IT革命とはなにか
−IT革命の動向と行政−
(財)北陸経済研究所  情報開発部長 向井文雄

 IT(情報技術)革命が世情を騒がしている。なぜ、「革命」といわれるほど大きな変化が起きつつあるのか。IT革命に関わる書籍、雑誌の解説は数え切れないほどである。しかし、その多くは、IT革命の技術的な可能性、起きている現象や事例の説明に終始している。
  いかにも最先端の用語を使い、先端の事例が目に触れるが、それを読む多くの人々は、なぜIT革命が起きているのか本質的なところがわかりにくい。ただ、世の中の受け入れざるを得ない流れとして認識するだけである。しかし、なぜIT革命が起こっているかがわからなければ、これからどうなっていくかも予測できないし、どのように対応すべきなのかもわからない。

  ここでは、まずIT革命が成立している条件を
コストの視点から俯瞰することによって、ITの変化の方向を考え、ついで、それを基にして、ITが地方公共団体の活動にどのような影響を及ぼしていくかについて考えたい 。

【概要と目次】

1. IT革命はなぜ起こっているのか
 ここでは、多くのIT革命の説明や解説に欠けている(不足している)視点である「コスト」をとらえてIT革命進行のメカニズムを等身大で理解しようとする。

2. 情報化とは何か
 ここでは、IT(情報技術)が、どのように事業、業務、伝言などに役立つのかをとらえて、IT革命を促進しているもう一つのメカニズムを明らかにする。

3. IT革命が国・地方公共団体に及ぼす影響
 ここでは、1. 2.を踏まえて、IT革命の中で地方公共団体が果たすべき役割とその対応のあり方についてふれる。



1. IT革命はなぜ起こっているのか

1 「IT革命」の理解には「コスト」の視点が不可欠である

■20年前のスーパーコンピューターと今のパソコンの性能は同じである


 では、IT革命はなぜ起こっているのかである。IT革命の解説に多くの人がしっくりこない理由は、それらが、ITの技術的な可能性、ITでできることの解説が中心であるためである。例をあげて考えてみよう。1976年に発売されたスーパーコンピューター「CRAY1」の演算速度は0.08GFLOPS(注1)だった。一方、今日の高性能パソコンの性能は1〜数GFLOPSに達している。これは、24年前のCRAY1の十倍以上であり、1990年前後のスーパコンピューターと同水準である。ランクを普及機に落としても、さまざまな条件を単純化して言えば、今の普及型のパソコンでも、二十年ほど前のスーパーコンピューターと同等の能力がある

■今の情報機器ができることは、20年前の機器でも可能だったことになる

 
これを逆に見れば、今の情報機器がやれることは、(コストさえ考えなければ)物理的には二十年ほど前に実現できたということである(もちろん、実際には様々な条件の違いがあるので、これは多少乱暴である。)。つまり、技術的な能力の視点だけでは、ITが、なぜ今革命を起こしつつある(かもしれない)のかということは説明できない(だが、多くのIT革命関連の書籍の説明の多くは、技術的な能力や可能性の説明に偏っている)。

今のIT革命の説明に足りないのは「コスト」の視点である

 では、理解に足りないのは何だろうか。それは、「コスト」の視点である。たとえば、二十年ほど前のスーパーコンピューターと今のパソコンが同じ能力があるとして、その違いは何かと言えば、それは、コストの差なのある。

コストの差が、利用可能な業務や仕事の範囲を決定する

 二十年ほど前に数十億円したスーパーコンピュータを何らかの仕事に使う場合、それを使ってペイする仕事は日本中できわめて限られたものしかなかったし、今でも少ない。数十億円の設備でワープロソフトを使って文書を作成する意味はない。だが、それが1万分の1の数十万円の機器であればどうだろうか。つまり、情報機器が1万分の1の価格になったことによって、それが使える仕事は、少なくとも1万倍か、その2乗倍くらいになったのである。

コスト低下により社会の隅々の仕事で情報機器の利用が可能になった

 
そういうコストの低下により、あらゆる細々とした仕事に情報機器を使ってもコスト的に見合うようになったのであり、それによって、様々な分野に広範にかつ急速に情報機器が普及したのである。

