特集


韓国におけるベンチャービジネス・創業支援の現状と
富山県産業との交流・連携の可能性(2)
富山国際大学地域学部地域研究交流センター研究チーム
 長尾治明 高橋哲郎 小西英行(以上、富山国際大学)
 趙佑鎮(青森公立大学)權五景(長岡大学)

1.ベンチャー支援インフラづくりに関する示唆

日本の構造改革と産・学・官連携
 
閉塞している日本の現状を打破するには「構造改革」が必要である。現在進行中の経済構造改革は「官から民」、「地方の自立」、「成果主義の徹底」を3原則として掲げている。内容的に「地方」との関わりが深いことは周知の通りである。これまでの議論のなかで「地方」との関わりで具体的になってきたことに「公共事業関係計画のあり方の見直し」、「地方歳出の見直し、地方財政計画の規模の抑制」がある。すなわち、「公共事業費の縮小」であり、「地方交付税交付金、国庫支出金の削減」である。
 経済構造改革は地域経済にも大きな変革を促している。たとえば公共事業を担う地域の土木建設業の成長に今後の地域雇用や経済波及効果は期待できなくなる。また、企業誘致により活性化しようとすれば、今後より一層激しくなるグローバル競争に勝ち残っていかなくてはならない。たとえ補助金や税制優遇策などによって、既存先端産業の企業・工場誘致に成功したとしても、他の地域(外国を含めて)からの引き抜きに備えた施策を打ち続けていかなければ、企業・工場が立地し続ける保証はない。「地方の切り捨て」ということではなく、避けることができない日本の構造改革の中で新しい時代の地域経済を創っていくための戦略は、これまで日本の地方の経済政策のなかで圧倒的な重要性を占めていた公共事業関連の土木建設業への依存でも、中央の補助金依存でも、既存企業・工場の誘致でもない。新産業創出や自前のベンチャー育成しか地方に残された選択肢はないことが明白である。ベンチャー支援インフラづくりは、各自治体の急務である。
 この点、日本と韓国の地方は類似した悩みを抱えている。韓国政府は急速に全国のテクノパーク化を進めており、各地域もベンチャー中心の産業構造に脱皮しようと躍起である。
 そこで、今回の韓国ベンチャー研究調査目的のひとつである、日本の地方圏ベンチャー支援インフラづくりに関する示唆を主に大邱テクノパークと慶北テクノパークの事例から得ることにする。ベンチャー支援インフラというと我々は、サイエンスパークのようなハードの面と政策・税制・金融・経営などのソフトの面を考える。このようなベンチャー支援インフラが地域に定着し機能するには、その土台が重要である。ベンチャー支援インフラにおける土台は「産・学・官関係の有機的結合」であろう。これがなければ、いくらハード・ソフト面での支援があろうともうまく機能はしない。ようやく始まった、「地域革新にはベンチャー創出が重要」という動きを成功に導くための第一歩は、産・学・官連携である。その点で韓国のテクノパークから学ぶべきことは多い。


2.大邱テクノパーク−新産業創出型テクノパーク−

産業技術団地(テクノパーク)支援に関する特例法
 韓国政府は、「ベンチャー産業強国」を目標に1998年から5年間、約5,200億ウォン※1という予算を投入し、地方自治体・大学と共同でテクノパーク(以降TPと記述する場合もある)を造成し、ベンチャー対象に、研究開発、教育・訓練、創業サポート、試験生産などの機能を担当し、2万社のベンチャー企業立ち上げの役割を受け持つ計画をつくった。その計画のひとつとして産業資源部は、TPをより体系的に支援するために「産業技術団地(TP)支援に関する特例法」を1998年9月に制定し、1999年4月に施行した。この法律の目的は、研究開発及びその成果の事業化と、関連する企業・大学・研究所等の人的・物的資源を一定地域に集積・連携させ、共同技術開発とその事業化及び、ベンチャー企業の創業を促進し、地方経済の活性化と国家競争力の向上に貢献することである。
 政府は、地域の技術革新の拠点としての役割を担うTPのモデル事業として、大邱、慶北、光州/全南、仁川、安山、忠南の6地域に6つのTPを指定し、これらは1998年から財団法人として運営されている 。2000年12月に釜山と浦項地域に2つのTPが追加指定され、現在10のTPがある。
※1 5,200億ウォン=約520億円(平成14年6月末 100ウォン=9.95円)

