特集


公的機関の起業家支援に期待されるもの 

有限会社リトルウイング 藤田善勝


 有限会社リトルウイングは平成4年に個人事業として設立し、翌年に法人改組してから今年で12年目を迎えました。創立当時から規模を拡大する事はなく大変つつましく事業を続けてはおりますが、変化の激しいゲーム業界にあって10年を超える歳月を生き残ることは簡単な事ではありませんでした。
 今回とやま経済月報に寄稿する機会を与えていただきました事、大変光栄に存じます。起業から現在までの間に経験した事、色々な方々からご教授いただいたことなどを思い返し、どのような支援があれば富山からより多くの起業を成功させる事ができるのか私なりに考えてみたいと思います。つたない文章ではありますが、公的機関の方々、またこれから起業を志す方々に何らかのヒントを掲示することができましたら幸甚に存じます。


1.起業の動機


 起業を志す動機はケースバイケースですが、大きく分ければ二種類に分類する事ができるでしょう。

a.勤務していた会社を退社して起業を行う場合
 このケースのきっかけは、在籍していた会社への何らかの不満である事が多いようです。現在の会社の勤務で満足していればリスクのある起業を行う必要がないからです。希望に合う転職先が無ければ自分で起業することを選ぶのは自然な流れだと思います。

b.卒業と同時、または学生の間に起業する場合
 このケースではアルバイト先で気のあった仲間と会社を設立し、アルバイト先の会社から仕事を貰う形態でスタートすることが多いようです。このような場合、仕事を発注する側としてはリスクの分散にもなり都合が良いですからスムースに独立した形態に移行できます。
 学校を卒業するときに勤務したいと思う会社が見当たらないため、自分で事業を始める場合もあるでしょう。この場合も学生時代にアルバイト等で会社や実社会と接する機会の豊富だった方が多いようです。


2.会社設立までに必要な支援


 起業を思い立つ方は意外にたくさんいらっしゃいます。しかし、実際に自分で起業を行う方はそれほど多くはありません。なぜなら安定した収入が保証されないという多大なリスクがあるからです。また、現在の肩書きや地位を失うというのはそれ以上に大きなリスクです。他に安定収入が見込める場合や相当の財産がある場合を除けば思い留まるのが当然の事でしょう。それでもリスクを取ってあえて起業する道を選ぶ人々は、それだけでも社会にとって貴重な人材であると言えると思います。
 起業初期段階で一番大切な支援は、起業家に十分な準備を促す事、これすなわち情報の提供であると考えます。
 起業を決心してからすぐに会社を設立する事は是非とも止めなくてはなりません。別の起業形態の検討、メンバーの人間関係と指向のコンセンサスを確立する事、取引先との契約方針の検討、また契約書の作成など法律的な業務、資金計画などなど検討するべき事柄は多岐に渡り、それぞれについて周到な準備をする必要があります。しかしながら、会社に勤務している場合に他の部署や社員が担当していたすべての業務を少人数でこなすという事が一体どんな事なのか、たとえ勤務経験が長くても実際にやってみるまでは意外にわからないものなのです。  
  情報の提供にあたっては、質の高いコンサルティングが期待されます。恐らく起業家の周囲の多くは反対し、聞こえてくる意見はネガティブなものや的はずれなものばかり。多大なリスクへのプレッシャーにストレス。事業の将来への過大な期待。少々頭に血が上った状態をまず冷静な状態に戻してやらなくてはなりません。
 そういった状態では人の助言はなかなか耳に入らないものです。効果があるのは実際に起業を行った経験者からの意見だけと言っても良いかもしれません。私自身も起業経験者から話を聞き(成功例も失敗例も)、またある時は経験者として起業志望の方と話をしたことがありますが、それはとても有意義なことであったと感じています。ただし、これは本や講演といった形式では限界があります。起業について一般的な話をするのは大変難しく、それと言うのも起業家の個々の事情やパーソナリティーによって話すべき内容が千差万別だからなのです。
 また、特にベンチャーの場合にはモデルケースというものが存在しない場合が圧倒的です。したがって個々の起業家の状況を把握しているのは起業家本人だけなのです。したがって助言は彼等自身が考えるべき点を気付かせるという事を目的にするべきで、こうしたら上手く行くというそのものずばりの方法を伝授する事はできないのだという事を、助言する側がよく理解している必要があります。
 もうひとつ重要なのは、起業家、助言者の二者をコーディネイトするコンサルタント機関は二者に利害関係がなく、守秘義務のある公的機関である事が必須だということです。


