特集

生分解性プラスチックと循環型社会

東京工業大学大学院総合理工学研究科教授 土肥義治
理化学研究所招聘主任研究員


1.人間社会と自然の共存は富山県の大きな財産

 富山県で生まれ育ち、自然の美しさと不思議さを観察することから出発して自然科学者への途を歩み始めた筆者にとっては、帰郷するごとに眺める富山県の四季の美しさは格別です。これからも、自然と社会と産業が調和的に共存し、魅力的な都市として発展してほしいと思っています。
 人間社会と自然との共存は、世界各国、各都市において最も重要な課題の一つになっています。100回近い海外出張と欧米に長期滞在した経験から判断しても、富山県の自然と都市・農村との調和は、世界に誇ることができる大きな財産と思います。


2.循環型社会と環境にやさしい科学技術

 しかしながら、眼を世界に向けると、地球規模の環境問題は日増しに深刻になっています。言うまでもなく、人間活動による資源・エネルギーの大量消費と大量廃棄が地球環境問題の原因です。21世紀を迎え、地球生命圏の物質循環システムと調和する循環型社会の形成が急がれています。新しい循環型社会を実現させるためには、資源を効率よくリサイクルさせる社会システムの整備とともに、地球環境と調和する独創的な科学技術の創造が必要です。
 このような状況の下で、わが国ではバイオテクノロジー、ナノテクノロジー、IT(情報技術)を新しい科学技術の3本柱と位置づけ、産学官の連携で研究開発を強力に進めています。また、現在の社会構造や国民のライフスタイルの見直しを求めた循環型社会形成推進基本法の下に、現在までに、容器包装、家電、建築、食品、自動車の5物品のリサイクル法が制定されています。
 さらに、地球温暖化防止と資源の有効利用の観点から、化石資源を代替するバイオマス(生物由来)資源の活用を進めるために、バイオマス・ニッポン事業が2002年末に閣議決定されました。化学産業の原料、技術、機能の多様化という観点からも、植物系バイオマス(糖、植物油)から物質・材料をバイオ・化学生産する科学技術の確立が待たれています。
 筆者は、20年前に生分解性プラスチックを糖や植物油などのバイオマスから微生物生産するプロセスの開発を目指して基礎研究を開始いたしました。最近の数年間に、生分解性プラスチックの生産技術に大きな進展があり、生産プロセスも合理化され、生分解性プラスチックが市場に出てくるようになってきました。生分解性プラスチックの成形技術も改良され、強力な繊維や高性能なフィルムに加工できるようになりました。生分解性プラスチックの科学と産業のさらなる発展を期待し、筆者の研究室では東京工業大学と理化学研究所で基礎研究を進めています。
 つぎに、生分解性プラスチックの現状と将来展望について簡単に紹介いたします。


3.生分解性プラスチックとは

 生分解性プラスチックとは、使用している間は優れた性能を持続的に発揮し、使用期間が終了した後には自然環境中に蓄積することなく、土や水の中にすむ微生物によって二酸化炭素と水とに分解され、自然界の炭素サイクルに組み込まれる高分子材料です。
 生分解性プラスチックとして世界各国で研究が進められている高分子物質には、@微生物のつくる生体高分子(ポリエステル、多糖、ポリアミノ酸など)、A植物や動物由来の高分子(多糖など)、B化学合成でつくられる高分子(ポリエステル、ポリアミノ酸など)があります。生産原料は、石油や天然ガスなどの化石資源と、糖や植物油などの植物系バイオマス、二酸化炭素に大別できます。また生産方法には、化学合成法とバイオ(微生物、植物)合成法があります。生分解性プラスチック研究の進展とともに、高分子生産の原料と合成方法が多様化しています。


4.なぜ生物は生分解性高分子をつくるのか

 地球上に生息するすべての生物は、生命活動を営むために、核酸、タンパク質、多糖、ポリイソプレノイド、ポリエステル、リグニンなどの多種多様な生体高分子を合成しています。これらの生体高分子は、生命体を構成する構造材料や機能物質として重要な役割を果たしています。さまざまな生体高分子から構成された植物、動物、微生物が生命活動を終えると、微生物によって分解されて二酸化炭素や土の養分となり、再び植物によって利用されます。すなわち、地球上の生物圏には物質循環システムが確立されています。生物が生分解性高分子を合成してきたために、30億年の長きにわたり地球上で生命活動が持続してきたと言えます。
 微生物による高分子物質の分解は、つぎのような過程で進む場合が多いようです。まず微生物は、体外に加水分解酵素を分泌します。その分解酵素によって生体高分子の分子鎖が切断され、糖、脂肪酸、アミノ酸など低分子量の物質に分解されます。これらの水溶性分解生成物は、微生物体内に取り込まれてエネルギー生産や物質生産に利用され、最終的に二酸化炭素に変換されます。