大邱テクノパークの設立目的
 大邱TP(http://www.ttp.org/ 日本語版ホームページあり)は1998年7月に産業資源部から社団法人の設立認可を受けスタートし、1998年12月に財団法人に転換し本格的な事業を始めた。(財)大邱TPの母胎は慶北大学電子電気工学部(2001年より 電子電気コンピュータ学部)である。慶北大学電子電気工学部は卒業生の数が1万2千人を超え、韓国IT産業へ数多くの優秀な人材を供給してきた。大邱地域で育った優秀な人材が大邱地域に残り、技術集約的ベンチャーを創業できるようなインセンティブと高度な知識を生かせる働き場づくりにTPは貢献している。事業予算は1998年から2002年までの5年間、中央政府250億ウォン、大邱市180億ウォン、参加大学260億ウォン及びその他の収益等により総額763億ウォンで計画されており、産・学・官が共同で参加する第3セクターの形態である。この産学官連携の仕組みつくりのキーパーソンは慶北大学電子電気工学部教授の李鍾玄前事業団長である(注:今年1月に退任されるまで事業団長(実務面トップ)として活躍された。李鍾玄教授の構想、行動力が大邱TPの迅速かつダイナミックな施策を実現させてきた。具体的には次回紹介予定である)。
 大邱TPの第一の事業目的は、頭脳集約的で高付加価値製品を生産する都市型ハイテク産業の育成を通じての大邱市の産業発展にある。言い換えると、沈滞している大邱市の地域産業を再活性化させるべく技術、人材、資本、市場と世界のネットワークを生み出す「創出の泉」の役割を担うことである。大邱テクノパークが所在する韓国嶺南地域は、韓国経済発展の中心的役割を担ってきた。馬山自由輸出地域、亀尾電子団地、浦項鉄鋼団地、尉山自動車/造船/重化学団地、昌原重工業団地、釜山軽工業、大邱繊維産業など、まさに韓国製造業の生産基地であった。しかし、今日その多くは沈滞し、不況にあえいでいる。
 大邱市は嶺南地域の各工団(工業団地)から1時間内の交通圏の中心に位置し、また嶺南地域の人材教育と文化の中心都市である。知識基盤時代を迎えた今、地域の伝統製造企業とベンチャー企業を結び付け、地域技術革新の中核機能を遂行するのが大邱テクノパークの設立目的である。そこでまず、短期的事業目標としては世界で通用するスター・ベンチャーの創出を目指している。スター・ベンチャーが牽引し、いくつかの成功事例が出てくると地域産業の構造調整は自然に進展し、域外資源も流入し、活性化するとの考えからである。

大邱テクノパークとπ(pie)Plan
 大邱広域市は人口250万、885km2の大きさの行政区域を持った大都市であり、3つの川がπ(pie)字形を描きながら流れている。琴湖江に沿って南北の交通連携が成り、落東江にそって繊維・機械の生産工団が位置している。新川に沿って都市の中心街が形成されている。大邱テクノパークが推進しているπプランは、この3つの川の形態に従い命名されたものであり3つの中心事業で成り立っている。3つの中心事業とは、ベンチャーと技術の「創出」、先端と高付加の「生産」、人材とネットワークの「流通」である。
 このπプランに沿う形で大邱TP建設事業の3大柱は、東大邱ベンチャーバレーに立地する大邱ベンチャーセンター、城西テクノポリスに立地する大邱TPベンチャー工場、大学内に立地するスタートアップ企業支援の創業保育センターであり、2006年には大部分が完成される。大邱ベンチャーセンターは大邱TPの中心として、有望ベンチャーの発掘や成長支援事業を行い、戦略的提携の斡旋、新技術・新製品のテクノマート※2等を担当する。また、延べ面積9000坪規模の大邱TPベンチャー工場には先端のモノづくり系ベンチャーを入居させる予定である。大邱地域内のスタートアップ・ベンチャーは創業保育センターでまず支援を受け、第1段階の創業期を成功的に終えると、大邱ベンチャーセンターとTP工場に入居し、第2段階の成長期における支援事業を受けて競争力のあるベンチャーとして成長するのである。現在まで約250社をインキュベートしているが、その半分程度が順調な成長であるという。大邱TPを卒業したベンチャーは早くも50社を数え、そのうち1/5ずつがそれぞれ大幅成長か、現状維持か、友好的なM&Aをされ、残り2/5は失敗したという。
※2 技術取引市場。工業所有権の売買情報、共同研究パートナー情報など情報技術関連の取引を行う。

