構造改革特区と地域再生推進プログラム

富山大学経済学部教授 中村和之


はじめに

 今回から3回にわたって、『経済指標のかんどころ 改訂22版』(以下「かんどころ」と略します)の第2章と第5章に掲載された項目の中からいくつかを取り上げて解説します。特に、「かんどころ」刊行以降の新たな動向を中心にお話ししたいと思います。
 今回は、第2章「経済政策」の中から経済構造改革を取り上げます。小泉内閣の構造改革路線も3年目に突入しました。当初は不良債権処理や金融再生などバブルの後始末が中心でしたが、昨年度以来、規制改革や地方分権といった改革プログラムに沿った具体的な政策が打ち出されつつあります。  以下では、小泉内閣の経済構造改革の目玉である構造改革特区と地域再生推進プログラムについて、その仕組みや背景、意義を考えます。なお、経済構造改革の全体像については「かんどころ」を御参照下さい。


構造改革特区

 昨年、「どぶろく特区」が新聞やテレビで話題になりましたね。特区に認定された地域では、酒税法に基づく酒類の製造免許を受ける際に最低製造数量基準の要件を適用しないことで、農家が自家製の酒を併営の民宿などで提供できるようになりました。岩手県遠野市(日本のふるさと再生特区)や長野県飯田市(南信州グリーン・ツーリズム特区)などがこの認定を受けています。
 今年の2月には、東京都千代田区(キャリア推進特区)と大阪市(ビジネス人材育成特区)で株式会社立の大学、大学院の設置が認可されました。教育関連では、小学校と中学校の垣根を取り払う小中一貫特区(東京都品川区や奈良県御所市など)や、小学校から英語科を導入する特区(福島県会津若松市や千葉県成田市など)もあります。
 これらはいずれも構造改革特別区域法に基づいて認定された構造改革特区だけで実施される試みです。特区では従来できなかった事業やサービスの提供が公的規制の緩和によって可能となります。
 構造改革特区制度の仕組みと現状をまとめておきましょう。構造改革特区制度では、まず地方自治体、企業、NPOなどが規制緩和の要望を政府に提案します。関係する省庁は、これらの提案を検討し、実行可能と判断されたものについて法改正、省令、容認などの形で対応します。これを受けて、地方自治体が構造改革特区計画認定の申請を行います。これまでに4回にわたって認定作業が行われ、324件の特区が誕生しました。
 図1は第1回から第4回までに認定された特区を分野別にまとめています。従来の規制緩和は通信、運輸、エネルギーなど産業関連が中心でしたが、特区制度では教育や生活福祉など幅広い分野で規制緩和が行われていることがわかります。




 図2は都道府県別にみた第1回から第4回までの認定件数を表しています。すべての都道府県で複数の特区が認定されていることがわかります。富山県内では、富山県と県内のいくつかの市町村による「富山型デイサービス推進特区」、八尾町の「越中八尾スロータウン特区」、上平村の「上平村農地保全継続創造特区」の三件が認定されました。



 本年4月からは特区の評価作業が本格化します。構造改革特区推進本部に設置された評価委員会が各特区における規制緩和の効果を評価して、i)地域を限定することなく全国で実施、ii)引き続き地域特性を有する地域に限定して適用、iii)廃止もしくは是正、のいずれかの判断を下すこととなります



地域再生推進プログラム

 構造改革特区制度に続いて、本年2月に政府は「地域再生推進のためのプログラム」を発表しました。地域再生推進プログラムは、地方への権限移譲、行政サービスの民間解放、規制改革などを通じた経済の活性化を目的としています。
 地域再生推進プログラムの策定に先立って政府は地方自治体や民間事業者から地域再生構想の提案を募集しました。図3はその提案を分野別にまとめたものであり、各地域が地域づくり、中心市街地活性化や農林水産業振興など多様な課題を抱えていることがわかります。この提案をもとに政府は141件(うち地域限定のもの23件、全国を対象とするもの118件)のプログラムを策定しました。本年5月には地方自治体がこのプログラムに基づいた地域再生計画を申請します。




 昨年、富山駅北側でオープンカフェの実証実験が行われていたことを御記憶の方も多いと思います。外国では良く見かけるオープンカフェですがわが国では道路法や道路交通法などによる規制で実現が困難でした。地域再生推進計画によって、オープンカフェやイベント目的での道路の使用や占有許可手続きが容易になります。この他に、過去に補助金の交付を受けてつくった公共施設を補助金の返還なしに当初の目的以外に利用できることや、地方公務員に任期付の短時間勤務職員(パートタイマー)制度を創設することなども盛り込まれています。


なぜ規制が必要で、どうして規制緩和?

