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ホーム > 組織別案内 > 厚生部 子ども支援課 > 少年の主張富山県大会 > 第31回「少年の主張富山県大会」(平成21年8月21日開催)

少年の主張富山県大会

最終更新日:2017年9月1日

第31回「少年の主張富山県大会」(平成21年8月21日開催)

8月21日(金)北アルプス文化センター(上市町)にて

県大会の様子

県大会の様子

少年の主張富山県大会について

 1979年の国際児童年を記念して始められ、今年が31回目になります。本大会の目的は、中学生が日常生活を通して心を揺り動かされたことや一般社会に対する思いなどを自分自身の言葉でまとめ、それを県民に広く発表することで、より多くの大人に今の中学生を理解してもらうとともに、同世代の若い人たちへの意識啓発をねらいとして実施しているものです。
 今年は、応募者総数2,279人のうち最終審査に残った10名が県大会で発表しました。

大会次第

◎ 開会の挨拶
◎ 激励の言葉〔上市町教育委員会教育長〕
◎ 審査委員紹介
◎ 少年の主張発表
◎ 健全育成サマー・コンサート〔富山県警察音楽隊〕
◎ 審査結果発表
◎ 講評
◎ 表彰
◎ 閉会の挨拶

審査結果

◇最優秀賞 
 小矢部市 宮崎 かほり さん
 「獅子舞が深める町内の輪」

◇審査委員特別賞 
 高岡市  西川 奈那 さん
 「私だから神様が選んだ?」

 砺波市  長谷川 瑛子さん
 「家事をやって本当によかった」

◇優秀賞 7名(発表順)

 氷見市   萩原 康平 さん
 「できることはたくさんあった」

 射水市   杉谷 真樹 さん
 「真に強い人間になりたい」
 
 富山市   堀  清花 さん
 「傷ついて初めて知った心」

 富山市   川邊 舞 さん
 「『働く』ということ」

 射水市   肥田 侑子 さん
 「忘れていた大切なこと」
   
 上市町   有馬 彰宏 さん
 「朝食は一日の始まり」

 射水市   来本 洸希 さん
 「母への感謝」

第31回少年の主張富山県大会 最優秀賞受賞作品

     「獅子舞が深める町内の輪」
                  小矢部市 宮崎 かほり

 「ピーピーヒャヒャロイ。」
 私はこの待ちに待った音色を聞き、獅子舞の町内引きへと家から飛び出しました。町内引きは、獅子舞がたくさんある曲目を踊りながら練り歩くものです。私は町内引きで、獅子舞の歴史や町内のつながりの深さをいつも感じます。それは、小さな子どもから年配の方までたくさんの方が参加し、楽しんでいるからです。三世代で獅子舞をしている家族がいました。おじいちゃんが獅子頭を持ち、お父さんと子どもが踊っています。私も弟と父と一緒に踊り子として獅子を舞いました。いつもはか黙な父が冗談を言ったり、私もいつもより気安く
「お父さん、違っとるよ。」
と笑いながら話したりしました。家族皆で一緒に踊り、楽しむのも獅子舞の醍醐味だと思います。このように三世代が親子で楽しめるのも、踊りを昔のまま受け継ぎ、獅子舞を守ってきてくださったおかげだと思います。
 また、結婚された方がいると、町内皆でお祝いをします。お嫁さんの前で獅子舞を限界まで踊り続け、自分の根性を見せなければなりません。町内の年配の方々は、
「あら、こんなに小さかったがに、もうお嫁さんもらわれたがいね。」
と、口々に言っています。私は町内の人たちと一緒に、
「頑張れ、まだまだ行けるよ。」
と一丸となって応援しています。町内全体で喜び合ったり、楽しんだりして作り上げられる獅子舞が大好きです。
 長い間続いている獅子舞の歴史に興味をもった私は、町内で一番詳しい中臣さんにお話を聞きに行ったことがあります。起こりには二つの説があり、一つは唐から伝わったという説、もう一つは徳川家が北陸を訪れた際に、歓迎するために始まったという説です。とても古い歴史に驚きました。しかし、こんな長い歴史をもつ獅子舞が、後継者がいないという理由でなくなりかけているということを聞きました。
 隣近所の町内でも、獅子舞ができなくなったところがあります。もちろん私たちの町内にも様々な問題があります。しかし、本来男子である踊り子に加え、女子も一緒に踊るようになりました。また、幼稚園児から練習に参加してもらい、興味をもってもらえるようにしています。さらに獅子舞当日には、Tシャツやライブなどで使われるサイリュームを配って、獅子舞がより盛り上がるように、町内一丸となって問題に立ち向かっています。獅子舞を絶対に守りたいという町内の人の熱い気持ちが伝わってきます。
 これからは、私たちが獅子舞を受け継いでいく番です。笛や踊りを、高校生や大学生の方に今までたくさん教えてもらいました。そして、町内の大人の方にもアドバイスをたくさんいただきました。この昔からの流れがあったからこそ、毎年同じ音色や踊りを見聞きすることができたのだと思います。これからも、私は積極的に練習に参加し、笛の吹き方を次の人に教えたいと思います。
 獅子舞は、町内にとって大切な宝だと思います。その町内ごとに独自の音色や踊りがあり、町内が一丸となって楽しめます。普段はあいさつ程度だった人とも、話すことができるようになります。そして、世代を越えて一つのものでつながることができます。これからも町内の輪がより深まっていくように、伝統ある獅子舞を受け継いでいきたいです。

