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少年の主張富山県大会

最終更新日:2017年9月1日

第33回「少年の主張富山県大会」(平成23年8月18日開催)

 平成23年8月18日(木)滑川市早月中学校ふれあいホールで開催した第33回「少年の主張富山県大会」の結果は次のとおりです。

県大会の様子

県大会の様子

少年の主張富山県大会について

 1979年の国際児童年を記念して始められ、今年が33回目になります。本大会の目的は、 中学生が日常生活の中で感じていることや考えていること、家庭や社会において自分たちが果たすべき役割についての提言、将来の夢や希望などを自分の言葉で まとめ県民に広く発表するものです。そして、自分と他者や社会とのかかわりを見つめ直し、誰もが社会の一員であるという意識の啓発をねらいとして実施して いるものです。

大会次第

◎ 開会の挨拶
◎ 激励の言葉(滑川市教育委員会教育長)
◎ 審査委員紹介
◎ 少年の主張発表
  〜 休 憩 〜
◎ サマーコンサート(滑川トロンボーン・トリオ)
◎ 審査結果発表
◎ 講評
◎ 表彰
◎ 閉会の挨拶

審査結果

◇最優秀賞
小矢部市 稲原 純 さん
「心に問いかけて」
◇審査委員特別賞
射水市 今泉 敦裕 さん
「輝いて生きる」
◇優秀賞(8名:発表順)
高岡市 王 静雪 さん
「お母さん」
射水市 高林 巴 さん
「被災者の気持ちになって」
射水市 長谷川 咲希 さん
「命いっぱい輝かせて生きる」
滑川市 中田 彩香 さん
「私のお爺ちゃん」
射水市 山峯 実樹 さん
「生きていた証」
砺波市 高畠 春奈 さん
「父母から教わったこと」
滑川市 相沢 春花 さん
「吹奏楽を通して学んだこと」
砺波市 島田 万由 さん
「言葉の力」

第33回少年の主張富山県大会最優秀賞受賞作品

「心に問いかけて」
     稲原 純
 「ごめんね、ありがとう。純ちゃんいい子やな。」
震える声で私にそう言った父の頬には、初めて見る父の涙が一本の筋となって流れていた。修学旅行に参加するか、それとも大好きだったじいちゃんのお葬式に出るのか丸二日間悩んだ末、修学旅行に行かずお葬式に出ると決めた私に、父がかけた言葉だった。
  入院中の祖父が亡くなったのは、修学旅行の二日前。運悪く、お通夜、お葬式と修学旅行の日程が、完全に重なってしまった。「なんで?あんなに楽しみにして いたのに!お土産の約束だってしていたのに!たった一回の修学旅行、行けないの?」はじめはそう思った。お葬式の準備に集まった親戚は「中学校の修学旅行 ちゃ、人生に一回やないけ。行かれ行かれ。」と口々に私に言ってきた。何か月も前から楽しみにしていた修学旅行、何週間も前から荷物も準備してきた。で も、じいちゃんが・・・。どちらかを選べと言われても、考えられなかった。どう考えればいいのか分からなかった。次から次へと涙が出てきて、頭の中がもや もやになった。そんなとき、母が言った。
「亡くなったじいちゃんはね、きっと、おらなんかいいから行けって言うと思 うよ。でもね、あんたが保育所に行っとる時、誰に面倒みてもらったが?小学校の帰り、誰がバス停で待っとってくれた?体弱くてしょっちゅう熱出しとったあ んたを看病してくれたがは誰?おかあさんじゃないよ。あんたは一番お世話になっとんがやよ。」
思わず、涙が出た。あ の頃を思い出した。夜遅くに迎えにくる母をじいちゃんとばあちゃんと3人で待った。私が泣いてもじいちゃんは「もうすぐ来るよ」って優しく慰めてくれた。 熱が出たときも心配そうに看病してくれた。祖父はたぶん、両親以上に私と一緒にいた時間が長かった。田んぼや畑に一緒に行ったり、宿題を教えてもらったり もした。「七夕をしたい。」と言ったら、山から竹を切ってきてくれたこともあった。祖父がいたから、今の私がいる。途中からでも、修学旅行に参加させてや りたいと、父は飛行機で行く方法などいろいろ考えてくれたが、やっぱり修学旅行には行けないと思った。丸二日間、悩み、自分の心と向き合い、そして最後 に、自分自身で決めた。そして、その判断は今でも間違っていなかったと思う。
 今回のことで、私は、何か判断に困っ たとき、自分の心と向き合い、問いかけることが大切だと学んだ。今、この時点だけのことで判断していないか。今までのこと、これからのことも含めて考えて いるだろうか。そして、自分がそれを選んで本当に後悔しないか。私はこれからもどんな状況の時も、自分の心に問いかけ、見つめながら歩んでいきたいと思 う。
最後にじいちゃんへ。旅行先の京都のお寺で、健康祈願のお守りを買おうと思っていたのに間に合わなかった。「ま たくるよ。」って声をかけたのに、結局行けなかった。ごめん。じいちゃんがいてくれたから、今の私がいるんだよ。もう一回笑った顔が見たかったけど、天国 で笑って暮らしてね。最後にもう一つ。
「今までたくさん、たくさんありがとう。じいちゃん」