一つ一つは小さいが膨大な数の仕事が情報化されたことによってそれを結びつけるネットワークの価値が急速に増大した

 そして、そのことによって様々な仕事が情報化されたことにより、それらの仕事をネットワークで結びつける価値も高まり、急速なネットワーク化が進んでいるのである。ネットワークの価値は、そのユーザーの数の二乗に比例して増大する(メトカーフの法則)とも言われるが、価値の増大とともに、価値が価値を生むことによって急速に情報化とネットワーク化が進み、社会の隅々までその影響が及びつつある
  一般に、様々な製品の普及は、それ自体の魅力に加えて、利用者にとってのコストが普及のスピードを決定すると考えられるが、IT分野では、その取得や利用のコストが急速に低下したことで、情報通信機器やネットワークの急速な普及が進み、そのことが、社会・経済活動の条件を変えつつある。それがIT革命なのである。

スーパーコンピューターの価格が1万分の1に低下したと考えると経済への影響がわかりやすい

 もちろん、スーパーコンピューターとパソコンは独自に発展してきたのであるが、スーパーコンピューターの価格が、1万分の1から数千分の1に低下したと考える方が、ITの経済への影響を考える際にはわかりやすい。
  そして、20年ほど前、世界中にスーパーコンピューターは100台前後しかなく、そのほとんどはコストを気にしない政府機関が使っていたが、今、パソコンは、世界中で数億台がコストを気にする企業や個人に使われているのである。

【補足1】なぜ急速なコストの低下が起きたか

 では、この情報機器の急速な普及の原因となったコストの低下は、どのようにして起こったのだろうか。

□半導体集積回路の急速な価格低下 ―30年で百万分の1に―

 その第一は、ムーアの法則に表される半導体技術の急速な進歩である。インテル社の創設者の一人ゴードン・ムーアは、1960年代半ばに、半導体集積回路の性能は、ほとんど価格が変わらないまま約1年半で2倍に向上するという規則性を見いだした。それ以後、この法則は30年以上にわたって、おおむね実証され続けてきている。1年半で2倍になる(同じ性能で比較すれば価格が2分の1になる)という計算を単純に30年分行うと、30年間で価格は約100万分の1になることがわかる。
  この結果、半導体集積回路を主要部品とする情報機器は、同じ性能で比較すると、加速度的に価格を低下させてきた。

□そのほかハードディスクや光ファイバー等のコスト低下

 第二には、情報を記憶、保存するハードディスクの容量も、近年、価格が変わらないまま、概ね1年ごとに2倍になるというペースで大きくなっている(つまり同じ容量で価格は毎年半分になる)。
  第三に、通信回線に係わる光ファイバーの利用コストも急速に低下してきている。インターネットのトラヒックは毎年2倍以上増加し、インターネットのバックボーン回線は1年で2〜4倍に増加している、あるいは光ファイバーの帯域幅は6か月で2倍のペースで拡大している(ギルダーの法則)などの傾向が知られている。これも、通信分野で、単位あたりのコストが急速に低下しつつあることを意味する。

【補足2】 インターネットとは何か

(1) 「ネットワークのネットワーク」であり、利用コストが低い
 IT革命の中心を占めるインターネットとは、「ネットワークのネットワーク」を意味する。それは既存のネットワークを相互に接続するものであり、接続に必要なコストは、元のネットワークシステムを作るコストよりもかなり小さいし、専用ネットワークに比べれば遙かにコストの負担が小さい。

注)ここでいう「元のネットワークシステムを作るコスト」とは、純粋なネットワークだけを作るコストを意味していない。既存の元のネットワークを構成しているパソコンの導入費用や、ワープロや表計算ソフトなどその利用のための様々なソフトを購入し、それらをネットワークで接続し、利用者に研修を行うなどのコストすべてを含んでいる。
 インターネットに接続するかどうかを判断する意志決定権者は、既存のネットワークシステムへの投資額全体と、新たな接続によるコストとその効果とを比較するだろう。新たなコストが既存のネットワークシステムのコストに比べて小さければ小さいほど(逆に既存のネットワークが大きいほど)、わずかなコストの追加でインターネットへの接続効果は多数の利用者に広く行き渡ると予想されるから、インターネットへの接続の意志決定は容易に行えることになるだろう。

