富山県工業技術センター生活工学研究所の紹介
前生活工学研究所長 山下 澄男


富山はスポーツ用具の産地です
 みなさんは、プロ野球選手の使用している木製バットの40%が富山で作られていることをご存知ですか?昭和40年代までスキー板の産地だったことをご存知ですか?そうです、富山はスポーツ用具の産地として歴史も技術もあるのです。
 スキー板は、プラスチック製への転換が遅れ、全く生産されなくなりました。
バットの主力が金属製に代わり、高校野球や社会人野球で普及が急速に進んだ結果、木製バットの生産量は一時期ほどではありませんが、福光町を中心に生産されています。今年2002年からは、社会人野球でも木製バットが復活することになり、産地ではフル操業状態にあります。
 また、この製造技術はゲートボールやグランドゴルフ、パークゴルフといった新しいスポーツの用具の生産に生かされ、最近の健康指向、生涯スポーツ指向の社会的ニーズに対応しています。
 また、ゴルフを楽しむ方なら覚えておられると思いますが、中村寅吉プロの監修による県内産のゴルフクラブ(パーシモン製)が一世を風靡しました。さらに、世界初のメタルヘッドのドライバーが富山県産で「ツルギ」の名で知られています。その製造は平成5年で打ち切られましたが、その販売を手がけていた人たちがチタン合金製のゴルフクラブの製造販売を始め、富山ブランドのゴルフクラブとして愛好家たちの好評を博しています。いずれも10人足らずの小さなメーカーですが、全国の売上げベスト10に名を連ねるヒット商品も出ています。
 このようなスポーツ用具の開発に深くかかわっているのが富山県工業技術センター生活工学研究所です。
 いくつかの事例を紹介します。

(1) 快適な打球音のゲートボール用具の開発
 競技人口が600万人ともいわれるゲートボールは、特に高齢者の健康維持の側面から全国的に普及し、国民皆スポーツの代表とさえ言われるほどになっています。ゲートボールは、20m×25mほどのスペースがあれば競技ができることから、都市部でも盛んに行われています。その用具であるスティックも、木製の安価なものから、アルミやチタンの金属製の高級品までユーザーニーズに対応した品揃えになっています。金属製スティックは、キーンという金属特有の高音がすることから、早朝や住宅地でのプレーには敬遠されていました。そこで、県内のスティックメーカーと共同で、金属製でありながら、木製に近い打球音を発生する用具の開発に成功し、都市部でのプレーヤーに愛好されています。

(2) 人間工学を応用したスポーツ用具の開発
 近年のゴルフクラブは、ヘッド素材として比強度の優れたチタン合金を用いることでヘッドの大型化が進み、シャフトの長尺化とあわせてゴルファーの夢である「飛んで曲がらない」クラブ開発が競われています。
 生活工学研究所では、クラブ性能を客観的に評価するため、スポーツ科学試験室にスウィングロボットを導入し、ヘッドスピードや打点などの様々な条件のもとで打撃試験を行うことにより打撃特性を明らかにし、ヘッド体積や形状、重量配分など、設計の最適化を図っています。また、個人の体型や筋力に最適な用具の仕様を求めることにより、潜在的な運動能力を最大限に発揮させるため、スウィングの動作解析、グリップの圧力分布や重心軌跡計測などにより、クラブの振りやすさを人間工学的な視点から評価しています。これらの結果をもとに、より遠くに、より正確にボールを飛ばせる超大型ヘッドかつ長尺でありながら軽量のゴルフクラブを県内企業と共同開発し、商品化を実現しました。

名称もユニークな生活工学研究所
 生活工学研究所は、「衣」、「住」、「遊」に係わる産業製品・システムの開発を支援する全国で唯一の非常にユニークな研究施設です。人の感覚・知覚・生理や動作の計測、評価をとおして、人に優しい製品の研究開発に重点を置いています。
 大正6年の創設以来染織講習所、繊維工業試験場として、県内の繊維工業の支援に努めてきましたが、平成9年、移転新築と同時に「工業技術センター生活工学研究所」に改組し、繊維に限らず、インテリア、スポーツ・レジャー、健康、福祉等にその対象業種を拡大しました。
 このため、従来からの繊維関連施設に加えて、新たに人工気象室、スポーツ科学試験室、音響試験室、住環境試験室などの施設を整備しています。
 これらの施設はもとより、研究機器・試作加工用機械を、広く企業に開放することにより、地域企業の製品開発や性能評価を支援する機能をもたせています。
 このように新しい機能、分野を拡充し、革新的な施設整備により、企業の利用状況も確実に増大しています(図1)。


