水槽などの清掃ロボット、水中探査・作業ロボット、医療支援ロボット、セキュリティロボット、防災ロボット、人道的対人地雷探知・除去ロボット、燃料補給ロボット、軍事ロボット(米国が主)などがある。個人向けには、エンタテイメントロボットや教育ロボット、そしてセラピー用ロボットなどがある
筆者は93年から95年にかけて、産業用ロボットに関連して、熟練作業者の作業に応じた教示のためのスキルをモデル化し、教示作業の省力化とデータベース化について研究開発を行った[1, 2]。作業量の減少や、作業時間の短縮など、客観的に評価される指標においては、有効な結果を得た。しかしながら、ビジネスの観点で捕らえたとき、教示作業が容易になったとしても、一般的に、相変わらず安価な産業用ロボットが求められ、ロボットの商品価値、あるいは付加価値の向上に関しては、その効果は限定的であった。
平行して93年から、新たなロボットの応用分野の開拓を目的に、ロボットの付加価値を高める手法について研究した[3]。新たな応用分野を開拓するとはいえ、産業用以外では、既にアミューズメント産業や、3K環境での作業への適用は様々に研究開発されていた。
先に述べたように、新たな応用分野として、人と共存し、生活の中に入るサービス・ロボットの応用がある。生活の中で、ロボットに期待される役割には、家事関連のサービスや、セキュリティなどがあるが[4, 5]、速さ、精度、安さなどの客観的な評価を重視したロボットになり、産業用ロボットと同様な評価の受け方に陥る傾向にある。
一方、生活の中にロボットが入ることは、人との相互作用の機会が増し、客観的な評価だけでなく、共存する人からの主観的な評価を受ける機会が増えることでもある。つまり、人がロボットと共生することによって、楽しみや心地良さなど、主観によってロボットを評価する比率が高まることである。そこで筆者は、あえて人の労働の補助や自動化に役立つための機能ではなく、人の心に働きかけることによって、人からの主観的な評価を重視したロボットの研究開発に取り組むことにした[6, 7]。これはまた、ロボットに対する主観的な価値を高める、つまりロボットの付加価値を高める研究でもある。
その基礎研究として、機械であるロボットが、人と相互作用することよって、人が主観的に、ロボットにあたかも心や感情があるかのように感じさせるものとして、「感情的人工生物」の研究開発を行った[8-10]。心理実験やプロトタイプの犬型ロボットの実験などを通して、人の感覚を適切に刺激することの重要性などを明らかにした。そして、人の持つ経験や知識を利用して「連想」によってロボットに対する主観的な評価を高める手法を開発した。さらにこの感情的人工生物を発展させることにより、人に楽しみや安らぎなどの精神的な働きかけを行うことを役割とする新しいロボット「メンタルコミットロボット」を提唱した[11, 12]。
このメンタルコミットロボットを具現化するために、企業との共同研究開発を進め、身近な動物としてネコ型ロボット、あまり身近ではない動物としてアザラシ型ロボットを開発してきた。ネコ型ロボットに関しては、愛玩用として既に商品化された。一方のアザラシ型ロボットは、一般家庭やオフィスでの愛玩用だけでなく、病院や高齢者向け施設でのロボット・セラピーとして用いることを提案して、実証実験と改良を重ねている(図1)。
本稿では、2章でメンタルコミットロボットを3章でロボット・セラピーについて述べる。4章でまとめる。
図1 アザラシ型メンタルコミットロボット・パロ
2.メンタルコミットロボットの研究開発
このメンタルコミットロボットを研究開発するに当たっては、人の生理・心理に関連する研究が重要であった。また、人との共生をコンセプトとする他の分野の研究についても、建築や、人と動物(ペット)の関係など、様々な分野の研究について調査を行った。そのうち、動物に関しては、アニマル・セラピーとして良く知られているように、人の生理・心理への働きかけが非常に有効であった[13]。また、ペット産業が米国では3兆円規模であるなど、非常に大きいものである一方、アレルギー、感染症などの問題により、動物を飼いたくても飼えない人々が多く存在していた。そこで、コンパニオンとしての動物(ペット)のようなロボットの潜在的なニーズが明らかになった。
動物型のロボットを作る上で、既存の技術を組み合わせることによっても、ある程度の機能を有するロボットを開発することができると判断し、センサ技術やアクチュエータ技術などを統合したシステムの研究開発を進めた。これにあたり、心理実験を通して、人の感覚の適切な刺激による連想が、ロボットに対する主観的な解釈や評価に大きな影響を与えることが明らかになり、その結果を踏まえて、ロボットの形態、動き、重量、さわり心地などの様々な観点から、設計方法について検討を行った。
身近な動物としてネコ型ロボットをオムロン社と共同研究開発した[14-16]。オムロン社によって、さらに作りこまれ、2001年に愛玩用ロボットとして「NeCoRo」が商品化された。機能として優れたものであったが、本物に似せようとしたものの、逆に主観的評価が高くなく、また高額だったため、ビジネスとしては、大成功とはならなかった。なお、米国TIME誌には「Coolest Invention」として03年11月に紹介されている。04年には、セガトイズ社がコストダウンしておもちゃとして発売することが発表されており、世の中で、どのように受け入れられるかは注目に値する。