 この低コストである点は、後に述べるが本質的な重要性をもっている。

(2) インターネットの歴史と低コスト性
 インターネットは、1969年に米国国防総省高等研究計画局(ARPA)が、核攻撃に耐えるコンピュータシステム研究のために資金を提供したARPANETから発展したものである。その後、長らく大学などの研究機関のネットワークとして発展してきたが、1990年頃に商業利用が認められ、同じ頃に現在のホームページ形式の文書規格(HTML)が設定されて、1993年には、それを参照するためのソフトウエアMOSAIC(現在のネットスケープ・コミュニケーターやインターネット・エクスプローラーなどの原型となった)が開発された。このHTMLやMOSAICなどの開発は研究者や技術者が片手間で行い無償で提供された。このような低コスト性を背景に、その利用が爆発的に進んできたのである。

(3) 専用ネットワークとインターネットの比較
      ―コストとセキュリティ―
 IT革命は、(1)インターネット、(2)専用ネットワーク、(3)コンピュータ技術の発展等を基盤とする。このうち、インターネットと専用ネットワークは相互に密接な関係があるため明確に分離することは困難な面もあるが、IT革命の動向を考えるには、その特性を分けて把握すると理解しやすい。
  このうち専用ネットワークは、EDI(電子データ交換)など、特定目的のために特定の相手方と結ぶために専用機器と専用通信網を使うものである。この結果、表1のように、その特定目的と特定の利用者だけで設備コストや運用コストをすべて負担しなければならないことから、利用者から見たコストは相対的に高くなるが、相手方を限定していることもあって、セキュリティは高い。
  一方、インターネットは、既にインターネットに接続済みの「隣のネットワーク」に接続する回線使用料を負担するだけで世界中と接続される。また、利用者の制限はなく、利用の目的も制限がない。したがって、それらの多数の目的と利用者が広く薄くコストを分担することになる。この結果、利用者一人一人にとって、あるいは個々の利用目的ごとにみた通信のためのコストは相対的に非常に安く、誰とでも通信可能である。しかし、誰にでも開放されている結果としてセキュリティに問題を抱えている。
  注)現在も常に、セキュリティの強化に努力が払われている。

表1 専用ネットワークとインターネットの特性比較
  コスト 相手方 セキュリティ 備考
専用ネットワーク 限定 高い  
インターネット 開放 低い セキュリティは強化

  つまり、情報通信機器やシステムを低コストで利用できることが、細かなささやかな仕事あるいは私的な文書や伝言などへの情報機器やインターネットの利用を可能にし、その結果、社会の様々な分野で、情報機器やインターネットが利用できるようになってきた。そして、それがそれらの情報を持っている情報機器同士をネットワーク=インターネット=で接続する価値をますます高めている。



2. 情報化とは何か
   =人間活動のうちの情報処理活動のコストはどこで発生しているか=

 上記の1.では、IT革命のスピードを制約する要因である「コスト」について考えた。IT革命の過程とは、情報技術関連コストの急激な低下によって、情報技術の様々な業務への適用上の制約が急速に解消される過程でもあった。その結果、急速に情報技術が社会の隅々まで普及しつつあるのである。
  そこで、この2.では、IT革命のもう一つの要因、情報技術そのものがさまざまな業務(ひとまとまりの事業から単なる伝言まで、広い意味で何らかの目的をもって行われる活動すべてを含む)に対して行えること(効率化など)の主要なものを考えることにしたい。

1 組織活動の中の情報活動とは何か

■人間が他の動物と異なる点は情報に係わる活動部分にある

 人の様々な活動の中で、情報を取り扱う活動が大きな部分を占めている。この結果、情報処理の効率化が、人間活動の効率化に及ぼす影響はきわめて大きい。

■人間の組織的な活動の中で情報の役割はきわめて大きい

 経済活動などの様々な分野で効率的な活動を行うために、人間は協力し合う様々なシステムを作っている。人間が個人で行うには大きすぎる活動を行う場合には、個人がそれぞれその一部分を分担し協力しながら活動していくことになる。そのシステムが、企業や地方公共団体、政府などの組織(制度)であり、協議会等であり、さらに広げて考えれば例えば市場である。それらを整合的に動かすために、情報の処理やりとりは、不可欠の、きわめて大きな役割を果たしている。

