再開された日韓自治体交流
(財)自治体国際化協会ソウル事務所 北野 克己


1.はじめに

 1998年10月の小渕総理(当時)と金大中大統領による日韓共同宣言−21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ−をきっかけに、これまでになく良好な状況にあるといわれた日韓両国の関係が、昨年(2001年)は日本の歴史教科書などをめぐってつまずきをみせた。

 日韓の自治体交流もその影響を避け得なかったが、しかし、交流は現在も着実に続けられている。むしろ昨年の一連の出来事は、日韓自治体交流のすそ野の広がりを再認識させるとともに、自治体やその他多くの関係者の努力によって積み重ねられた日韓交流の成果をうかがい知る機会になった。

 本稿では、最初に日韓自治体交流の現状を説明したあと、昨年の日韓自治体交流中断から再開までの動きを報告したい。


2. 日韓自治体交流の現状・韓国地方自治の沿革

 日韓の自治体交流は、1965年日韓国交正常化のあとの1968年に、山口県萩市と当時の蔚山(ウルサン)市(現在の蔚山広域市※注1)の姉妹都市提携に始まっている。その後も日韓自治体の姉妹都市提携数は増加を続け、2002年1月現在、都道府県・市町村あわせて95件※注2を数えるに至った。このうちの7割にあたる66件が、ソウルオリンピックが開催された1988年以降のここわずか10数年の間に締結されたものであることに特に注目しておきたい。なお、2002年FIFAワールドカップ日韓共催を前に、ともに開催地となっている仙台市と光州(クァンジュ)広域市が姉妹都市提携予定とのニュースも伝えられている。

※注1 韓国の自治体は、日本の都道府県に相当する広域自治団体16団体(特別市1(ソウルのみ)、広域市6、道9)と、日本の市町村に相当する基礎自治団体232団体(市74、郡89、自治区69)からなる。従って、韓国側からみた場合、日本の自治体と姉妹提携等をしている団体は248団体中95団体で、なんと全体の4割を占めていることになる。さらに広域団体に限ってみると16団体中13団体となり、その8割以上を占める。
 なお、韓国自治体の概要は、自治体国際化協会ソウル事務所ホームページを、韓国広域自治体団体のホームページ(日本語)については、文末の【参考資料1】をそれぞれ参照

※注2
 このうち友好提携など、姉妹提携の形をとっていないものが13件ある。なお、富山県は江原(カンウォン)道と1993年2月に「文化芸術・スポーツ分野における交流協力議定書」を取り交わしている。

 交流の相手方である韓国側の地方自治の沿革についても説明しておきたい。

 韓国では、大韓民国政府樹立後、1949年の地方自治法制定とともに近代的な地方自治制度が始まった。朝鮮戦争中も含め1960年までの間に3度の地方選挙が実施されている。しかし、1961年の軍事クーデターによって地方議会は解散し、大統領による首長任命が以後30余年間続いた。

 1980年代に入ってからの民主化運動の高まりのなか、1987年6月に盧泰愚民主正義党代表(のちの大統領)が、大統領の直接選挙制と地方自治の実施などを内容とするいわゆる民主化宣言を発表。その後、1991年に地方議会議員選挙が、1995年6月に首長選挙を含めた第1回の統一地方選挙が実施され、本格的な地方自治が始まっている。現在の首長は、首長民選となってから2期目にあたる。なお、今年(2002年)の6月13日には、第3回の統一地方選挙が実施される予定である。

 1988年以降に日韓の自治体交流が飛躍的に増大したことは、こうした韓国における地方自治実現の動きと切り離して考えることはできない。


3. 歴史教科書問題による日韓自治体交流の一時中断と再開まで

 2001年には日韓両国政府のあいだに様々な外交問題が発生したが、日韓の自治体交流を考えた場合には、歴史教科書をめぐっての動きが特に重要とおもわれるので以下に詳しく紹介する。

(1)一部における交流延期・中止の動き
 まず、日本の歴史教科書をめぐる主な経過は次表のとおりである。

年月日 事  項
2001. 4. 3 文部科学省が教科書検定結果を公表
2001. 5. 8 韓国政府が日本の歴史教科書に関し35ヶ所の修正を要求
2001. 7. 9 日本政府が修正要求に対する検討結果を韓国政府に通報
2001. 8.15 教科書採択終了
2001.10.15 小泉総理大臣訪韓・金大中大統領と首脳会談


 2001年6月までは日韓自治体交流事業への表立った影響はみられなかったが、翌7月は日本の歴史教科書をめぐり揺れ動いた1ヶ月となった。

 まず、2001年7月12日以後、韓国政府が日本大衆文化の追加開放中断、韓日大学生・教員の交流と政府レベルにおける教育代表団の相互訪問の取り消しなどの対抗措置を発表、7月18日には韓国国会が歴史教科書歪曲是正要求を決議した。

 同じ時期、こうした動きに呼応するように、自治体や学校の交流事業についても韓国側からの延期・中止の申し入れが急増した。韓国国内の情勢に配慮し、「このような雰囲気のなかでの交流事業の実施は適当でない。」として延期・中止したケースが目立った。また、この時期は夏休みを利用した青少年交流・スポーツ交流が数多く予定されていたため、各地における交流延期・中止の動きが大々的に報道されることとなった。

 2001年8月2日の韓国内の報道によれば2001年に予定されていた韓日地方自治体間の交流767件のうち、19%にあたる148件が延期・中止され、青少年・教員の交流も30%が保留・中止となった。