高付加価値商品の開発 ―生き残りを賭ける繊維産業の支援―
 生活工学研究所の基盤技術である繊維については、新分野への応用、高機能製品の開発等に取り組んでいます。しかし、近年の県内の繊維関連産業を取り巻く環境は、非常に厳しいものがあります。ここ10年の繊維関連産業(繊維工業、衣服)が県工業に占める割合の推移を見れば、次のとおりです(図2)。


 繊維関連産業が県工業に占める割合は、平成3年から平成12年にかけて、事業所数では11.6%から8.5%、従業者数では10.9%から6.9%、出荷額では5.7%から3.3%と減少しています。特に、女性の雇用の場を提供してきた繊維産業が経済のグローバル化による国境を越えた競争(メガコンペティション)に勝ち残る道は「高付加価値化」に活路を求めなければなりません。生活工学研究所が企業と共同で開発した事例を次に紹介します・

(1) 3Dテキスタイル複合材料によるエスカレータステップの開発
 県内企業の得意技術である経編(たてあみ)により、ガラス繊維を3次元の立体構造に編み、強度が必要な部分は、ガラス繊維を多く配置し、凹凸のある製品の形状にできるだけ近づけ成形する(ニアネットシェイプ)ことにより、FRP(ガラス繊維強化プラスチック)のエスカレータステップを開発しました。これまでのアルミ製に比べ、軽量でカラフルなデザインが可能なことから、来春以降の実用化が進められています。試作展示品を下図に示します。

(2) パワーアップ・スポーツウェアの開発
 水着やタイツなどのスポーツウェアでは、運動に応じて伸縮性能が要求されるため、その性能向上を目的に従来製品の生地特性(伸長回復特性)の分析とそれ踏まえた新規のスポーツタイツ用生地を開発しました。さらに、その生地特性を考慮した縫製方法を検討した結果、人のパフォーマンスを十分に発揮できるウェアが開発できました。


(2) パワーアップ・スポーツウェアの開発
 水着やタイツなどのスポーツウェアでは、運動に応じて伸縮性能が要求されるため、その性能向上を目的に従来製品の生地特性(伸長回復特性)の分析とそれ踏まえた新規のスポーツタイツ用生地を開発しました。さらに、その生地特性を考慮した縫製方法を検討した結果、人のパフォーマンスを十分に発揮できるウェアが開発できました。


独り暮らしのお年寄りを見守るシステム ―高齢化が進む富山県―
 生活工学研究所は福祉関連の研究にも取りくんでいます。
 富山県の65歳以上の老年人口割合は、全国平均をはるかに上回り、急速な高齢化が進んでいます。また、高齢者の単身世帯も増えてきており、1住宅あたりの延べ面積が全国一を誇ってはいるものの、大きな住宅に高齢者が独りで住む世帯が増えていくことになります。しかし、介護を必要とはするものの在宅で生活し続けることを望む高齢者に対して常時人手による介護サービスを行うことには限界があります。
 そこで、高齢者が何も身に付けることなく、簡単なセンサ等を住宅内に設置するだけで、離れたところでも高齢者の異常が検知でき、生活を常に見守ることが可能な生活状況確認システムを開発しました。県内外の数市町村で既に稼動し、利用者に好評を得ています。

 以上、いくつかの開発事例を紹介しましたが、この他の研究テーマの主なものは、次のとおりです。

_ 石膏系材料を用いた雑草抑制剤の開発
_ 機能性FRP床材の開発
_ 高性能合せガラスの開発
_ 非平衡揺らぎを利用した吊りベッドの開発
_ 縫製繊維裁断屑の建築資材への再利用に関する研究  
などとともに、深層水の非水産分野への応用研究も実施しています。

おわりに
 生活工学研究所は、人に優しい、環境に優しいものづくり支援を基本理念に、ISO14001の認証を県の施設として最初に取得し、自らも環境への姿勢を明らかにしてきました。引き続き施設開放、共同研究を最重点に今後とも企業が行う研究開発・商品開発のパートナーとしての使命を果たしていくことを期待しています。



平成14年5月号