2 情報化の効果はどこにあるのか

■情報活動の中で削減可能なコストの大半は「つなぎ目」部分にある

 人間が協力して活動を行っていく際のもっとも大きな問題は、個々の活動を合目的的に調整することによって効率的に行うことである。そのために、情報のやりとり、情報交換の必要が生じる。それをいかに効率的に行うかが、「組織づくり」の中心的課題である。

 組織は「責任と権限の体系」であると言われるが、優れた権限配分の体系を作るということは、権限間の優れた調整のシステムを作るということと同義であり、それは、まさに効率的な情報の流れを作ることと同義である。

  では、効率的な情報の流れを阻害している部分はどこにあるのだろうか。組織や人と人の間には、様々なつなぎ目がある。組織だけでなく、個々の仕事や事業の間にもつなぎ目がある。

●つなぎ目=壁
・・・・・次の間などにある。
ア 組織と組織(企業と企業、企業と行政機関、部と部、課と課など)
イ 業務と業務
ウ 人と人
エ 情報システムと情報システム
オ 書式と別の書式
カ 過去の書類と今作成している書類、収受した書類とそれに対する起案文書

■つなぎ目には「転記コスト」と「移動コスト」が必要になる

 つなぎ目には、翻訳や解釈、意味の変換や調整、加工や転記などの様々な情報処理コストが必要である。また、それらの情報を運ぶ(輸送あるいは面談のための移動)コストなど様々なコストが必要になる。そのうちでもっとも大きく、かつ効率化の可能性が高いのが「転記コスト」と「移動コスト」である。
  ここでは、情報通信ネットワークの構築が「移動コスト」の低下につながることは直感的に理解できるので、「転記コスト」を中心に情報化の意味を考える。

■「情報化」の効果の大半は転記コストの削減にある

 情報処理の専門家に聞いても、情報化の効果がどこから生ずるのかわからないことが多い。彼らは、具体的な業務ごとに考えることが多いからである。

  しかし、実は、人間の活動に関わる情報化の効果の大半は、転記コストを削減することにあると考えると理解しやすい。実際、コンピューターは電子計算機と訳されているが、事務系の仕事に関して言えば、コンピューターのソフトウエアが行っていることの大半は、様々な目的に応じて、情報を並べ替えたり、抽出したり、マッチングした結果を整理したり、様々な用途に必要な様々な形のレイアウトに印刷したり、画面に表示したり、あるいは決められた様式に変換して別のコンピュータに送ったりであり、それは簡単に言えば、転記作業なのである。
 なお、ここで言う「転記コスト」は、実際に転記にかかった目に見える人件費等だけでなく、転記に要する時間の間、結果を待つ時間にかかわる機会費用、あるいはコストと時間がかかりすぎてそれを利用できなかったための損失などのコストを含む。

  いずれにせよ、すでに多くの分野で「計算」に関する仕事はほとんど情報化が終わっているということもある。このため、今後の情報化の効果がどの分野にあるかと言えば、多くの場合、それは、様々なつなぎ目の間の情報の転記コストの削減にあるということができる。
 そういう視点(評価の基準)で今後の情報化を考えるとわかりやすい。

【補足】情報化によってなぜ転記が容易になるのか
   =デジタルデータの複写と加工の容易性=

 情報化によって転記が容易になる理由は、デジタルデータの複写の容易性にある。デジタルデータは、コンピュータ上で内容をまったく劣化させることなく、必要な部分だけをきちんと切り出して、複写、転記することができる。そして、それを加工することも容易である。

3 様々な分野で急速に進む転記コスト削減≒IT革命

 具体的な転記コスト削減対策にはどのようなものがあるかを考えると、下記のような見慣れたものになる。このような見慣れた情報化関連の対策とは、基本的に「転記コスト」の削減を目指すものなのである。
 つまり、情報通信機器やネットワークコストの急速な低下によって、今急速に、様々な分野の転記コストの削減対策が同時に進行しているのである。それらが、さらに<3>などで結びつくことによって、効果が効果を生み、IT革命が進行している。(もちろん、このほか情報化の「移動コスト」への効果もある。)