第31回少年の主張富山県大会 審査委員特別賞受賞作品

     「私だから神様が選んだ?」
                  高岡市 西川 奈那

 「聴覚障害」「難聴」世の中の人たちは、この単語を聞いたらどう思っているのだろうか。きっと、「耳が聞こえにくいんだ。」とか、「耳が聞こえないなんてかわいそう。」だと思っていると思います。
 私は、聴覚障害者です。耳が聞こえないと相手の言葉が上手く聞き取りにくかったり、みんなが聞こえている音が聞こえなかったり、いろいろ嫌なことはありました。
 でも、私が今こうやって明るく元気に暮らせているのは、両親もそうだけれど「友達」の存在がとても大きな支えになっているからです。友達のおかげで、楽しく学校生活が送れているのだと思います。好きなタレントについて話したり、一緒に遊びに行ったり、周囲の人たちの本当に当たり前で、自然にある愛情が、私に普通の学校生活を送らせてくれているのだと、いつも感謝しています。
 しかし、私の障害が発覚したときから幼稚園の頃まで、週一回金沢に行って発音指導を受けていた時期、イントネーションが違うだとか、サ行の音がしっかり出ていないと、何回も怒られ、
「どうして私だけ、こんな思いをしなくちゃいけないんだろう。どうして私は、耳が悪いんだろう。」と思うと、つらくて悲しかったです。今もたまにだけれど、落ち込んで暗い気持ちになることがあります。一回お母さんに、
「何で、こんな体に産んだの?」
と言ってしまったことがあります。小学三年生くらいで、まだ小さかったけれど、母にひどいことを言ったというのは分かっています。その頃は、考えても考えても答えが出なかったから、そういうことを言ってしまったのかなと思います。母の様子はよく覚えていないけれど、とても悲しかったと思います。
 私がもやもやする自分のことに、自信がもてないでいたときに、初めて答えが出せたのは、中学一年生のときでした。私の通っている伏木中学校は、三つの小学校から集まってきていて、知らない子がたくさんいました。入学して直ぐの自己紹介で、
「私は難聴です。」
と自分の耳のことについて話をしました。言う前は「みんなに変な目で見られるかな。」とか「こんなだけど、友達になってくれるかな。」と、とても心配でした。でも、みんな普通に接してくれ、本当に嬉しかったです。耳が悪くても良いことだってあるのだと初めて思いました。そこで、また少し自分のことについて考えた結果、神様は私だったからこういう運命を与えてくれたのかなと思いました。もし、私じゃない人が選ばれていたら、その人は明るく人生を送ることができなかったかもしれません。
 私はこれから先、障害をもっている子と出会ったら、迷わず友達になりたいです。その子がどんな思いをしてきたのか知りたいし、その子に自分のことを話したいからです。そして、明るく元気に、何でも挑戦して、前向きに生きていきたいです。障害があるから何もできないなんて絶対に思われたくないので、できることは全てやっていき、何があっても笑顔を絶やさずに生きていきます。
 これからも、新しい人との出会いへの不安、相手の声が聞き取りにくくて、つらい思いをしてしまうかもしれません。
 しかし、私には大切に育ててくれた家族、ともに考えて力を貸してくれる友達や周囲の仲間がいます。それさえ忘れなければ、どんな困難も、悩みながらでも乗り越え、少しずつ前へ進んでいけると思います。
「私だったら大丈夫」
そう自分に言い聞かせながら歩いていきます。