一方、あまり身近ではない動物としてアザラシ型ロボットを研究開発した。第3世代から富山県のマイクロジェニックス社と共同研究開発している。
開発したロボットを一般の人々に評価してもらうと、ネコ型ロボットの場合には、技術的な評価が高くても、ロボットと触れ合うことによって、本物と比較され、動き、反応、さわり心地などの評価が厳しくなる面があった[16]。
一方、アザラシ型ロボットの場合には、見ているだけより、触れ合うことで評価が高まり、本物のアザラシに関する詳しい知識や経験が無いため、比較されることがほとんど無く、自然に受け入れられた[17]。
アザラシ型ロボットに関して、日本、英国、スウェーデン、イタリア、韓国、ブルネイで、アンケートによる大規模な主観評価実験を行ったところ、国や文化や宗教の違いに関わらず、非常に高い評価を得た[17-19](図2)。イスラム教国のUAEでの展示でも評価は高かった。03年のアメリカ・ラスベガスのCOMDEXでは大変人気で、まだ商品ではないため審査対象に入っていなかったにもかかわらず、Best of COMDEX finalistを受賞し、CNNやPCマガジン誌などで広く紹介された。
さらにデータを統計的に解析すると、年齢、性別、好みなどのグループごとに特徴があり、20歳以下と50歳以上のグループ、女性、動物好きなどが高く評価していた[17]。また、ロボットに対する評価で、「さわり心地」と「見た目」の要素を重視していた。
このように、アザラシ型ロボットは、多くの人から受け入れられやすいことが明らかとなり、これを病院や高齢者向け施設などでのセラピーに用いることとした。ロボット・セラピーでは、人がロボットと触れ合う機会が多く、その触れ合い方も多様である。ロボットから見ると、強い力で押さえつけられたり、叩かれたり、テーブルやベッドから床に落ちたりしても壊れず、長時間、長期間使えるように丈夫にすることが必要であった。また、人が安心してロボットと触れ合えるように、心地よさだけでなく、安全性や衛生を確保することが必要であった。そのため、アザラシ型ロボットは、これらの必要条件を満たすように第7世代まで改良を重ね、さらには使いやすさ、管理の容易さなども改善してきた。なお、柔らかでさわり心地が良く、ロボットの全身を面で覆いながら、人との接触の位置と圧力を検出するための「ユビキタス面触覚センサ」などを開発した。
図2 日本、英国、スウェーデン、イタリア、韓国、ブルネイにおける
パロに対する主観評価結果
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3.ロボット・セラピー
アニマル・セラピーには、1)心理的利点−人を元気付ける、散歩へ行くなどの動機を起こさせる等、2)生理的利点−ストレスを生理的に減少させる、血圧を下げる等、3)社会的利点−患者同士や、患者と看護師とのコミュニケーションが活発、円滑になる等、がある[13]。
しかし、本物の動物には次の問題がある。動物の毛皮などに対するアレルギー、噛まれたり、引っ掻かれたりの事故、人畜共通の感染症、糞尿など衛生面の問題などがある。そのため、特に日本では、病院や老人福祉施設に動物を入れるのは非常に難しい。
アザラシ型ロボット「パロ」を用いた「ロボット・セラピー」として、まず、2000年1月に高齢者福祉施設で実験を行い、さらに筑波大学病院小児科病棟でロボット・セラピーの実験を実施するための倫理委員会に諮り、それらの結果に基づいて、ロボットの改良を行った。隔離病棟での実験も想定していたため、衛生面での要望が強かったことから、ロボットの抗菌加工、防汚加工、抜け毛予防なども重要であった。また実験室においても人に対する生理・心理影響について実験を行った[20]。
同年12月から01年3月にかけて、筑波大学病院小児科病棟で実験を行った[21]。小児病棟における一般的な問題として、入院患者に関しては、幼児が母親から離れて一人でいると、分離不安が強くなり、夜泣きをすることが多い。食事前になると不安になり、落ち着きがなくなる。また、治療に対する恐怖感や、病気からくる痛みなどの不快感、動き回りたいのに行動が制限されるため、非常に高いストレスを感じる等がある。これらのことから、コミュニケーション能力の著しい低下が指摘されている。一方、看護師の側には、例えばあやしながら服を脱がせるなど、成人より多くの介助が必要になるといった問題がある。
パロを小児病棟に導入すると、予想以上の効果を発揮した。心理的効果として、子供たちの笑顔が著しく増え、喜びや楽しみを与えた。また、安心、リラックスすることで、夜泣きをしなくなった。子供たちは、「一緒にがんばろうね」などとパロに話しかけ、退院意欲の向上が見られた。特に自閉症の子の笑顔が増え、会話が増えるなどの効果があった。社会的効果としては、パロを話題にして、子供同士、また保護者や看護師との間の会話が増えた。「きょうはパロは来ないの」と看護師に聞く子もいた。生理的効果としては、ベッドに寝たきりで体を動かすと痛みを感じていた子が、パロをなでることでリハビリ効果につながるという例があった。