<1> 新たな情報システムの構築
   手書きで行っていた転記作業をコンピューターなどで行う。
<2> 複数の既存情報システムを統合した統合情報システムの構築
   別々の既存情報システムを一つに統合する。それにより、異なった既存情報システム間をつなぐために必要だった人手による転記作業を解消する。あるいは、別々の情報システムの結果を組み合わせて利用するためには、従来人手による転記作業コストが必要だったが、それが大きすぎて断念していた情報利用を、新たな統合化によって可能にする。
<3> 情報通信ネットワークの構築
   部門と部門、企業と企業、組織と組織、人と人などの間を結び情報の壁を低くする。
<4> 電子文書のままの処理
   デジタル化された電子文書のままやりとりできると、デジタルデータが複写が容易であることを生かして、受け取った側が、それを複写・転記し、再加工することが容易になる(電子文書が正本にならないと効率化できないということでもある)。

【参考】ITの変化の方向
 IT(情報技術)の将来動向を予測することは難しいが、IT関連技術のコストの動向などを踏まえると、現在のところ、おおむね次のような方向にあると考えられる。IT化にあたっては、このようなIT環境の変化を踏まえて対応を考えていく必要がある。
 (1) 情報機器(及びソフト)の価格低下と普及がさらに進行する。
 (2) 通信環境・インターネットの広帯域化がはじまる。
 (3) ネットワークはインターネットに収斂(しゅうれん)してゆく。
 (4) ネットワーク技術もインターネット技術に収斂してゆく。
 (5) 人間とのインターフェイス技術はウエブブラウザに収斂してゆく。



3. IT革命が国・地方公共団体に及ぼす影響

 上記の1.と2.では、IT(情報技術)が、コストの低下によって急速に人の社会的活動のうちの情報処理にかかわる部分に影響を与えつつあること、また、技術的にITが人間の組織活動のどの部分に影響を及ぼすのかについて考えてきた。これらを踏まえて、この3.では、IT革命が国や地方公共団体に及ぼす影響を考える。

1 IT革命の進行と国・地方公共団体

■IT化が、ある水準を超えると何が起こるのか

 情報機器やネットワークのコストが低下したために、様々な細かな仕事にそれらが使われるようになりつつある。情報機器やネットワークの普及が進んで、普及率がある水準の閾値(いきち)を超えると、(かってファクシミリでそうであったように)民間であれば、情報機器やネットワークを使わない事業者は、仕事や取り引きの効率を下げる事業者として相手にされなくなる。
 民間では、情報機器やネットワークを使うかどうかは事業者や個人それぞれの自己責任に基づく選択である。しかし、民間事業者から見ると行政はパスできない相手方である。

なぜ電子政府・電子自治体が求められるのか

 電子政府や電子自治体の形成の意義は、基本的には、「民間の足を引っ張るな」or「パイオニア的役割」ということにつきる。民間の先進的な企業にとっては、行政の活動が企業活動の制約や妨げになり、国際競争上の競争力維持の障害にならないように、つまり「足を引っ張るな」ということであり、一方で、情報化の進んでいない小規模企業などに対しては、新たなIT経済下の環境に適応していくための先導的な役割を行政が果たし、情報化の誘導を図っていくというパイオニア的な役割である。その理由はつぎのとおりである。

● 行政は孤立して存在していない

 民間企業や住民が情報化やネットワーク化によって活動を効率化しようとしても、その活動の多くには行政機関との情報のやりとりが含まれているから、行政機関との「つなぎ目」が情報化・効率化されていなければ、民間の効率化が制限される。その部分の膨大な社会経済コストが社会の効率を落とすことになる。

● 民間における情報化の進行

 中でも成長分野の企業、優れた企業ほど情報化のスピードが速い。それらの企業は、行政の情報化を必要とする。したがって、そういう目で、国、地方公共団体を評価するようになる。その結果、国、地域の行政サービスの情報化レベルが企業の立地選定を左右することになる。しかも、成長分野の企業ほど、優良企業ほど、それを重視することになる。また、将来は国民の居住地選定も左右することになるかもしれない。

