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沿革

最終更新日:2014年9月3日

明治33年 3月  感化法の制定
明治42年 4月  感化法施行に伴い、柴谷龍寛氏が経営する深敬保育園
          が感化院代用に指定。柴谷氏は上新川郡奥田村に敷
          地 1,274坪を求め、寮舎127坪を新築、学藍
          として就任し、「樹徳学園」と命名。当時の収容定員
          は15名。
大正 5年 4月  同施設が県に移管され、「県立樹徳学園」と改称。
昭和 8年 5月  現住所(富山市針日)に新築移転。
          敷地約9,000坪、本館建物延219坪(2階 
          建)、その他雨天体操場、寮舎3棟。収容定員30名
          となる。
昭和 9年10月  少年教護法による少年教護院となる。
昭和11年10月  寮舎1棟増築。収容定員45名となる。
昭和23年 1月  児童福祉法の施行により、教護院となる。
昭和23年 9月  「富山県立富山学園」と改称。収容定員70名とな
          る。
昭和26年 2月  1棟増築、寮舎5棟(薫風、明芳、清和、誠明、松風
          寮)となり、収容定員80名に改められる。
昭和40年 5月  女子棟、薫風寮が開所。(定員20名)
昭和42年 4月  男子棟、有磯寮が開所(定員30名)により、夫婦小
          舎寮(男子棟)4寮解体、ケース担当制となり、教護
          4名による交替制勤務と夜間宿直体制開始。
昭和43年 9月  男子棟、立山寮が開所。(定員30名)
昭和44年 3月  食堂 竣工。
昭和45年      立山寮が休寮する。
昭和49年 3月  体育館 竣工。
昭和51〜54年  女子寮、一時休寮する。
昭和53年 4月  管理課、指導課の2課制を設置する。
昭和56年 8月  全国少年野球大会で優勝する。
昭和60年 4月  本館全面改築。職業指導室、理科室、多目的ホールを
          新たに設ける。別棟として家族面会室を新設する。
平成 7〜 9年  女子寮、一時休寮する。
平成10年 4月  児童福祉法改正により、児童自立支援施設となる。
平成14年 4月  男子及び女子寮の庭を改修整備する。
平成16年10月  車いす使用者駐車施設の表示をする。
平成19年 8月  食堂・炊事棟の一部(炊事場)を改修整備する。
平成21年11月  創立100周年記念式典
平成26年 3月  小・中学校分校の開設に向け、本館改築等
平成26年 4月  学園内に松風分校開校

【 情報発信元 】
富山県立富山学園 電話:076-437-9853  [ お問い合わせフォーム
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