特集


韓国におけるベンチャービジネス・創業支援の現状と
富山県産業との交流・連携の可能性(3)
富山国際大学地域学部地域研究交流センター研究チーム
 長尾治明 高橋哲郎 小西英行(以上、富山国際大学)
 趙佑鎮(青森公立大学)權五景(長岡大学)

1.想定される交流事業内容

 韓国は「産業技術団地(テクノパーク:以下、TPと略す)支援に関する特例法」のもとで現在10のテクノパークを指定し、ベンチャー産業強国を目指している。特に、今回ヒアリング調査対象先のひとつとして訪れた大邱TPの李鐘玄氏からは示唆に富んだ有益な話を伺うことができた。彼は今年1月に退任されるまで当TPの事業団長として活躍され、現TPの事業理念や事業構想等の骨格を策定・具現化された人である。現在は本来の慶北大学電子電気工学部教授に復任されている。
 本稿では主に、前事業団長・李鐘玄教授が我々の訪問ヒアリング調査の際、富山県との交流事業について非常に興味深い提案をされたので、その内容を以下に紹介すると共に、交流事業を考える上で注意考慮すべき課題及び交流事業の意義について検討することにしたい。
 李鐘玄教授は富山県と可能性のある交流事業として、「人材、資本、情報、技術、市場、設備、経営、空間、制度、教育」という10の切り口を提案された。以下、その項目のいくつかを紹介すると、まず「人材」と「教育」交流が両者間で真先に実現できるものであるといえる。例えば、大邱TPと富山県の特定機関との職員派遣交流などが人材交流のひとつであろう。また、今回の訪問ヒアリング調査の際に、大邱TPが真先に具体的な交流事業の第一歩として提案したのは、韓国内での日本向けIT人材教育プログラムへの富山県の協力であった。このプログラムは、韓国情報通信部が50億ウォン(約5億円)の予算を計上し大邱TPが受託事業として実施するもので、韓国内の人材に日本市場向けの日本語教育や専門知識としてのプログラマー教育を施し、人材のランク付けを行う。富山県はこのプログラムを通じて教育された人材の日本企業に対するコーディネート・派遣を行い、その際、発生する収益は両者で案分するという内容である。韓国政府や大邱TPとしては、人材派遣によってこれから成長する日本IT市場参入の足掛かりとすることが可能であり、日本側としては少ない資金負担で不足しているIT人材供給を行えるというメリットがある。教育は2002年1月からスタート可能で、第1次教育として100人を想定し(総計1,000人教育予定)、年度末には日本派遣が実現できるという提案であった。いずれにしろ、この類のプログラムに対する韓国政府の持続的な予算措置は今後も充分ありうるために、両者は積極的に人材教育事業を検討すべきであろう。
 「市場」の相互開拓は両者とも関心の高い交流項目である。富山県企業が韓国市場に進出する際には、大邱TPは経営支援、法的相談、情報提供、城西テクノポリス利用の斡旋等が可能である。逆に、韓国ベンチャーが日本市場に進出する際の諸々のサービスを富山県に期待している。期待するサービスの中で、特に「空間(スペース)」と法的コンサルティングを富山県が提供できるのであれば、いくつかの大邱の研究開発型ベンチャーは富山県に支社を設けることも検討できるという。
 「資本」交流においては、日韓ベンチャーファンドをつくり、クロス投資や日韓ジョイント・ベンチャーの設立を行うことが考えられる。
 計測機器などの「設備」の共同利用は、両者の研究開発の効率化に貢献できる。
 「情報」交流のためのデータベース構築は急務であろう。情報交流をもとに、例えば、韓国のインターネット産業のソフトウェアを、富山県中小企業のハードウェア技術と結合させることは新たな市場と製品をつくるきっかけになるかもしれない。というのは、韓国側にとって欠けているのは日本のように熟練技術者を抱えた優秀な中小企業である。富山県にとっては事業のシーズが韓国にあるかもしれないのである。確かにアメリカの場合をみても、事業のシーズの多くが大学工学部等の理系大学から生み出されている。しかしながら、技術開発ができる施設や人材が少ないからといってベンチャー・インキュベートは難しいという理屈にはならない。事業シーズの発掘は何も地域内だけでなく世界中がこれからは対象となる時代になっている。包括的な人的交流、空間・情報・マーケティング支援のプログラム化が待たれるところである。
 以上のように、さまざまな交流項目が考えられる訳であるが、大邱TPが興味を示している具体的な交流項目は次の通りである。
 第1に、深層水開発及び加工である。日韓ジョイント・ベンチャーの設立あるいは技術及び装備移転協力が考えられる。日本の深層水市場規模は1千億円、韓国内市場規模は2千億ウォン(約200億円)と推定しているため、魅力ある協力項目と言えるであろう。
 第2は、富山県総合デザインセンターを始めとする産業デサイン関連機関同士の交流推進である。
 第3は、富山県立大学バイオ研究を始めとするバイオ研究機関との情報交流である。
 第4は、日本国内で最高水準の国際伝統医学センターを始めとする薬剤生産(特に漢方薬)や加工分野の相互協力である。