第31回少年の主張富山県大会 審査員特別賞受賞作品

     「家事をやって本当によかった」
                 砺波市 長谷川 瑛子

 いきなりですが、皆さんに質問があります。皆さんの家では、家事は誰がやっていますか。私の家では、分担し、夕食は私の担当です。
 今までは祖母が一手にやっていたのですが、去年の冬、埼玉の伯母から、子供が思い病気になり入院したので家事を手伝ってほしいというお願いがあったのです。両親は共働きなので、祖母がいなくなると家事をやってくれる人がいません。家事は誰がするのか話し合いました。結果、私は夕食を作ることになり、私の生活はがらりと変わりました。部活動帰りの友達との何気ないおしゃべりもせず、今晩の夕食作りの手順を考えることが多くなりました。今日は食欲がないと私は思っていても、夕食を作らなければ、家族は食事抜きになってしまいます。私は勉強と部活と家事の3つを両立できるように頑張りました。
 しかし、私の心はすっきりせず、いつしか得体の知れぬ不満で一杯になっていました。「なぜ、私がこんなことをやらなくてはいけないの。」「友達はこんなことをやっていないのに。」その不満は日に日に増していくばかりでした。
 そんなある日、夕食を食べている時に、母は心配そうな表情で私に聞きました。
「ご飯作るのは楽しい?」
私は戸惑ってしまいました。なぜなら私の心のうちをずばり言い当てられたようで、今まで楽しいと思って作ったことはなかったからです。私はぶっきらぼうに
「分からない。」
と答えてしまいました。すると母は、
「私たちのために、いつもありがとう。」
と優しい声で私にねぎらいの言葉をかけてくれたのです。その言葉は、すっと私の心にしみこみ、とてもうれしく思いました。でも私は、その夜なかなか寝付けませんでした。感謝をされるほど本当に家族のために頑張っていたのだろうか、と色々な思いや考えが頭の中にあふれてきました。私は不満ばかりもっていて、家事を楽しもうという気持ちや家族を思いやる心がないことに気が付きました。自分が情けなくてはずかしくなりました。もっと家族や他人を思いやる心をもとうと強く思いました。
 次の日から、私は家族のためにという思いを心に留めながら家事を精一杯やりました。すると、だんだん慣れてきたのか、家事をすることが楽しくなりました。家族も家事を手伝ってくれてうれしいと喜んでくれました。私は、家族ために頑張ることがこんなにもうれしくて気持ちのよいものだとは知りませんでした。
 私は家事をやって二つの心を新たにもてたと思います。
 一つ目は、挑戦する心です。家事をするとき、最初は失敗ばかりでした。でも家事という難題に挑戦したからこそ楽しさが分かったと思います。だから、苦手なことにも挑戦することで、自分が知らなかった楽しさを発見できると思います。
 二つ目は、家族を思いやる心です。始め不満ばかりもっていた私が、家事を続けられたのも、家族のためという思いがあったからです。家族のために頑張るということは、将来自分の生きがいにもなってくると思います。私は、家族の喜ぶ顔を見ることが、幸せの一つでもあります。家族を思いやることで、自分自身も変われたと思いました。私は挑戦する心と大切な家族を思いやる心を皆さんに伝えたいです。
 今でも家事を続けています。そして、今だから言える一言があります。「家事をやって本当によかった。」

【 情報発信元 】
厚生部 子ども支援課 青少年係 電話:076-444-3136  [ お問い合わせフォーム
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