● 行政サービスに対する負担感の存在

 行政にかかわる手続きのための窓口への出頭(窓口で必要な時間、窓口の場所までの移動の時間とコストがかかる)、多量の文書や資料の作成提出、行政の都合による手続きの形式の固定や煩雑さ、窓口の開設時間の限定等々による多大の負担感の存在がある。国においては、このような問題意識に基づいて、次のように対応が図られてきている。
cf.(行政が係わる国民負担の解消に関する国の対応の流れ)
平成 8年9月 「電子化に対応した申請・届出等手続きの見直し指針」行政情報システム各省庁連絡会議決定
平成 9年2月 「申請負担軽減対策」閣議決定
平成10年7月 「電子計算機を利用して作成する国税関係帳簿の保存方法等の特例に関する法律」(電子帳簿保存法)施行

■電子政府、電子自治体形成の効果はどこにあるか

 上述のように、ITによる「情報化」の効果の大半は転記コストの削減にある。これは、当然、政府や地方公共団体においてもかわらない。すなわち、転記コストを削減する視点(評価の基準)で電子政府や電子自治体の具体化を考えていけばよい。

● 転記コスト削減対策の例

以下の中では、主に(3)と(4)が今後の電子政府、電子自治体の課題であると考えられる。
  (1) 新たな情報システムの構築
  (2) 複数の既存情報システムを統合した統合情報システムの構築
  (3) 情報通信ネットワークの構築
  (4) 電子文書のままの処理(→電子文書が正本にならないと効率化できない)

■「電子政府・自治体」化の方向を「つなぎ目」解消の視点から見る

 政府、地方公共団体の情報化に期待される効果を、(1)行政サービスの向上、(2)事務の効率化、(3)行政の政策立案能力の向上の3つに分けて考えてみよう。
 情報化による「つなぎ目」の転記コストの削減効果は、(1)「行政サービスの向上」では行政と外部のつなぎ目の関係にかかるものであり、(2)「事務の効率化」は行政内部の組織間のつなぎ目の関係にかかるものである。そして、いずれも、その「つなぎ目」の負担(転記コスト)を小さくすることによって情報化の効果が具体化される。つまり、違いは、行政組織から見て、外との関係か、内部組織間等の関係かの違いがあるにすぎない。

表2 情報化の効果の分類
情報化の効果の分類 概           要
 (1) 行政サービスの向上  政府・地方公共団体と住民・企業間の情報のつなぎ目の壁を小さくすること
 (2) 事務の効率化      政府機関・地方公共団体の課と課、業務と業務、昔の文書と今の文書のつなぎ目等の壁を小さくすること
 (3)(政策立案能力の向上)  上記(2)の行政の効率化によって、政策立案が容易になり、政策の水準が上がるということもありうる。

●参考例:電子申請
 住民や企業からの申請等の手続きの流れを例に考えれば、次の順に、(行政側のコストと住民企業側のコストを合計した)全体コストが低下する(なお、(1)でも、窓口への移動や輸送コストは低下する)。
 なぜなら、1.では、受け取った行政側が、業務統計の作成など様々な目的で申請の内容を整理する必要があるときに、手書きで記入された部分の内容を手書きあるいはパソコンに入力し直す形で転記する必要があるが、3.では、電子データのまま容易にデータベースソフトや表計算ソフトに複写整理できるからである。
 一方で、2、3では本人確認などの問題があるが、それについては、対応が進められつつある。
1. ホームページにPDF(注2)で書式登録
  住民などはそれをダウンロードして紙に印刷し、手書き記入し郵送
2. ホームページにワープロソフトで作成した書式を登録
  住民などは、それをダウンロードし同種のワープロソフトを持っていれば、そのワープロソフトに読みこんで直接記入し、メールの添付ファイルとして送信
3. ホームページ上にCGI(注3)で書式を表示
  住民などは、その書式中の必要な欄に直接記入

■文書の電子データ化は「文書管理革命」を引き起こす

 文書が電子データ(デジタルデータ)として作成、交換、管理されることによって、次のような大きな変化が生じる。このような変化を、少し大げさとも思えるが、「文書管理革命」と呼んでもよいのではないかと考える。