5.なぜ社会は生分解性高分子を必要とするのか

 20世紀のはじめに、生体高分子をお手本として出発した合成高分子の科学と産業は、この一世紀の間に大きく進展いたしました。現在、世界で一年間に2億トンの合成高分子が生産されています。20世紀前半の生産原料は石炭であり、20世紀後半は石油でした。20世紀前半に開発されたフェノール樹脂、ポリエステル、ポリアミド、ポリイソプレンは、今日においてもエンジニアリングプラスチック、繊維、ゴムとして多方面に使用されています。一方、半世紀前に始まった石油化学工業の主力製品として、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレンが4大汎用プラスチックとして大量生産され使用されています。
 生体高分子をモデルとして出発した合成高分子でありますが、現在生産されているプラスチックの多くは、微生物によって分解されない高分子物質です。そのために、プラスチック製品は環境中に半永久的にとどまり蓄積して、さまざまな環境問題を引き起こしています。たとえば、河や海に流出したプラスチック製品が、年々蓄積して海洋や湖沼の生態系に大きな害を与えています。また、多様なプラスチック廃棄物を、どのようにリサイクルすべきかが社会問題にもなっています。
 プラスチック製品の10〜20%程度が、環境中の微生物によって分解・消化される生分解性プラスチックに代替されれば、プラスチックによる環境負荷を大きく低減できると考えられています。
 生分解性プラスチックの期待される用途は、つぎの2つの分野に大別できます。一つは、自然環境中で利用され、使用後は環境中の微生物によって完全に分解されることが期待される分野です。たとえば、農林水産用資材、土木・建設用資材、野外レジャー製品などに応用し、環境保全に役立てようとする分野です。もう一つは、食品容器包装用品、紙おむつなどの衛生用品、ゴミ袋やコップなどの日用品などリサイクル使用が困難な製品の分野であり、使用後は生ゴミとともにコンポスト(堆肥)化処理によって速やかに分解されることが期待される分野です。


6.研究の新しい動きはありますか

 生分解性プラスチックに関して注目すべき研究活動は、プラスチックの生産原料として、再生可能な植物系バイオマス(糖、植物油など)や二酸化炭素を用いようとする新しい動きです。
 20世紀のプラスチックは、石油、天然ガス、石炭などの化石資源を原料に用いて生産されてきました。しかし、大気中の二酸化炭素濃度の増加あるいは化石資源の枯渇の問題を考えますと、21世紀には二酸化炭素を直接的、あるいは間接的に固定して有用な高分子物質を生産する新しいシステムを確立する必要があると考えます。遺伝子工学、タンパク質工学などのバイオテクノロジーを用いて、再生可能な炭素資源から、高性能な生分解性プラスチックを微生物あるいは植物によって安価に生産するプロセスの開発をめざして、アメリカ合衆国、EU、日本の3極で活発に研究が進められています。
 二酸化炭素を出発原料とする高分子生産プロセスとして、つぎのような3つの方法があります。
 3ステップ生産法は、植物によって大気中の二酸化炭素をデンプンなどの糖へと変換し、これを原料として微生物発酵を行い有機酸、アルコール、アミノ酸などのモノマーを生産し、得られたモノマーから化学合成によって生分解性高分子を生産する方法です。ポリ乳酸、ポリブチレンサクシネート、ポリアスパラギン酸などを、この方法で生産することができます。
 2ステップ生産法は、微生物を用いて糖や植物油から生分解性高分子を生産する方法です。バイオポリエステルのポリヒドロキシアルカン酸(PHA)を、この方法で生産することができます。
 1ステップ生産法は、植物により二酸化炭素から1段階で生分解性高分子を生産する方法です。言うまでもなく、デンプンやセルロースの生産法です。最近、ポリエステルPHAを遺伝子組換え植物を用いて合成する技術開発が進展しています。植物に大量のポリエステルを合成させることができれば、1kgあたり数10円程度で生産でき、生分解性高分子の低コスト化に大きく寄与できるものと期待されています。
 これまでのプラスチックの開発研究は、材料性能を最大限に向上させ、コストを最小化するという2つの目標を同時に達成することをめざしていました。しかしながら、循環型社会の形成が重要な課題になるにつれて、低コスト化と高性能化に加えて、環境負荷を低減するための高分子設計が必要になってきました。再生可能な炭素資源から生産できる生分解プラスチックは、環境負荷を低減しうる高分子材料として大きな発展が期待されています。

環境に優しい生分解性プラスチックの開発

生分解性プラスチックの製品例

とやま経済月報
平成16年1月号