特集

環日本海交流の10年・展望と北陸の課題
富山県貿易・投資アドバイザー 野村 允(まこと)
 北陸AJEC理事
 中国大連大学客員教授


1 環日本海交流に対する評価

(1) 環日本海地域の概況
 近年、アジア通貨危機の影響もあって、対岸諸国の経済は一時的低迷状態を呈したものの、ロシア、中国、韓国は市場経済化の世界的流れに沿って順調な動きを示している。(最近、北朝鮮が複雑な国際情勢の中で、孤立感を深めつつあるように見えるのが若干気懸りではあるが) 。
 しかし、対岸諸国はそれぞれ複雑な国内事情を抱えていることは確かであり、ボーダーレス化、グローバル化を意識した2ヶ国間経済交流の本格化は進んでいない。さらには多国間経済協力のモデルとして世界的に注目されてきた「図們江流域開発プロジェクト」の動きもまだ鈍い。
 他方、日本自体も、バブル崩壊後、本格的な経済回復の兆しが見え難い状況の中で、日露経済交流がかつてのような盛り上がりに欠け、また日韓間においても「日韓FTA(自由貿易地域) 」締結に向けて漸く歩み寄りが見え始めた。
 こうした一連の動きをとらえ、80年代後半から90年代にかけて日本海沿岸諸県を中心に、対岸諸国との交流が活発に進められていた時期に比べて、近年、環日本海交流は後退しつつあるのではないか、また北陸地域の対岸諸国に対する関心度も中国を除き冷めつつあるのではなかろうかという声が聞かれる。本稿は、この10年間に、環日本海交流が果たして後退したのかどうか、あるいは北陸地域の対岸諸国への認識度(関心度) は低くなりつつあるのかどうか、について評価するとともに、環日本海交流の将来展望および北陸の課題をまとめてみたものである。

(2) データで見た10年間の変化

表1 北陸地域と対岸諸国との貿易実績(通関実績)
―平成4年(1992年)―
(単位:億円)
北陸地域と対岸諸国との貿易実績(通関実績)
資料:各県税関支署

表2 北陸地域と対岸諸国との貿易実績(通関実績)
―平成13年(2001年)―
(単位:億円)
北陸地域と対岸諸国との貿易実績(通関実績)
資料:各県税関支署

 北陸地域の対岸貿易額(通関実績) は、平成4年が822億円(貿易総額の36.9%) であったのに対し、13年は、1,949億円(同43.3%) であり、この間貿易額が2.4倍増加した。因みに、富山県はこの間73.7%増となり、貿易額では北陸3県では最も大きくなっている(表1、表2) 。対岸諸国への企業進出は、平成4年が72件であったのに対し、13年には218件であり、この間中国を中心に3倍の増加となった。因みに、富山県ではこの間2.8倍となった(表3、表4) 。次に、対岸諸国との姉妹都市提携数を見ると、昭和63年末の15件に対し、平成13年末では25件となり、この間10件増加した。因みに、富山県では3件増であった。このようにデータは、この10年間、環日本海交流が大きく拡大したことを裏付けている。

表3 北陸企業の対岸諸国への進出状況
(平成4年;1992年8月末現在)
(単位:件)
北陸企業の対岸諸国への進出状況
注:計画段階のものおよび事務所を含む
資料: 「新段階を迎えた環日本海交流」(野村)
「国際金融」1993/11

表4 北陸企業の対岸諸国への進出状況
(平成13年:2001年2月末現在)
(単位:件)
北陸企業の対岸諸国への進出状況
資料:「Warm Topic」北陸AJEC vol.40 2001/7から作成