1. 複写の容易性  ⇒ 再利用の容易性

  電子的に受け取り又は「保存」されていた文書の中から「検索」で必要な個所を探し、必要範囲を電子的に「複写」し貼り付けて新しい文書を作成する。
2. 保存の容易性  ⇒ 「保存年限」の定めが不要になる
  主にハードディスクの性能向上が保存の上限を解消してゆく。
3. 検索の容易性  ⇒ 中長期的に「分類」の意義が低下してゆく
  検索の高速化が大量文書の全文検索の実用性を向上させてゆく。

■電子政府・電子自治体の形成に向けて

 当然ながら、単に、既存業務をコンピュータ処理化するだけで電子政府や電子自治体が形成されるのではない。不用意なコンピュータ化は、かえって仕事の効率や住民の利便性を落とす可能性がないわけではない。
 また、社会や地域の活性化、産業の振興を考えるには、今やITの影響を無視することができない時代になりつつある。ITがどのような方向に進み、どのような影響を与えうるのかを理解し、それを住民サービスや地域産業の振興などの政策に活かしていく必要がある。
 以下に、情報技術(IT)の利用の効果をいくつか示し参考に供したい。これらの効果をうまく生かせるように電子政府・電子自治体づくりを考える必要がある。

(1) 電子データのままの交換・保存・利用が可能になる・・・・「転記コスト」削減
 電子データのまま交換・保存・利用ができれば、データの再利用・加工が容易になり、転記に必要なコストが削減され、事務の効率が向上する。
 電話、手紙、紙文書、ファクシミリなどの手段は、単に距離を短縮したり、時間を短縮する効果を持つにすぎない。これらの手段で受け取った内容を業務に生かすには、再度手で書くか、パソコンに入力し直さなければならない。その意味で、電子データのままの文書や資料・データの交換は、これらの手段と本質的な違いがあるのである。
 印刷された文書だけを配布すること、紙の文書しか受け付けないことは、情報の壁・つなぎ目をつくることであり、その周辺にさまざまな社会的、経済的なコストを発生させていることを認識する必要がある。

(2) より対面に近い濃密な情報交換が可能になる・・・・「移動コスト」
 ITの活用により、急速に大容量の情報のやりとりが可能になりつつある。この結果、遠隔地間で、より対面に近い濃密な情報交換が可能になる。特に、これから始まる通信回線の広帯域化は、これを本格的に促進することになるだろう。
 そして、それは、産業の立地や企業の組織構造、労働者の就業のあり方に大きな影響を与えていくことになる。優れた情報通信環境を持つ地域、あるいは行政の情報化によって効率的な行政手続きなどのサービスを提供できる地域は、産業の育成や企業の誘致で優位を持つことになるだろう。

(3) 情報の配布・到達範囲の制約の解消が可能になる・・・・「移動コスト」
 例えば、大部の紙の資料を大量にコピーして様々なレベルの人々や職員に配布することは、作業コストがかかりすぎたり、その資料を本当に生かせる人々や職員とそうでない職員を振り分けるコスト、また多数の人々に送付するコストがかかりすぎることなどが多い。
 この結果、例えば、一定の幹部職員あるいは組織を選んで配布するということが通常行われている。中間管理職や都道府県の役割の一つはこれである。例えば、市町村に役立つ資料であっても、都道府県に数部ずつ送るというようなことである。
この結果、実際には、その資料があれば、事務をより適切に執行できたかもしれない職員や組織が、その資料の存在すら知らないと言う事態が日常的に存在することになる。
 しかし、そのような資料をウエブサイト(ホームページ)に登録すれば、必要な職員や組織は、誰でも、その資料を得ることができる。実際、国や日銀等の資料がウエブサイトで発表されるようになった結果、それらの資料を得ることだけに関して言えば、本社や事務所を東京に置くべき理由は、(この意味では)低下しつつあるといえる。
 そして、これだけのことで、必要な人に必要な情報が行き渡ることになり、それに関連する業務の判断や処理の誤りが減少する。つまり、それが組織内に配布すべき情報であれば組織の効率を高め、国全体のことであれば社会経済全体の効率を高める方向に働くのである。