 構造改革特区制度も地域再生推進プログラムも、基本的な考え方は規制緩和を通じた経済活性化です。それでは公的規制はなぜ課されており、どうしてその緩和が検討されているのでしょうか。
 私たちの生活や企業の活動は様々な規制に取り囲まれています。公的規制とは、「国や地方公共団体が企業・国民の活動に対して特定の政策目的の実現のために関与介入する」ことを指します。例えば、許認可制度は代表的な公的規制手段です。少し古いデータですが1999年当時、わが国には1万を越える許認可制度があると言われていました
 規制が必要とされる理由は「市場の失敗」と呼ばれる現象です。私たちは市場経済の中で生産、消費、投資など様々な経済活動を行っています。市場経済とはモノやサービスが価格を媒介として市場で取引される仕組みです。市場経済は大変優れた仕組みで、私たちの社会が深刻なモノ不足やモノ余りに直面しないのも市場経済のおかげです。
 しかし、市場経済は万能ではありません。社会にはそもそも市場が成立し得ないモノやサービスがあります。或いは、取引の当事者間で取引されるモノやサービスに関する情報が偏っているために取引が成立しない場合もあります。さらに市場経済は富や所得の分配に関して容認しがたい偏りをもたらすこともあります。市場の失敗とは、市場経済においてこのような無駄や不都合が生じることを指します。
 そこで、市場経済の欠陥を修復することが必要となります。規制は個人や企業の自由な経済活動を制限することによって市場経済で生み出される非効率を緩和する方法です。市場経済の欠陥を修復するためには、この他にも租税(課徴金)の活用や、市場を創設する方法などがあります。これらの手法の中で直接的な規制はその実施が比較的容易であるために、多くの分野で用いられてきました。
 ところが、公的な規制は常に市場の失敗を修復できるわけでなく、逆に新たな非効率を生み出すこともあります。公的規制は、煩雑な許認可や届出、不必要とも思える設備や装置の設置義務を課すことなどによって市場への新規参入や自由な競争を妨げることがあります。さらに、全ての企業に一律の規制を課すことは、企業の新たな事業展開やコスト削減の意欲を削いでしまいます。
 もしも、ある規制がその便益を上回るほどの弊害を持っているならば、これを緩和、撤廃することによって社会全体でみた豊かさは増します。携帯電話の売り切り制導入と料金自由化は規制緩和の成功例です。この結果、携帯電話は情報端末としての可能性が掘り起こされ、需要拡大や新たな事業の創出をもたらました


地域限定で規制緩和を進めることの意味

 規制緩和の必要性は早くから認識されていたにも関わらず、その進捗は順調とは言えません。構造改革特区制度で実効ある規制緩和が実現する見込みはあるのでしょうか。
 規制緩和が進まない理由のひとつは、その便益や弊害を事前に把握するのが困難であることです。携帯電話の例で言えば、普及に伴って自動車を運転中の通話による事故が急増しました。また、迷惑メールやいわゆる「ワン切り」といった問題も生じました。携帯電話の場合にはこれらの弊害よりも普及の便益が遥かに大きかったわけですが、規制緩和を進めるには便益と弊害を慎重に見極める必要があります。このことが規制緩和を躊躇させる要因となります。
 構造改革特区制度では、第一段階として地域限定で規制緩和を行います。これは地域特性を考慮した規制緩和を実現するための手段でもありますが、同時に、規制緩和の「実験」という意味もあります。地域限定で実験を行ってその便益と費用を評価するわけです。
 但し、地域限定の特区が確たる理由もなく継続されるとそれ自身が新たな規制として機能してしまいます。これに関して、特区で実施された規制緩和は、所管省庁が規制緩和の弊害を立証できない限り全国に適用されることとなりました。効果が認められた規制緩和策が速やかに全国に展開されるように評価委員会での議論が注目されるところです。


地域に求められること

 構造改革特区制度や地域再生推進プログラムは国の地方に対する支援という側面も持っています。但し、従来の国から地方への支援政策とは大きく異なります。これまでの地域支援策は、国がプランを示しお金(財政支援)も口(補助金の使途)も出す、というやり方でした。
 構造改革特区や地域再生推進プログラムでは、まずアイデアを出すのは、地方自治体や地域の民間企業、NPOです。地方自治体や地域経済の担い手の人たちには高い企画立案能力が求められます。加えて、地域でなされた規制改革の効果を定量的に把握して評価できるような分析能力も必要です。
 もちろん、規制改革だけで全てが上手くいくわけではありませんが、累積する財政赤字のために国から地方への財政支援に多くを期待できない現在、規制改革を通じた経済活性化は地方に残された唯一の手段でもあります。構造改革特区、地域再生推進プログラムともに本年度も提案募集、認定が行われます。地方自治体だけでなく企業やNPO、県民を含めた幅広い議論と検討が必要となるのは間違いありません。

 次回は、税制改革についてお話しいたします。




注)

 
1) 詳細は、経済財政諮問会議「構造改革と経済財政の中期展望-2003改訂」
http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2004/040119kaikaku.htmlをご覧下さい。
2) 構造改革特区制度の詳細は、構造改革特別区域推進本部「構造改革特別区域基本方針」
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kouzou2/kettei/040224kihon.htmlを御参照下さい。
3) 全国で認定された特区の詳細は、構造改革特別区域推進本部の資料
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kouzou2/index.htmlをご覧下さい。
4) 評価委員会での議論は、   
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kouzou2/hyouka.htmlを御参照下さい。
5) 詳細は、地域再生本部
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiikisaisei/index.htmlを御参照下さい。
6) 第二次行革審(1988)「公的規制の緩和等に関する答申」より。
7) 総務庁(2000)『2000年版 規制改革白書』第3章。
8) 1990年代に行われた規制緩和の効果については『経済指標のかんどころ 第21版』の第2章「経済構造改革」
http://www.cap.or.jp/~toukei/kandokoro/top/top1.htmlの表2でまとめられています。
   
とやま経済月報
平成16年4月号