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「あいさつにまつわる いい話」優秀作品のご紹介

最終更新日:2016年7月6日

平成21年度「あいさつにまつわる いい話」最優秀賞受賞作品

【小学生の部】最優秀賞

題名「『あいさつ』は魔法の言葉」
 高岡市 5年 真壁 里奈 

 わたしの住んでいる町は、高岡古城公園の近くにあります。かつては見わたす限り田んぼが広がっていました。今でも、まだ少し田んぼは残っています。ここに初めに引っ越して来たのは、ふたつの家族でした。その人達が、今からどんどんこの町が栄えますようにという願いをこめて、「中川栄町」と名付けたそうです。最初に2件だった家は、今では85件にふえました。でも、まだ歴史が浅く、春祭りや秋祭りといったような、町内の人達がつどう行事がありません。だから、人と人との連がりがうすくさびしいような気がするし、ここに住んでいる人の顔がよくわからないこともあります。
 それでも、わたしにはじまんしたいことが2つあります。1つめは、夏休みのラジオ体操です。どうしてラジオ体操がじまんなのかと言うと、子どもたちばかりじゃなく、町内の方もたくさん参加して下さるからです。朝のさわやかな空気をすって、大きな声で「おはようございます」とあいさつすると、すぐに「おはようございます」とあいさつが返ってきます。ふだんはあまりおしゃべりをしない人とでも、あいさつをすることによって話をすることができます。久しぶりに会った人とは、
 「今、何年生になったがけ。しばらく見んうちに大きくなったね。」
と話は続きます。また、初めて会った人とでも、
 「今日も、あつくなりそうやね。学校のプールに行かんなんね。」
と話は続きます。「おはようございます」とあいさつをするだけで、1年ぶりに会った人とでも初めてあった人とでも、話ができるのは何ともふしぎなことです。「あいさつ」にはすごい力があるんだなとつくづく思いました。
 2つめは、これもまた夏休みに行われる町内のクリーン作戦です。小学校の活動と町内の活動を合同で行うもので、ようち園の小さな子どもからおじいちゃんやおばあちゃんまで、はば広い年代の人たちが参加します。その名のとおり、町内の草むしりやゴミ拾いをして、町中をピッカピッカにしようというものです。朝の6時に町内の人たちがぞくぞくと現れます。あちらこちらで「おはようございます」「おはようございます」というあいさつが聞こえてきます。この様子は、毎年のことながら、すごいなと思います。「おはようございます」のあいさつに続いて、あちらでもこちらでも、まるで音楽が流れるように、とぎれることなく話が続きます。何げなく聞いているだけなのに、わたしまで楽しい気分になります。手を動かしながら町をきれいにし、口を動かしながらコミュニケーションをとるといった感じです。おかげで町はあっという間にきれいになり、心も体もさわやかになりました。
 人はひとりでは生きていけません。たくさんの人にお世話になり、またお世話をしてあげて生きています。そして、そのかけ橋になる第一歩が、「あいさつ」だと思います。「あいさつ」から始まり、少しずつコミュニケーションを深めることによって、理解しあえるようになるのでしょう。
 あいさつをすることで、わたしの心も相手の心もさわやかになります。「あいさつ」は魔法の言葉だと思います。だから、「おはようございます」だけではなく、「こんにちは」や「こんばんは」もうまく使って、たくさんの人にさわやかな風を送りたいと思います。

【中学生の部】最優秀賞

題名「本当のあいさつ」
 射水市 2年 坂本 七海

 「おはようございます。」
 保育園の朝は、明るく元気な挨拶で始まる。私が、保育園で職場体験をした時のことだ。初日、緊張の中、勇気を出し、園児に「おはよう。」と一声かけると「お姉ちゃん先生、おはよう。」と元気よく返してくれた。中には恥ずかしいのか、声をかけても、うつむきそそくさとその場を立ち去る子もいた。返事がないとすごく寂しい気持ちになったが、翌朝も声をかけると「おはよう。」と返ってきた。ほんの一言の挨拶だが、私の心もパッと明るくなり、その子に受け入れてもらえたように感じた。
 またある時、戸外遊びから玄関に戻ると、女の子が今にも泣きだしそうに「くつがない…」と消え入りそうな声で訴えてきた。一緒に探し出した時、不安げだったその表情は一瞬に明るくなり、「お姉ちゃん先生、ありがとう。」と言ってくれた。私自身何度も口にし、何度も耳にした言葉だが、何度聞いても人の心を嬉しく優しくする不思議なパワーを持った言葉であると実感した。それは、大人でも小さな子供でも何ら変わりがないことを知った。
 私達の日常は、たくさんの挨拶で成り立っている。そして、挨拶は口から発せられる言葉だけではなく、お辞儀のような動作や身振り手振り、アイコンタクト等、身体全体でも気持ちを表現することができる。しかし、本当の意味で心がこもっていなかったらどうだろう。挨拶をしたとしても、目を合わさなかったり、お辞儀だけで済ませたり…。私にも覚えがある。感謝や謝罪の言葉は特に照れくさく、下を向いたまま言葉だけで済まそうとしがちである。決して、心はふれあわないのだ。
 夏休みに別の保育園でボランティアをした時、男の子がささいなことで女の子を泣かせてしまったことがあった。事の次第を見ていた私は思わず「謝られ。」と促した。すると、ためらうことなく「ごめんね。」と謝った。それも、しっかり彼女の目を見てペコリと頭を下げていた。後で、私の勝手な判断で謝罪を勧めてしまった事をあれでよかったのだろうかと考えたが、もし、それが「ぼくは悪くないのに。」という納得できない気持ちが微かにでもあれば、恐らく目を見ることもなく、頭を下げることもなかったのではないかと思う。人に言われただけの謝罪ではなかったからこそ、2人の気持ちがふれあい、「いいよ。」と彼女も応え、また仲良く遊びはじめたのだと思った。
 この体験、私自身大いに反省させられた。幼い子供でも相手を思い、ちゃんと謝りその関係を修復することができたのに、私はどうだろう。親に叱られた時等、その場を切り抜けるために心ない「ごめんなさい。」を言ったり、他人に親切にしてもらっても恥ずかしさが先に立ち、心をこめて「ありがとう。」が言えなかったり…。子供たちを見ていて、心のない挨拶は、実に無味乾燥なことに気づかされた。
 私は、小さい頃から挨拶について家族や学校でたくさんのことを言われ、多くの大人に、挨拶は人とのつながりを作る大切なものということを教わった。私も挨拶の大切さは、わかったつもりになっていた。でも、実際はどうだろう。私の中学校では「あいさつ運動」というものがある。朝、校門にたち、登校する生徒や先生方に挨拶をする。しかし、中には、挨拶を返さず通りすぎていく生徒もいる。幼子のように、無邪気に挨拶をしないのは、この年齢ゆえだろうか。だが、それでは社会では通用しないことを私は子供達から学んだ。
 挨拶をしなくても、何ら不都合はないように思えるが、実はそうではなく、大切な人間関係や明るい生活を円滑には送れない。挨拶は、まさしくそれを実現する第一歩であろう。簡単そうだが、少し勇気がいる。けれど、ほんの少しの勇気と素直な気持ちがあれば、容易いことだ。心のこもったほんとうの挨拶は、ふれあいの輪を広げ、周りの人や社会を明るく幸せにする魔法の言葉なのかもしれない。