(4) 情報伝達時間の短縮、その他が可能になる
 ITの活用により、情報を伝達する時間が短縮される。これは電話やファクシミリと同じ効果である。また、即時性よりもむしろ時間差を利用できる特性の利用、あるいは携帯電話やいわゆるモバイルパソコンなどの利用にも絡むが、時間と場所を選ばない情報のやりとりの効果の利用も考えられる。そのほかにも、従来の情報化のイメージである、計算作業などをコンピューター化することによって事務の効率化などが図られることなどがある。

■おわりに

 「IT革命」は、以上のような、情報技術(IT)の急速な普及が、低コストで人間の情報活動の様々な壁を低下させ―つまりコストを低下させ―、社会や組織あるいは個人の活動を急速に変化させている現状を言い表している。そのような急速な変化を積極的に活かしていけるかどうかが企業の成否を握るように、各国や各地方公共団体のIT化への対応も、国や地域の中長期的な発展あるいは活性化に大きな影響を与える可能性がある。

●その他の考慮すべき課題
 その他の考慮すべき課題としては、まず、インターネット等のセキュリティの問題がある。これについては、現在も努力が続けられている。また、ディジタル・デバイドの問題もある。さらに、IT革命が組織に与える影響の問題もある。情報の流れをコントロールすることが組織の重要な役割となっている以上、情報の取り扱い方が変われば組織の形態も変わらざるを得ない。例えば、一般に、ITの導入によって、より現場に近い部分に情報と権限を与える方が組織の効率が高まることが知られている。新しい情報処理の条件は新しい組織を必要とするともいえる。
 文書管理の問題に関して言えば、規格の統一の問題などに絡んでXML(注4)などの動きに注目する必要がある。
 また、ITの効果を産業立地の側面から考えることも可能である。これらについては、ここでは簡単にふれるにとどめ、主要なテーマとしては取り扱わなかった。
 なお、ITが商取引産業構造に与える影響については、次(いずれも向井)でふれている。

1.「IT革命と地域経済(2)  IT革命産業論(基礎編)」雑誌『北陸経済研究』2000年5月号
http://www.nsknet.or.jp/~fmukai/ronbunn/IT2kiso.htm
2.「IT革命と地域経済(3) IT革命産業論(応用編)」雑誌『北陸経済研究』2000年6月号
http://www.nsknet.or.jp/~fmukai/ronbunn/IT3ouyou.htm


1)GFLOPS(ギガフロップス):コンピューターの性能を図る測定単位。浮動小数点演算を毎秒1回できる速度が1FLOPS。同じく浮動小数点演算を毎秒10億回実行できる速度が1GFLOPS。

2)PDF(Portable Document Format):特定の機種や使用フォントに依存せずに文書を製作者のデザイン通り表示するために開発された文書ファイル形式。多様な機種間での文書のやり取りが増大したことにより、インターネット上ではこの形式で文書を公開するケースが増えている。これを作成するソフトウエアは有償であるが、読むソフトウエア(アドビ・アクロバット・リーダー)は無償で提供されている。

3)CGI(Common Gateway Interface):WWWサーバーから外部プログラムを呼び出すインターフェースのことで、対話型のWWWページを作成する場合に使用する。ホームページで書式の枠の中に利用者が直接何か(例えば何かを申し込む場合の住所氏名など)を記入するようになっているページにはこれが使われている。

4)XML(拡張マークアップ言語 eXtensible Markup Language):広い意味でSGML(Standard Generalized Markup Language)の系列に連なる。SGMLは、1967年に文章情報の多角的利用と異機種間の情報交換を目的に、文章と体裁情報を分離することが提唱されたもので、1986年に国際標準化機構の規約となり、1993年にJISに採用されており、文書の管理・検索利用などに優れた特性を持つ。ホームページを作成するために使われているHTML(Hyper Text Markup Language)も、この考え方の一部を簡略化した形で受け継いでいる。XMLは、SGMLが複雑で作成が難しい点をSGMLと互換性を保ちながら改善し、かつウエブ(ホームページ)の作成にも直接利用できるようにした言語。