第33回少年の主張富山県大会審査委員特別賞受賞作品

「輝いて生きる」
     今泉 敦裕  
みなさんは、4月13日に日本で初めて、15歳未満の人からの臓器提供が行われたことを知っていますか。
  この臓器提供は、本人の拒否の意思表示がなかったので家族が提供を承諾しました。家族は「臓器提供があれば、命をつなぐことができる人たちのために身体を 役立てることが彼の願いに沿うことだと考えた。」と発表されました。この一文をみなさんはどう思いますか。ぼくは、大変うれしく、ありがたい言葉だと思い ました。
 ぼくは、小学校1年生の冬に、病気になりました。薬で治療をしていましたが、薬だけで治すことは難しくな りました。唯一の治療方法は骨髄移植だけでした。移植をすることには、誰の骨髄液でも良いというものではありません。血液型よりも、もっと細かく型が分け られています。両親とは半分しか一致しません。兄弟では同じ型である確率は高いのですが、ぼくには兄弟はいません。だから、骨髄バンクにぼくと同じ型の人 がいないか調べました。アメリカ、韓国には一人ずついましたが、国内にはいませんでした。とてもショックでした。どうして、誰もいないのか、ぼくはどうな るのか、悪いことを考え、不安で一杯になりました。
 すると、臍帯血バンクには、適合する臍帯血が二つ見つかりまし た。しかし、ぼくの身体の大きさから考えると、一つのみになってしまいました。しかし、一つでも適合するものがあり、「これで生きることができる。病気に 勝とう。がんばろう。」小学校2年生のぼくはそう誓いました。
 治療方法が決まると、移植するまでに薬を使って何度 も治療を行います。治療を重ねる毎に、身体の免疫力が低くなり、すぐ高熱を出してしまいます。高熱を出す度にぼくは、危険な状態になりました。母は、主治 医に呼ばれ、「覚悟してね。」と何度か言われたそうです。移植前でもこうだったので、移植後はもっと大変でした。しかし、ぼくは、臍帯血があったおかげで 辛い治療に耐え、生きるためにがんばることができました。本当に心から提供者に感謝しています。ぼくは、どんなことにも手を抜かず、全力で取り組むように しています。ぼくは、再び与えられた命を無駄にせず、精一杯輝かせたいと思って、一日一日を大切に生きています。これがぼくにできる、ぼくを支えてくだ さった人全てに対する恩返しです。また、自分も困っている人の役に立てるように思いやりの心をもって人と接するように心がけています。
  以前、ニュースで臓器移植を受ける人に対して「自分が生きるために早く提供する人が死んで欲しいと思っているのではないか。」と言っているのを聞き、悲し い気持ちになりました。こんなことを言われると移植する人が悪いことをしているように思えました。臓器移植が実施される時は、確かに「人の死」がありま す。移植を受けた人は、誰よりも「死」を受け止め、それを「生きる力」に変えていくに違いありません。ぼくも臍帯血がなかったら、今、ここにいることはな かったでしょう。命の大切さを身をもって実感しています。
 ぼくは、将来医師になりたいと思っています。それは、病 気の時、主治医の先生が、一生懸命治してくださいました。だから、今度はぼくが助けられた以上に人の命を助けて人の役に立ちたいなと思ったからです。しか し、医師になるにはとても大変で、努力が必要です。けれどもぼくは、毎日の部活動や勉強を将来の夢に向けて、頑張って手を抜かずに取組んでいます。それに ぼくは、少しの時間も無駄にしないようにしています。将来、医師になりたいという夢に向かってこれからもがんばっていきます。この命を誰よりも輝かせ続け ます。

【 情報発信元 】
厚生部 子ども支援課 青少年係 電話:076-444-3136  [ お問い合わせフォーム
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