3.会社設立時の支援


 さていよいよ当面の事業計画と資金計画が出来て会社を設立するわけですが、十分に準備がされていれば会社設立の事務的な手続きそのものに関しては多くの書籍などの情報がありますので問題なく行う事ができると思います。
 この段階では、現在の社会状況では銀行からの融資は個人的に担保を用意しない限り期待できない事からベンチャーキャピタルの投資を受けるかどうかというのが一つの懸案事項になるかと思います。
 ベンチャーキャピタルより投資を受ける事がベンチャービジネスのスタートポイントとなるケースは、日本でも今後ますます増えて行くと思われます。しかしながらベンチャーキャピタルの投資を受けるのは簡単な事ではありません。第一に具体的に株式上場の予定があること、第二に明瞭な事業計画が作成されている事、第三にその事業計画が成功するという根拠を示せることが求められます。ベンチャーキャピタルがキャピタルゲインによる利益を得る事を目的としている以上これらは当然の事ととらえるべきでしょう。ベンチャーキャピタルにとっては投資はリスクですので、先の条件はリターンの大きさを計る為に必要なのです。したがってベンチャーキャピタルから投資を受けられる場合には起業の初期段階は成功したと考えて良いと思います。
 ベンチャーキャピタルからの投資を期待する場合には、優れたプレゼンテーションを行う必要があります。漠然とした考えを整理し理論的で簡明な資料で相手に伝えなければなりません。情熱だけを持ち込んでも受け入れてもらえる可能性はほとんどないでしょう。また既に特許権などの知的所有権が成立している場合でなければ守秘義務を果たしてもらえるかどうかという問題も発生します。そのような点からも、守秘義務があり、利害関係のない公的機関がコンサルティングのコーディネーションを行う事が多くのベンチャーを成功させる要であると考えます。


4.事業の開始直後の支援


 さて、現実には会社設立当初からベンチャーキャピタルの投資を受けられるケースは稀と言えます。
 そこで当面は手元の資金を使って事業を運営していく事になりますので、この時に固定費を可能な限り低く抑えることがまず必要となります。
 なぜなら手元の資金が尽きるまでに会社の収支を黒字の状態に持っていかなければならないわけですが、そのタイムリミットを長くすることができるからです。これが創業後の資金的に苦しい時期を通過できるかどうかの分かれ目になると思います。
 固定費で一番大きいのが、人件費と事務所などの賃貸料です。
 人件費は役員は無給、仕事は自分達ですべて行うという方針で減らす事ができますが、賃貸料の方は自宅で仕事ができる場合にはよいのですが、そういうケースばかりではありません。この点につきましては富山にはインキュベーターオフィス等の試みもあり、喜ばしい限りです。しかし、後述いたしますようにこれは私が期待するものとは少々異なるものである事を最初に申し上げておきましょう。
 事業を開始した当初は事前に作成した事業計画に沿って不眠不休で仕事をこなしていくことで手一杯となる事でしょう。私どももいくら時間があっても足りないと感じておりました。秘書サービスの利用や税務の外注によって製品開発へ使える時間を増やそうかと思った事もありました。しかしそれには少なからぬ費用が発生しますため、やはり全部自分達で行う事に致しました。
 当時は時間がもったいなく感じられましたが、今にして思い返せばその経験は貴重な財産になっていると感じています。実際このような日常業務を軽減する形での支援はデメリットもあるのです。秘書サービスを使えばお客様との貴重な接点を失い、税務を外に委託すれば会社経営の要である財務を知らないままになる恐れがあるからです。税務等は法人会/商工会/税務署に色々相談に行く事になりますが、そこで伺う話もとても参考になりました。
 そうは言っても、時間が足りなくなるのもやはり深刻な問題です。それを解消する為に私の持つアイディアは完全な職住一体型の専用施設です。
 今でも寝る時には枕のそばに紙と鉛筆を置き、思い付いた事をすぐにメモにできるようにしていますが、事務所と住居が別の場所だった時には良いアイディアが浮かぶと夜中に会社に出かける事も度々でした。会社に寝袋が置いてあり泊まる事もありましたが、長期的に考えると事務所に泊まり込むのは得策とは思えません。どうしても疲労の回復具合が悪く、ひいては業務に支障をきたすからです。家庭生活も犠牲になります。基本的に24時間会社と仕事の事を考えていますから、生活と業務を会社の周りですべて行えるのが理想的です。つまり立地は短い移動時間で様々な用事が済ませられる中心部が最適です。法律事務所、特許事務所や各種の役所にもすぐ行けます。
 上層部に起業家の為の賃貸の住居、下層部に事務所スペースがあり、一階や周辺にコンビニ、コインランドリー、風呂屋さん、郵便局や銀行、定食屋さんがあったら完璧です。特に設立後2〜3年の期間にはこういった施設があれば企業家が安心して快適に仕事に打ち込めると思います。
 これは創業者の集う場所となるわけですから、ここでは仮にファウンダーズビレッジ(=創業者村 Founders' Village)と呼びましょう。