(2)交流継続・再開への動き
 その一方で、日韓交流を進めようという動きもみられた。

 韓国3大紙のひとつ中央日報は、「国家対国家としての韓国と日本の両国間の信頼関係は崩壊した。(7月9日付)」としながらも、「こうした時こそ、両国国民が顔を合わせ話し合う機会をたくさん持つことが望ましい。それこそが相互理解を深め、今回のような不幸な事態の再燃を防ぐ土台になると思われるからだ。民間レベルでの韓日交流は、すでに断ち切ろうとしても断ち切れない段階に至っているだけでなく、ワールドカップの成功のためにも重要だ。(7月13日付)」 との社説を掲載している。

 7月20日には金大中大統領が「感情的な対応や不必要な分野で(韓日)両国の関係を悪化させることは望ましくない。」と述べるとともに、8月2日には韓国政府の「日本歴史教科書歪曲対策班」が次のような見解を発表している。

1.(韓国)政府は、日本の歴史教科書歪曲問題にかかわらず、現在、韓日間で進行中である青少年交流、教員交流、地方自治体交流など一般的な人的交流は継続して推進しなければならないという立場であり、これは教科書問題の発生初期段階から一貫して維持されてきた政府の基本方針であること。
2.3 (略)
4.現在、わが国の国内の一部の自治体や学校・団体においては日本との交流の中断が相次いでいるが、これは当該団体や機関の自主的な判断によるものであり、政府とは無関係であること。

 こうした交流継続・再開への動きは早く、7月末にはすでに一部の自治体で交流が再開された。8月10日から韓国京畿道利川市ほかで開かれた「世界陶磁器EXPO」には日本の10の自治体が参加し、9月5日には九州北部3県と山口県の知事及び韓国南部の広域自治団体長が下関市に集まり、「第10回日韓海峡沿岸県市道知事交流会議」が開催された。また、10月12日から19日にかけて「日韓地域づくりリーダー交流事業」が韓国内の7地域で実施されている。

 富山県でも、7月20日開催の「第9回環日本海インターハイ親善交流大会」に江原(カンウォン)道がやむなく参加を差し控えるということがあったが、その後の「北東アジア21世紀女性会議(10月27日〜29日)」、「第1回国際友好美術交流展とやま(11月18日〜27日)」では、江原道などからの参加者を迎え交流を深めている。

【北東アジア21世紀女性会議】
北東アジア地域を対象とした国内初の女性会議
(2001.10.27〜29 富山市及び宇奈月町にて開催)


4.日韓自治体交流が果たした役割

 韓国との交流を続けたいという日本側の意志と、こんなときこそ交流が必要という韓国側の声に支えられ、わずか1ヶ月余りで自治体交流が再開されるに至った。

 以前、歴史教科書の記述が問題とされた1982年当時と比べてみてほしい。この10数年のうちに飛躍的に増大した日韓自治体交流の厚みと、毎年積み重ねてきた交流の重みとが、両国間の対話継続に少なからぬ役割を果たしたと思う。これまでの交流によって互いの国や国民を直接知る人が増え、相手を冷静に見つめる目を養ったことが、両国関係の悪化を防ぐ防波堤になったともいってよい。

 また、今回の交流中断と再開を通じ、自治体交流が日韓交流の大きな柱のひとつであること、摩擦があろうとも交流に後退はないことが共通の認識となったことは、日韓交流の将来を考えた場合にたいへん意義があると思われる。



5.21世紀の日韓パートナーシップ

 ソウルに暮らしてみて、韓国ほど日本と似ている国はないと思う。人々の顔かたちも話す言葉も(ひらがな・ハングルの文字の違いだけで)よく似ている。国情も似ている。狭い国土にたくさんの人口を抱えているが国内の天然資源は乏しく、世界の平和と安定が自国繁栄の条件である。そしてともに自由・民主主義・市場経済を基本理念としている。

 これまで日韓関係は、その距離の近さゆえ、日本対韓国といった両国が相対する図式で語られることが少なくなかった。しかし、国際社会のなかでみれば同じ課題を抱えた隣国同士であり、お互いをパートナーとして協力・協調していける分野は実に多い。

 もちろん、それには相互の理解と信頼が不可欠である。私たちは、対話と意志疎通をもっともっと拡大し重ねていかなければならない。


 
ソウルの中心にある南山(ナムサン)

【参考資料1】韓国広域自治団体のホームページ(日本語・一部団体は英文)
ソウル特別市 http://japanese.metro.seoul.kr/
釜山広域市 http://www.visit.busan.kr/jpn/
大邱広域市 http://japanese.daegu.go.kr/
仁川広域市 http://www.inpia.net/INPIA2000/JPN/jpn_index_main.html
光州広域市 http://jp.gjcity.net/
大田広域市(英文) http://www.metro.daejeon.kr/english/index.html
蔚山広域市 http://www.metro.ulsan.kr/japanese1/main/main.html
京畿道(英文) http://www.provin.kyonggi.kr/eng/index.html
江原道(英文) http://www.provin.gangwon.kr/
忠清北道(英文) http://www.provin.chungbuk.kr/engl/
忠清南道(英文) http://www.provin.chungnam.kr/english/
全羅北道 http://www.provin.jeonbuk.kr/japan/index.html
全羅南道(英文) http://www.provin.chonnam.kr:81/eng/
慶尚北道 http://www.gbtour.net/j_index.html
慶尚南道 http://www.provin.kyongnam.kr/jap/
済州道 http://210.104.87.69/n_jpn/Jeju_Main/menu/index.asp

【参考資料2】韓国新聞社の日本語ホームページ
中央日報 http://japanese.joins.com/
朝鮮日報 http://japanese.chosun.com/


平成14年2月号