特集


少子化への対応 
−次世代育成支援の視点から−

富山短期大学幼児教育学科助教授 宮田徹


1.少子化の進行と子ども・家庭を取り巻く環境の変化

 平成6年の「エンゼルプラン」以降、「少子化対策推進基本方針」(平成11年)、「新エンゼルプラン」(平成11年)、「少子化対策プラスワン」(平成14年)と次々と政府が少子化対策を打ち出しているにもかかわらず、その間も合計特殊出生率は低下を続け、平成14年には1.32と史上最低を記録しました。また、平成14年1月に発表された「日本の将来推計人口」(国立社会保障・人口問題研究所)によれば、従来少子化の主な要因とされてきた「晩婚化」に加え、1960年代以降に生まれた世代における「夫婦の出生力そのものの低下」という新しい現象がみられ、現状のままでは少子化は今後一層進展すると予測され、平成18年をピークとして総人口は減少し「人口減少社会」へと突入することが確実視されています。(富山県の人口はすでに平成12年から減少傾向に転じています。)
 少子高齢化の進行は、将来の社会保障における現役世代の負担増を招き経済活動の低下につながるなど、わが国の経済・社会に及ぼすマイナスの影響が強く懸念されることから、少子化への対応は重要な政策課題となっています。平成15年7月には地方自治体と企業に対して具体的な支援策や数値目標を盛り込んだ行動計画の策定を義務づける「次世代育成支援対策推進法」が制定されました。さらに平成16年には、児童手当の支給対象年齢を現行の小学校就学前から小学校第3学年修了まで引き上げる「児童手当法」の一部改正、児童虐待防止対策等の充実などを盛り込んだ「児童福祉法」の一部改正、育児休業期間の延長や看護休暇の権利化などの「育児・介護休業法」等の一部改正からなる次世代育成支援対策関連三法案が国会に提出されようとしています。
 「次世代育成支援」という言葉は、少子化への対応を意味する用語として、ただ単に「子どもを産ませること(増子化)」として誤解されやすい「少子化対策」や、子育てをしている家庭だけが施策のターゲットであると受けとめられるおそれのある「子育て支援」に代えて、「少子化は社会全体の歪みのあらわれであり、子育てについては親の責任ももちろんではあるが社会全体としての支援も必要である」という考え方を背景として生まれたキーワードです。
 少子化への対応を考えるときには、直接の要因とされる晩婚化や夫婦出生力の低下をもたらした背景―子どもや子育て家庭を取り巻く環境の変化―に目を向ける必要があります。様々なことが考えられますが、一言で言うと、核家族化の進行や近隣関係の疎遠化によって、従来はかなりの程度機能していた血縁・地縁ネットワークによる子育て家庭へのサポートシステムが縮小化・希薄化したことがあげられます。そうした中、「子育てと仕事の両立の困難さ」や「子育ての孤立化」「育児不安の増大」などの問題が指摘されています。



2.子育てと仕事の両立困難

 女性の職場進出が進み共働き家庭が増える中、働きながら子育てをすることの難しさが存在するため子どもを生むことを控えるという問題が指摘されています。この問題への対応としては、長時間労働の解消や育児休業の取得を容易にするなど女性だけでなく男性も含めた働き方の見直しも必要ですが、ここでは子育てと仕事の両立支援策としての保育サービスについてみることにします。
 保育サービスについては、エンゼルプラン以降、多様な保育ニーズに応えるため、保育所における延長保育、休日保育、乳児保育などの充実が進められています。保育所利用児童数は少子化を背景に昭和55年以降減少していたのが、平成7年以降増加傾向に転じ、特に0〜2歳の低年齢児の増加が著しくなっています。これを受けて保育所受け入れの拡大が図られてはいますが、全国的には都市部を中心に平成15年4月現在、2万6千人を超える保育所入所待機児童がいます。
 富山県においては、以前から女性の就労率が高かったこともあり保育所の普及が進み、待機児童はいないとされています。また、3歳児の保育所利用率は63.2%と全国平均(平成13年:34.9%)と比べてかなり高くなっています(筆者調べ:図1参照)。


図1 富山県の就学前児童の居場所

※「保育所利用児童数」は厚生労働省保育課調べ(2001年4月1日現在)
※「幼稚園児数」は文部科学省「学校基本調査」(2001年5月1日現在)
※「家庭等の児童数」は、富山県人口移動調査(2001年10月1日現在)の
各年齢人口から、保育所利用児童数及び幼稚園児数を除いて求めた。