2.交流事業を考える上で注意考慮すべき課題

 上記のように大邱TPは、富山県に対して積極的な交流提案をしている。大邱TPは、何も富山県に限って積極的なのではなく他の海外機関に対しても同様の積極的な姿勢であるが、それは彼らが国際交流・協力を地域革新のための重要な事業として明確に位置づけているからこそ可能な姿勢なのである。
 大邱TPを始めとする多くのベンチャー支援関連機関が国際交流事業に積極的な理由の背景には、経済危機以降に否応なくベンチャー振興によって構造改革を成し遂げざるをえなかったことや、大学改革による産学連携に対する関心の高まりなどがあげられる。状況が最悪にまで陥ったからこそ、構造改革、ベンチャー振興、グローバル化が進んだのである。その点、日本においては危機感が極度の状態にあるわけでもなく、富山県の地域経済が他の地域より疲弊しているわけでもないので、韓国とは違い、地域をあげてのベンチャー振興やベンチャーの国際交流・協力に積極果敢というわけにはいかず、そこに交流姿勢の温度差は生じ得る。ここでいう温度差とは、交流事業における「意思決定の速さ」と「アクションの大胆さ」である。
 日韓の間の自治体レベルでの多岐にわたる交流は歴史的にある程度蓄積されており、韓国もこれまでの過程で国際交流に際しての日本の考え方、特徴は周知しているつもりである。これまで、自治体交流はとかく握手と契約書、セレモニーで満足するような雰囲気であった。しかし、ことベンチャー交流に際しては、握手とセレモニーで満足するには韓国におけるTP周辺の評価(例えば、市民やマスコミ)は厳しく、短期間の内に交流の有効性が問われるであろう。ベンチャー交流で問われる最も大事な要素は「スピード」であると強調したい。
 韓国の著名なベンチャー起業家である未来産業の鄭文述社長は、韓国人の特性がベンチャー企業に適していることを以下のように指摘している。第1に、自分の価値基準に合えば代償に関係なく献身的に働く。第2に、活性化のエネルギーといえる熱しやすさ(と同時に冷めやすさ...)。第3に、意思決定の速さが求められるベンチャー企業に適したスピーディーな瞬発力。第4に、チャレンジ精神の強さである(注)。
 今回、我々の韓国ベンチャー調査研究でも随所で言われたキーワードは、交流・協力にしろベンチャー経営の話にしろ、「スピード」であった。前述した交流事業における意思決定の速さとアクションの大胆さは裏返して言えば「拙速」ということになる。ベンチャー経営の場合、「拙速」はむしろ適していることもあるが、富山県は交流事業におけるレスポンスの遅さや不明確さのせいで、富山経済と富山県の環日本海経済圏構想に高い評価をしている韓国側に失望感を与えないよう、最も成功が早く見込める協力項目から丹念に実行に移すべきであろう。そして、ベンチャー・インキュベートもベンチャー交流もある程度の失敗を前提としたものでなくてはならない。それでなくとも、行政に失敗は許されないという固定観念があるせいか、大学教員と地方公務員は民間と異なり失敗を恐れる。失敗の許容範囲を決めることは重要なことである。
 今回、調査研究で訪問したTPの関係者と関連ベンチャー企業における人材の優秀さや経営資源の豊富さを鑑みると、「経済交流の可能性」は充分あるといえる。そして、ベンチャーにおける経済交流の成功如何は当然すぎる結論ではあるが、交流に意欲的な富山県側の人材の有無にかかっている。交流・協力事業を中心になって進めようと思う情熱と志を誰が持っているのかを見極め、人選を行う責任がトップにある。この場合のトップとは、自治体首長やベンチャー支援関連機関の実務トップのことをいう。リスクを犯しながらもスピーディーに、且つ積極的に交流・協力事業を行うインセンティブは、公務員にも大学教員にも、余程のことが無い限りあまり無いといえる。
 トップの評価と姿勢が交流・協力事業においても決定的である。ベンチャー振興や交流・協力事業に関わる公務員や大学教員のモチベーションを高められるような仕組みへの転換を図ることが、今後為されていくべきであろう。つまり、「ベンチャー役人」、「ベンチャー学者」になっても良いと思われるような環境づくりが必要なのである。交流・協力事業から得られる波及効果、例えば地域内企業の売上増加や地域雇用の増大などの成果の果実と称賛の多くは、交流担当者に帰するべきである。そして、トップが「自らの言葉」でベンチャー育成と交流・協力の意義を語ることによって、交流の旗振り役は増えることになるであろう。
(注)日本経済新聞社編『アジア―新たな連携』日本経済新聞社、2000年、P182-183