5.事業の継続的支援


 ファウンダーズビレッジを卒業した企業をどう継続的に支援していったらいいのか。これは業種によって異なると思われますが、ここでは私どものようなソフトウエア開発、デザインやアートの分野、各種サービス業、またマスプロダクションでない小規模な製造業(職人的な仕事)といった、これから起業を志す方が増えていくと思われる分野に絞ってお話しいたします。
 会社が3年目を迎えた頃には事業も一応軌道に乗り、産業構造や技術革新によって新しい事業形態への変化の時期を迎える場合が多いと思われます。
 この段階でファウンダーズビレッジを卒業し、発展段階にある会社や起業に成功した会社を集めるオフィスビルに移る事は企業にとって大きなメリットがあるでしょう。
 立地はやはり中心部で、先の新規開設企業用の施設の近辺が理想的だと思います。この場合でも、ファウンダーズビレッジの場合でも、大規模で新品の施設を用意する必要はありません。小さいオフィスビルをリフォームしたものが何棟か近辺にあるといったもので十分です。統合によって使われなくなった小学校を利用するという方法もあるでしょう。製造業と違って大きなスペースは必要ありません。投資を控えてできるだけ賃料を低く設定する事がなにより重要です。東京の中心部にも空きビルを利用してそういったものが近年作られ、ソーホーやベンチャー起業で賑わっていると聞いております。
 ここで是非とも中心に据えて頂きたい方針は、入居にあたって業種、出身地や会社設立からの年数等の制限を設けず、様々な経験を持つ人々、様々な業種を全国から募り、一か所に集めるという点です。インフラの共有、機器の共有などに目を奪われて同業種を集める事より、異業種を集め、違う視点から互いに受ける刺激をアイディアに変換し、新たなビジネスを創造する機会を増やす事が個々の企業ひいては富山の産業界にとって計り知れないメリットをもたらすと考えるからです。
 このオフィスには、様々な異業種が同居し、その相互作用により新たなビジネスモデルを創造していくという意味で、富山エボリューションオフィス (Toyama Evolution Offices)という名称を与えたらいかがでしょうか。


6.まとめ


 現在、起業に関する経験や知識は個々の起業家が個人的に持っており、それらを共有するしくみはまだありません。しかしそれを共有する事によって互いが受けるメリットには計り知れないものがあります。起業を志す人、起業を成功させた人を距離的に近いところに集める事は富山の経済に大きな変化をもたらす事が期待できます。昨今はインターネットで世界中と繋がる事が可能になりましたが、情報の質と密度の点においてはやはり物理的な距離が近い事は圧倒的に有利です。
 富山には工業団地は多くありますが、広いスペースを確保するため郊外に立地し、ある程度高額の賃料負担をしなければならない工業団地は、ここで申し上げたような目的には不向きと言えます。また、現在の富山インキュベーターオフィスも専用施設でないこと、職住一体型でない事、企業の入居スペースの数が少ない事から残念ながらここで申し上げた目的を達するにはこれ単体では不十分であろうと考えられます。インキュベーターオフィスを活用していくには、これと協調して機能する施設が周辺にもっと必要なのです。
 ここで申し上げたような施設が作られる事を心から願っています。人々が富山ファウンダーズビレッジ、富山エボリューションオフィスの名前を聞いたとき、「他にはない何か新しいユニークなものを期待できる場所」と認識していただけるようになる事を目指して行けば、全国から有能な人材が集まってくる事が十分期待できます。この場合には富山の地の利や環境の良さもまた大きなメリットとしてこの計画を後押ししてくれる事になるでしょう。富山の産業界に新しい風が吹く事を期待しつつ筆を置く事にいたします。拙文を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

とやま経済月報
平成16年4月号