 3歳以上児についてみれば、富山県では保育所利用率が高いことと待機児童がいないことから、子育てと仕事の両立支援は比較的進んでいるとも言えますが、0〜2歳児のいわゆる低年齢児の「未就園率」は76.1%と全国平均(平成13年:84.4%)同様、かなり高くなっています。このことは、3歳児以上であれば、ほとんどの子どもが保育所または幼稚園で集団の中での生活を経験し、親も子育ての負担がある程度軽減され、園で育児について相談したり、親同士交流したりする機会が得られやすい状況にあるが、低年齢児を育てる家庭は近親者や近隣関係からのサポートがない場合に孤立する可能性があることを示していると思われます。


3.子育てそのものへの負担感ー育児不安

 仕事と子育ての両立困難を抱える共働き家庭だけがサポートを必要としているのではありません。いわゆる専業主婦については、育児の負担が母親に集中し、母子2人きりで周囲から隔絶されて一日を過ごす「子育ての孤立化」といった状況が指摘されています。
 図2のように、共働き主婦より専業主婦の方が「育児の自信がなくなる」といった育児中の不安が大きいというデータもあります。

図2 育児中の不安について


4.子育て家庭を支えるサポートシステム

 子育て家庭を支えるサポートシステムとしては、祖父母等血縁ネットワークによる支援があげられます。共働き家庭で日中両親に代わって子ども(孫)の世話をする、保育所・幼稚園の送迎を行う、育児の悩み・不安に子育ての経験者としてアドバイスするなどの役割が期待されます。平成14年の「第12回出生動向調査」(国立社会保障・人口問題研究所)でも、夫妻の母親からの育児援助がある場合にその後の出生子ども数は援助がない場合に比べて多い傾向があると報告されています。
 富山県では、三世代同居世帯の割合が全国第3位の22.2%(平成12年国勢調査)と高いことから、祖父母世代との近居世帯も含めて、血縁ネットワークによる支援を受けることのできる子育て家庭は比較的多いと思われます。しかしながら、6歳未満の子どもがいる世帯の核家族の割合は57.1%(平成12年国勢調査より筆者調べ)と全国平均の78.6%に比べれば非常に低いとはいえ、半数を超えています。核家族の場合、祖父母世代までの近隣関係から切り離されることが多く地縁ネットワークも弱体化しやすいと考えられます。つまり、富山県においても、従来の血縁・地縁ネットワークによる子育て家庭へのインフォーマルなサポートシステムは縮小化・希薄化しつつあり、これを補完し社会全体で子育てを支える仕組みの必要性が高まっていると言えます。
 こうしたことから、近年、育児の相談や情報交換をする場として保育所等に「地域子育て支援センター」が設置されるなど地域全体で子育てを支える基盤づくりが進められています。特に、保育所や幼稚園に通っていない子どもを育てる核家族の親が子育てについての悩みや疑問を話し合ったり情報交換したりするための交流の場づくりが求められることから、子育て中の親子が気軽に集える場としての「子育てサロン」や親たちが自主的に集まって一緒に子育てを楽しもうとする「子育てサークル」なども増えてきています。地域全体で子育ち・子育てを支え合う「コミュニティの再生(創造)」が望まれます。



5.「世代性」の危機

 さて、出生率の低下は、人々が次の世代を育む力や意志を失いつつあることの現れであるとも言えます。エリクソンによれば、成人期の心理社会的危機は「世代性」対「停滞」とされています。この「世代性」は次の世代を育てることへの積極的な関与を意味しています。「世代性」の課題には自分の子どもを育てることだけでなく、学校や職場や地域社会で次世代を育成すること、さらには社会に役立つ物やアイデアを生み出すことも含まれます。人は他者を支え、育てることによって、自分自身も成長・発達していきます。次世代への関心や関与がないと、私たちの生活や社会的行動は停滞してしまうでしょう。現状のままでは子どもを生み育てることが難しく負担が大きいと感じられる社会。リストラやパート・アルバイト雇用の増加など、人材を育てることを放棄しつつある企業。不登校・学級崩壊など、子どもを育てる機能を失いつつある学校。まさに今、社会全体が「世代性」の危機にあると言ってよいでしょう。
 少子化への対応は、これまでは仕事と子育ての両立支援策や育児不安を抱える親支援策など、どちらかといえば対症療法的、後追い的施策が中心でした。これからは、地域子育て支援の充実など子育てをしている親をターゲットにした施策はもちろんのこと、若者や子どもたちを含めた社会全体の「世代性」を回復することを目標としなければならないと考えます。そのためには、将来の親となる世代である中学生・高校生が、保育所や幼稚園などを活用して、乳幼児とふれあう機会を広げ、子どもや家庭をもつことへの理解・関心を高めることを支援するといった取り組みも有効と思われます。
 今後は、「次世代育成支援」をキーワードに、「少子化対策プラスワン」でも示された「男性を含めた働き方の見直し」「地域における子育て支援」「将来の親世代としての子どもの社会性の向上や自立」などの課題に、国・地方公共団体・企業・地域社会が一体となって総合的に取り組むことが必要です。


とやま経済月報
平成16年2月号