(3) 交流の質的変化
 対岸諸国との交流、対岸諸国間での交流を進める過程では、対岸諸国・地域の特殊性の存在(例えば、(1) この地域はかつて宗主国と植民地という支配と被支配の関係にあったこと、(2) この地域には大きな経済格差が存在していること、(3) この地域の政治体制、経済システムには複雑性があること、(4) 文化の多様性の存在―など) が、大きな障壁となる。したがって、交流を進める過程では、それぞれの国・地域の諸事情を反映して、交流に浮沈が生じ、交流が軌道に乗るまでには相当の年数を必要とすることを十分認識しておかなければならない。
 そういった意味で、この10年間における環日本海交流に対する評価は、表面的な事象(データなど) とともに、交流内容の質的変化を正確にキャッチすることも肝要である。
A  交流の担い手の多様化
 環日本海交流を推進するリーダー(担い手) は、年代、あるいは各県によって異なる。概して、交流当初の担い手は自治体、企業であったが、現在では、地方自治体、企業、業界、経済団体、教育機関(地方大学、高校、中学校など) 報道機関、文化・スポーツ機関、市民レベルの“草の根交流”などがあり、この10年間に多様化が進んだ。
B 交流の多面化
 日本海沿岸諸県では、当初、環日本海交流を推進するに当って、文化交流(推進役が学術・報道機関など) を先導するケースが目立った。その後、姉妹都市提携の活発化を機に、交流目的は多面化し、地方自治体間での友好交流、スポーツ、学術、そして経済交流へと展開していった。因みに、平成13年には、富山県主催の「北東アジア女性会議」が開かれ多くの注目を集めた。
C 交流対象エリアの広域化
 これまで地方自治体、企業などでは、特定の地域(例えば、中国では、東北3省など) や姉妹都市との交流を深めてきた。しかし、近年対岸諸国内でも地域間の連携が見られる中で、北陸地域の地方自治体、企業ではこれまでの交流対象エリアと異なる他の地域や都市との新たなる交流を進める動きが見られるなど“線的交流”から“面的交流”への広がりが窺われる。
D 交流の“試行”から“実行”へ
 当初の交流は、ともすれば、双方が定例的に訪問し合う形の“乾盃交流”に終始するケースが多かった。その後交流の深まりとともに、双方が交流を通してメリットを享受出来るような“実りある交流”を指向する傾向にある(例えば、中国各省・各都市での商談会部品展示会の開催など) 。環日本海交流は、これまでの“試行段階”から“実行段階”に入ってきたといえよう。
E 連携の深まり
 近年、対岸諸国との交流が深まる中で、交流先からのニーズも多様化してきている。これらのニーズに対応し、交流の相乗効果、および相互補完のスケールメリットを発揮させるためには、地域間および各種関連機関間での連携、協力が必要となってくる。現に、北東アジア地域自治体連合、4経連北東アジア共同研究会、環日本海学会など産官学それぞれの連携組織が始動している。そのほか、環日本海地域の共通テーマ(環境問題など) を検討する組織としての“(財) 環日本海環境協力センター”(富山県) の設立や、中央官庁、地方自治体、経済団体を交えた“北陸(日本) 韓国経済交流会議”の誕生も特筆される。

(4) 環日本海交流に対する地域の理解度―アンケート調査を中心に―
 平成10年11月北陸AJECは、対岸諸国との経済交流に関する北陸企業の関心度についてアンケート調査を実施した。その中で、対岸諸国における事業活動について、“関心がある”と回答した企業が82.9%を占め、“今後の事業展開について拡大する”と回答した企業は36.5%を占めた。
 平成13年12月、(財) 北陸経済研究所が実施したアンケート調査「北陸地域内企業の海外事業活動に対する実態調査」の中で、中国に進出している北陸企業の対中国評価は、“予想通りの成果あり”と回答した企業が83.7%を占め、9年時の調査に比べて高い評価をしている企業の割合が増加した。
 近年、地元大学、専門学校では「環日本海経済論」、「環日本海文化論」などの講座とともにロシア語、中国語、朝鮮語の授業も充実してきており、若い層にも環日本海交流に対する認識度が高まってきている。さらに、平成12年に富山県で誕生した「日本海学」の研究が進み、平成13年には日本海学を具体的に推進する組織「日本海学推進機構」が発足した。
 このように、北陸地域の環日本海交流に対する現時点の評価は、「地方レベルでの細やかな交流かも知れないが、また遅々としながらも、着実に歩み続けている」と前向きな理解を示していると言えよう。


2 環日本海交流の展望と北陸の課題
 今後、国際情勢および対岸諸国を含めた北東アジア地域においてさらなる変化が予想される中で、北陸地域としては、環日本海交流を今後どのように進めていくべきなのか。単に、従来の延長線で交流の継続を展望すればよいのかどうか、あるいはこれまでと違った視点が必要なのかどうか―などについて、北東アジア地域経済の発展方向を勘案しながら探ってみたい。