テクノパーク財団の収益確保と自立問題
 大邱TPは初期設立段階において中央政府、地方政府及び地域大学の出資金と賃貸料、教育費、受託事業費などの財源で根を下ろし若干の公益事業を遂行することができた。これからの本格的発展段階における財団の収益確保の問題については、中長期的に自ら収益モデルをつくり、その収益で公益事業を拡大できるよう準備をしなければならないという。インキュベート施設における空間賃貸料、装備・機器使用料、サービス手数料等の部分での収益額は少ない故に、今後の収益モデルとして有望なのは、市場開拓、技術取引、コンサルティング、投資金融、教育訓練、広報企画等の事業を遂行する営利企業を運営することであり、公益性の高い事業としては、インキュベート事業、技術商業化センター、技術支援センター等の事業を遂行すべきであるとする。大邱TPが持つ無形の資源、つまり、ノウハウ、データベース、ネットワーク、パートナーシップ、信頼構築などが有形の資源より大きな価値を創出できる点に今後の収益事業を行う際に着目すべきポイントがある。


3.慶北テクノパーク−地域密着型テクノパーク−

沿革
 慶北テクノパーク(http://www.ktp.or.kr/eng/index.html)の出発は1994年に遡る。慶尚北道と嶺南大学は1994年慶山地域が韓国国内最大の学園都市という点を活用し、産学官のネットワーク構築を通じた未来型の産業を育成するために先進国のサイエンスパークを模範とした「嶺南大学校テクノパーク造成計画」を作成した。これがその後慶北テクノパークへと名称が変わる。そして、産業資源部が同計画案を採択し、国家プロジェクトとして支援、全国6つのテクノパークのひとつとなった。
 IT産業育成を最重点に掲げる他のTPとは違い、繊維、機械などの地域特化産業にフォーカスを合わせる地域密着型テクノパークである。その実績は2年連続、産業資源部テクノパーク事業で優秀評価を受け、4億ウォンの政府支援金を確保するなど、成果面で最も模範的という評価を受けている。

現状
 慶北TPは嶺南大学の広大な敷地(約100万坪)内に立地している。4万6千坪の敷地に1998年から2003年まで5ヵ年事業で推進し、その一環として2001年末に先端施設の本部棟(ホームページより写真表示可能)が完工され、これまで以上に支援体制が整えるようになる。最大の特徴は第1、2実験(試験)生産工場である。現在では他のTPでも実験生産工場を持っているところが多いが、慶北テクノパークが最初である。またTBI(Technology Business Incubator、技術創業保育事業)棟が2002年上半期に完工する予定である。入居企業が試作品を研究し生産する第一実験生産工場は、2000年に400坪の敷地に2階建ての建物として完工し、すでに繊維、機械分野の8社(18社が応募して、繊維機械4社、成型3社、その他1社が入居)が生産活動をしている。2001年には450坪に2階建ての第2実験生産工場が完工、IT分野及び製造業関連ベンチャー企業を集中育成できる土台ができている。