次に、高齢者施設の場合には、一般的に、高齢者が「うつ」に陥りやすいという問題がある。加齢によって身体が不自由になり、病気を発症すると陥りやすい。また、病気に対する不安などから、ストレスを抱えている。そして、高齢者同士のコミュニケーションは、共通の話題が乏しいなどの理由から非常に少ない。一方、介護者の側には、高齢者とのコミュニケーションが難しいという問題がある。介護者の大半は孫くらいの世代なので、背景の違いから共通の話題が少ないためである。
高齢者向けのロボット・セラピーとして、パロをデイサービスセンターや介護老人保健施設へ導入した。いつもは黙って座っていた人たちが、それぞれパロに触ったり、抱っこしたり、話しかけたりして、パロを介して会話をするようになるなどの変化があった。あるおばあさんはパロのことをとても気に入って「パロの歌」を自作し、いつも歌って聞かせていた。また、普段は非常に気難しく、介護士がコミュニケーションをとりにくかったおじいさんが、陽気に歌を歌うようになったなど、雰囲気が非常に明るくなった。
また、パロにおやつをあげようとする人もいた。そこのお年寄りは痴呆の人たちではなく、実験をするに当たってロボットであることを説明し、それを理解していたが、単なる機械以上の存在としてパロを受け入れたといえる。
パロを導入したことの心理的効果として、まず非常に笑顔が増えた。また、パロに会うために自分の部屋から出てきて、触れ合ったり、いつもは車椅子を押してもらっている人が、自分で操作して部屋から出てきたりなど、動機が増加する効果があった。
社会的効果としては、パロを話題にして、「パロちゃんどんな具合だった」など、お年寄り同士のコミュニケーションが活発になった。同じように、お年寄りと介護者とのコミュニケーションも向上した。生理的効果として尿検査の結果では、パロと触れ合うことによって、高齢者のストレスが減少した。
現在では、つくば市内の介護老人保健施設で03年8月から長期間の実験を継続して行っている(図3)。週に2回、1時間ずつパロと触れ合ってもらっている。当初2台のパロを用いていたがリクエストにより、1台追加し、3台で実施している。「パロの家」が作られたり、高齢者が自らパロの掃除をしたりするなど、パロに対する愛着が醸成され始めている。また、04年4月から富山県城端町の特別養護老人ホーム「きらら」、富山市の「慈光園」と「愛育園」でそれぞれパロを試用していただいている。
その他、日本国内だけでなく、スウェーデン・ストックホルムのカロリンスカ病院(図4)、アメリカ・メリーランド州・ベセスダの高齢者向け施設でもパロによるロボット・セラピーの実験を実施し、04年からイタリア、フランスでも実験を開始し、自閉症やダウン症の子供たちなどのセラピーにも役立っている。02年には、パロは英国での展示中に「最もセラピー効果があるロボット」としてギネス世界記録に認定された。
このように、ロボット・セラピーは、急速に国際的に認知されつつあり、パロの事業化後には、一般家庭での愛玩用、病院や高齢者向け施設でのセラピー用のほか、企業などのオフィスの雰囲気を和ませるなどの効果が期待でき(図5)、潜在的には、多くの場面、場所でニーズがあると予想している。
ロボット・セラピーの効果を高めるために、世界各地でロボット・セラピーの実験を実施することにより、各種データの取得やセラピーを目的とするロボットの使い方、SOP(Standard Operation Procedures)の研究開発を進めている。
なお、精神科医の横山はアニマル・セラピーを実施してきた経験からAIBOなど市販のロボットを用いたロボット・セラピーの実験を行っているが、その効果には持続性が無いなど、目的に合わせたロボットの設計の重要性を示唆する結果を示している[28]。
図3 介護老人保健施設「豊浦」(つくば市)でのパロと高齢者
図4 カロリンスカ病院小児病棟(スウェーデン)でのパロと入院患者
図5 総合科学技術会議(首相官邸)でのパロの様子
4.まとめ
人の生活に入るロボットは、エンタテイメント応用や自動掃除機などではビジネスが始まっているが、まだスタートしたばかりである。新分野での、それぞれのロボットが持つ役割とその効果をカスタマーに示し、納得させることがロボットを人間生活や社会に浸透させるために重要である。これにより、ロボットに対する主観的評価が高まり、付加価値が高い商品となりうる。また、ビジネスとしての継続性のために、人とロボットとの関係を持続させることが重要である。
アザラシ型メンタルコミットロボット・パロによるロボット・セラピーは、人とロボットとの相互作用から、ロボットが人の心に働きかけ、心理、生理、社会的な効果を与える役割を示している。また、長期間の実験を実施することにより、人がロボットに対して愛着を持ち、その関係を持続させる手法について研究を進めている。
これらの研究は、単にメンタルコミットロボットの事業化を目指しているわけではない。ロボットに対する一般社会の認識や意識に変革を与え、一般の生活の中にロボットがスムースに受け入れられやすくなり、そして、ロボットの新しいマーケットの創造、さらにはその拡大の一助になれば幸いである。
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