(1) 北東アジア地域経済の発展方向
 これまで、北東アジア地域は、戦後いち早く産業構造の高度化を成し遂げた日本を先導に発展し、以後日本の後を追って、漸次国際競争力をつけてきたアジアNIES、ASEAN、中国などが続いた。
 近年、このような「雁行型」の経済発展は“蛙飛び”で突出してきた中国を核に、国際競争力を徐々に向上させてきた北東アジア地域を背景に、新しい形態にシフトしつつある。すなわち、これまでのような国の発展段階によってすみ分けされていた時代から競争時代(換言すれば、経済の同質化時代) を迎えたということであろう。と同時に、北東アジア地域では過去の歴史が示すように、経済の同質化へ向かう中での地域経済統合(国際協調) の動きも見られる。例えば、緩やかな経済緊密化の段階やFTAあるいは包括的経済連携などの胎動である。

(2) 環日本海交流の展望と北陸の課題
 今後、北東アジア地域経済の発展形態の変化が一段と色濃くなってくることが予想される中で、北陸地域としては、これまでのように、環日本海交流を対岸諸国間の経済的補完関係という自然発生的な理念のみでとらえるのではなく、新しい交流のための具体的な推進軸が必要となってくるであろう。既にこの点に関し研究者の間では、“目的意識的に追求される国境を越えた地方レベルの交流のさらなる拡大こそ環日本海交流の推進軸になる”と指摘され、さらに、これまでの“バイ・ラテラル(相互間) ”な交流から、質的に厚味が加わった“マルチ・ラテラル(多角的) ”な交流へと展開することが望まれている。
 今後、北陸地域としては、より実りある地方レベルでの多面的な交流を深めるとともに、対岸諸国および日本海沿海諸県を取り込んだ協力体制を築くことが出来る“マルチ・ラテラルな交流”を進めるための基本的スタンスおよび当面の課題について以下のようにまとめてみた。
A  基本的スタンス
a 全国総合開発計画に沿って
 四全総(昭和62年策定) 以降、いくつか策定された開発計画の中で常に北陸地域は環日本海交流の先導的拠点として位置づけられてきたが、北陸としてはこれらの開発計画の趣旨に沿って、今後の環日本海交流を促進することが求められている。
b 幅広い国際的視野を
 今後、国際情勢―特に北東アジア地域―の急激な変化が予想される中で、これまで交流の対象としてきたエリアのみにこだわらず、より広域的な視点に立脚した交流を進めることが必要である。
c 交流相手と同じ目線を
 国際交流の原点は、相互理解に基づいた信頼関係の樹立にある。そのためには、交流先の社会事情(生活習慣、文化など) を十分理解し、常に交流に際しては相手側と同じ目線で語り合うことが基本と言えよう。
d “think”から“do”の意識を
 環日本海交流は、試行段階から実行段階へ入ってきている。したがって、具体的行動としては、交流の可能性のあるものを発掘し、相互が交流を通じてメリットを享受出来る交流を目指し、ともかく細やかな交流でもまず実行に移すことであろう。
e 連携の輪の拡大を
 今後、交流の深まりとともに増えてくるであろう対岸諸国からのニーズの多様化および共通課題(環境、輸送など) に対しより効率的に、より実りある対応を行うためには、一層の地域間・各関連機関間などの連携を深めていくこと求められよう。
B 北陸地域としての当面の課題―ソフト面を中心に―
a 情報・人的ネットワークの充実
 この10年間、対岸諸国では、交流の担い手の世代交代が急速に進み、また情報通信機能の充実も著しい。したがって、北陸としては情報・人的ネットワークの確立とその持続性を保持することが緊要の課題である。
b 交流の多面化・広域化の推進
 交流を通じて信頼関係を樹立するためには、単に経済の即効性のみにとらわれず各種交流を着実に深めることである。
c 交流の担い手の育成と知的支援
 環日本海交流が、今後とも着実に、質的充実をはかりながら、続けられるかどうかは、優秀な人材の集積度如何にかかっている。そういった意味でも先頃富山県で誕生した「日本海学推進機構」の役割は極めて大きいと言えよう。
 また、対岸諸国に対しては、これまで実施してきた知的支援活動は、企業経営、産業技術を中心に継続させることが肝要であるとともに日本及び富山県の風土・文化を理解してもらうことが肝要であろう。今月富山市に開講する「TIC日本語学校」への期待は大きい。

 以上、北陸地域として、環日本海交流を推進するにあたりソフト面を中心に当面の課題を列挙した。他方、ハード面についても環日本海交流のゲートウエイを指向する北陸地域としては、後背地の大都市圏を結ぶ新幹線、高規格道路をはじめ港湾、空港を核とした総合交通ネットワークの構築および、高度情報通信等の社会基盤の整備は必要不可欠と言えよう。

以上


とやま経済月報
平成15年4月号