創業保育(incubating)事業
 慶北TPの創業保育事業は、繊維、自動車、建設業など、低迷している地域基盤産業に新たな突破口を切り開くベンチャー企業を発掘することに焦点が置かれている。同テクノパークの創業保育事業は1999年5月の事業開始以来2002年3月まで126社のベンチャー企業を立ち上げ、2002年3月現在74社のベンチャー企業が創業保育センターに入居している。ベンチャー企業の売上は、99年50億ウォン、2000年92.3億ウォン、2001年325億ウォンである。
 慶北TPの創業保育事業が成功裡に進んでいる理由のひとつに、専門家で構成された「保育ドクター制」という制度の効果がある。アイデア選定から技術指導、経営、連携資金、海外市場開拓、コンサルティングまでおこなう「先端創業保育ドクター」を企業ごとに選定し、指導している。創業企業が抱えているさまざまな問題点をOne Stop Serviceで解決する体制ができている。
 特に、同は保育事業のスタートアップが終わった育成企業群(例えば、大学の研究室創業企業または大学創業保育センター創業企業)の再保育に力点をおいている。   
 創業企業が慶北テクノパークに入居するためには厳しい審査を通らなければならないが、それでも入居をしようとする主な理由は次の三つである。
(1) テクノパークに入居していること自体が当該企業の信頼度を高める。
(2) 諸費用が他の民間機関と比べてかなり安い。
(3) 大学内にあるため、研究者との意見交換、実験機器の利用、図書館、食堂などの大学施設の利用ができる。

特性化事業
 慶北の特性化事業は、三つに大別される。
 第1に、成型技術専門研究センターである。嶺南大学の機械工学科が全国の大学評価で最優秀学科に入ったこともあり、国家事業として他の分野より優位性が確保されていることがあげられる。また、慶北テクノパークがある慶山市は大邱広域市の衛星都市であるため、大規模な工業団地が多い。工業団地内の多くの企業は小規模零細企業が多いため、高額の実験機材に対する需要が高かった。それで、地域企業にアンケートを取り、最も需要の高かった機械を慶北テクノパーク内に設置しておくことにより多くの地域企業の要望に応えているし、それ自体が他のテクノパークではあまり前例のない事業であった。業種としては、金型産業が多いため、従来の製造業中心のベンチャー企業育成が慶北テクノパークの最大の特徴とも言えよう。
 第2に、繊維機械専門研究センターである。大邱・慶北の基幹産業である繊維及び機械に対する企業のイノベーションを志向する目的で2002年12月中に竣工予定である。地上3階、地下1階規模で2004年まで115億ウォンの予算が投入され、建築費だけで25億ウォンが所要される。これにより、同研究センターは、研究棟施設と54種類の各種先端実験設備などが整備され、現在輸入に依存している(80%ほど)繊維機械分野の新技術開発及びその普及の牽引車になると期待される。さらに、現在ソウルにある韓国繊維機械協会の慶山市内への移転と韓国機械研究院及び機械産業用ソフトウェアテクノセンター等とのネットワーク体制の構築により、慶山市が繊維機械研究センターを中心に繊維機械産業の中心地として浮上すると見込まれる。
 第3は次世代インターネット研究センターである。慶北TPに参加している慶山地域の総合大学5校(嶺南大、大邱大、大邱暁星カトリック大、慶山大、慶日大)の電子工学、コンピュータ工学、情報通信工学関連学科の教授陣、大学院生が研究開発の主軸となる予定である。同センターはまだ計画段階であり、具体化していない。

4.若干のまとめと次回予告

 今回取り上げた韓国のテクノパークはそれぞれ特徴ある産業振興を行っている。大邱TPはITベンチャー企業を中心に新産業創出に意欲的にチャレンジしている。一方、慶北TPは地域に密着し、繊維、機械など地場産業の高度化(IT技術の利用など)に力を注いでいる。両TPとの交流は地域革新のため、そしてベンチャー振興を行う上で富山県産業に様々なインパクトを与える可能性を持っている。
 また、両TPとも「学」がコーディネート機能を発揮し、産学官連携を成功に導いている。その迅速な行動力、調整力にわれわれチーム一同大いに刺激を受けた。
 次回は韓国との交流事業における具体的推進項目と交流事業を考える上で注意考慮すべき課題及び交流の意義を述べたい。

文責:富山国際大学 地域学部助教授 高橋 哲郎(takahasi@tuins.ac.jp

とやま経済月報
平成14年8月号