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郷土を拓き,耕してきた偉人さん

最終更新日:2005年4月1日

農民の父と慕われた 森丘 正唯 さん

農民の父と慕われた  森丘正唯(もりおか まさただ 黒部市 1880年(明治13)−1967年(昭和42)

森丘正唯の写真「われ農村に生まれ、農村に育ち農村のために一生を捧げて死ぬのだ。」

 これは、昭和42年9月10日に87歳の生涯を閉じた森丘正唯がいった言葉です。

 正唯は、幼少のころから土をいじり、土の香をかいで成長したのです。大布施(いまの黒部市内)の村長をしながら、村の品評会には自ら栽培した作物を出品しました。田畑の干ばつにあっては、自らバケツをもって井戸から水を汲み上げて田畑に運びます。村の畑を廻ってきゅうりにボルドー液をかけて歩く村長に村人は「青い薬は気味が悪いが森丘村長がすることだから。」と何も言いいませんでした。そして長い梅雨があがってもきゅうりは枯れませんでした。

 このようにして大布施村が野菜作りの県下一となりました。 正唯は大布施のことだけでなく、地域社会の発展のためには、農村に親しみ、農村を愛する人々の育成こそ、農村振興の要諦(ようてい)であると、明治43年(1910年)に三日市に下新川郡立農学校の創立を建言し、その建設・運営に壮年時代を捧げました。その学校の卒業生たちは村では合理的な農業経営にいそしんだので地域社会は繁栄の道をたどるようになりました。

 「農民の幸福のためなら、自分はどうなってもかまわない。」という、農民への奉仕の精神が、そうさせたのです。

 正唯は、昭和31年(1956年)には、土地改良事業など食糧増産功労者として、藍綬褒章を受け、さらに、昭和39年(1964年)には生存者叙勲があり勲四等瑞宝章を受けました。

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農林水産部 農村整備課 電話:076-444-3375  [ お問い合わせフォーム
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