【一般の部】最優秀賞

題名「心の交換会」
 岐阜県岐阜市  後藤 順

 駅の近くの花屋さん。家族の誕生日に花を贈る習慣の私は、その店の常連です。夫婦ふたりで店を経営してみえ、いつもにこやかに2人ともが対応してくれます。その店を訪れるたびに、さわやかな季節を感じます。
 朝の通勤途上、その店の前を通る小学生たちが「おはようございます」と新鮮な声で挨拶する光景で出会いました。ご主人は花に水をやりながら「おはよう。今日も、元気でガンバレよ」と返す様子に、私の朝は気持ちのよいものになります。挨拶は、人と人とのつながりを深めるものです。
 ある夕方、仕事帰りに妻にプレゼントする花を買うために、その店に寄りました。
 「ご主人は、小学生に人気だね」。「いや、学校の花壇のお手伝いをしているもので。子どもたちとはよく話すんですよ」。彼の照れ笑いに、純情な少年の心を感じました。そのような出合いは、他人から強制されるものではなく、自ら進んで生まれるものです。ご主人も、商売抜きに子どもたちに花と接して欲しかったのが理由でした。
 「実はね。最近、中学の花壇も世話するようになりましてね・・・」。私はご主人からその中学の名を聞いて驚きました。地域でも有名な「荒れた中学」です。授業放棄。学校崩壊などと陰口を聞きます。「恐くないの」そんな私の質問に、ご主人は苦笑いを見せ、「花を育てるのには時間がいるように、子どもたちに花を育てる良さを感じてもらいたいだけさ」。ご主人が世話をした花壇が壊されたり、せっかく咲いた花が切られた事件が数度かあるとご主人は、またもや苦笑しながらも、楽しそうに話します。「最初から、きれいな花何かできない」。そう断言するご主人は、校内で出会う生徒たち一人ひとりに「おはよう」「こんにちは」「一緒に花を育ててみないか」と声をかけたそうです。初めは警戒感を持っていた生徒たちも次第に小声でも「こんにちは」と挨拶を返すようになったそうです。「まずは挨拶から始まるだと気が付きましたよ」。それに伴って、生徒たちが少しずつ花壇の世話を手伝うようになったそうです。
 その話を聞いた私は嬉しくなりました。最近の中学生は「言葉は乱暴だ」「すぐにキレる」「危ない」というだけで、子どもたちと距離感を持つのは、大人の身勝手さかもしれません。大人が踏み込んで子どもたちと接する機会を増やすことが必要だと、ご主人の話から感じました。子どもたちが荒れる原因を学校のせいにする風潮があります。教師にその責任を押し付けても何の改善にもなりません。ご主人のように、子どもたちに声をかける大人たちは、あなたの周りにいますか。家庭で、親が子どもに毎日の挨拶をしますか。
 ご主人が話してくれたように、挨拶から人と人とのつながりが生まれます。挨拶は、心の交換会です。知らぬ人と出会うとき、まず挨拶から始まります。挨拶ができないと一期一会も逃げていきます。
 その後、その店の前でご主人や奥さんに挨拶する中学生の姿を見ました。奥さんもご主人の薦めもあり、一緒に中学の花壇を世話するようになったのです。
 「つっぱっていてもしょうがないよね」。花壇の手伝いを始めた生徒が、ご主人にそう話したそうです。少しずつその学校が変わっていく様子を2人は感じ始めました。挨拶から始まる心の交換。それは子どもだけでなく大人にも言えます。日々、私たちはこの交換会を挨拶を通して開いています。是非とも、心の交換会に参加してみてはどうでしょう。それが簡単なことです。誰とも心を開いて挨拶することなのです。

【 情報発信元 】
厚生部 子ども支援課 青少年係 電話:076-444-3136  [ お問い合わせフォーム
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