3.交流事業の意義

 これまでアジア諸国は歴史的に、日本を除いて「産業化」に遅れていた。その結果、アジアで日本だけが先進国であり、経済的・技術的実力が平準化されていなかったために垂直的関係が存在していたといえる。しかし、「情報化」すなわちIT革命はアジアの中の日本の地位を変える可能性を持っている。IT分野において、日本はリーダーとして抜きんでているとは言えない。日本は長らく、アジア経済の雁行形発展を先頭に立って引っ張ってきたが、シンガポールや韓国等アジア他国の急速なIT化でその形態は崩れている。
 かつての韓国は日本にとって後進性のイメージであったが、IT分野を中心とする韓国のベンチャーは日本にさまざまな刺激を与えることが可能である。日本は教師、韓国は教え子という構図は薄れつつある。また、情報化に関しては韓国と日本を中心として、アジア独自の発展形態の萌芽が見えつつある。PCバン(韓国のインターネットカフェ)やiモードの発展がそうである。アジア独自の、例えばモノづくりとITの融合のような、創造的なテクノロジーが生まれる可能性もある。富山県としては、このような可能性を活かすべきであり、隣国との協力関係を創りなおし、アジア全体のまとまりを結ぶ先駈けとしての役割を果たさなければならない。その役割を果たすためには、何よりも、ベンチャーを通じてのアジア独自の視点を据えた経済交流が有効であろう。
 日本政府は2001年1月「IT基本法」を制定し、世界一流のIT国家に5年以内に到達するという目標として「e-Japan戦略」を掲げた。これは、EUが2000年に「eヨーロッパ構想」を提唱したのを受けたもので、高速通信インフラの整備を加速して5年以内に超高速ネットを一千万世帯で利用できるようにするといった具体的な方策からなる。しかし、e-Japan戦略には情報革命で日本より一部先行しているアジア諸国とどのような協力関係をつくっていくかという視点が欠けている(注)。政府がIT戦略において「アジア」の視点がないのであれば、富山県が中央に先駆けてアジアと「相互」に学び協力する関係づくりを行い、地域経済の活性化に繋げる独自の動きを打ち出すべきであろう。
(注)会津泉『アジアからのネット革命』岩波書店、2001年、P338-341

文責:富山国際大学 地域学部教授 長尾治明


とやま経済月報
平成14年9月号