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県国際交流員 (CIR)

最終更新日:2019年9月12日

県国際交流員の紹介

 現在、国際課及び(公財)とやま国際センターには、次のとおり、6か国から7人のCIRが配置されています。

(1)出身地、担当言語(2)富山県での勤務開始時期 (3)本人からのメッセージ

Marcelo Tomoaki Yoshimura(マルセロ・トモアキ・ヨシムラ)

ポルトガル語国際交流員(1) ブラジル・サンパウロ市、ポルトガル語
(2) 平成28年4月から
(3) はじめまして、吉村知明です。 一見、顔も名前も日本人ですが、実はサンパウロ生まれのブラジル人で、フルネームはヨシムラ・マルセロ・トモアキと申します。 北海道出身の母と岐阜出身の父を持つ「日系ブラジル人」二世です。
 元々はサンパウロ総合大学工学部出身のエンジニアですが、 平成25年に日本で1年間留学する機会があり、その際に国際交流員(CIR)の職について知りました。以前から国際交流(日伯交流)についても興味があったため、CIRになろうと決意し、募集にチャレンジした結果、この度富山県で仕事をさせて頂くことになりました。 富山県は今回が初めてですが、ブラジルで元留学生・研修生の友人たちから、富山は良いところだと聞いていましたので、実際に暮せるようになってとても嬉しいです。
 初めは不慣れな点が多いと思いますが、日伯交友関係と富山県の国際化に貢献できるよう頑張ります。 また県の皆さまも是非、よろしければ街で気軽に声をかけて下さい。今後ともよろしくお願いいたします。

Mathieu Glacet(マチユ・グラセ)

英語国際交流員(1) フランス・ブラクス村、英語
(2) 平成28年7月から
(3) 富山県の皆様、はじめまして。マチユ・グラセと申します。家族の事情で国籍は3つ持っています。
 出身はフランス南部の村で、母国語はフランス語と英語ですが、日本に来る前はアメリカ・テキサス州の州都オースティンで仕事をしていたため、英語の国際交流員としてこの度富山に参りました。
 フランスからテキサス大学に進学し、在学中、東日本大震災の直後、岩手大学に留学し、そこで防災や国際交流に興味を持ちました。アメリカに戻って大学を卒業した後、防災マネージメントを学ぶために東京大学大学院新領域創成科学研究科にも在籍していました。
 その後、オースティンにある半導体会社に採用されて、アメリカに引っ越しましたが、国際交流の夢は忘れられず、この度、富山県で国際交流員として採用していただき、大変うれしく思っています。
 これからは、富山県の皆様とたくさん交流して、富山県とアメリカの絆を深め、国際交流促進のために頑張りたいと思います。そして、富山県の魅力をアメリカの人々に紹介していきたいと思っています。
 今後とも、よろしくお願いいたします!

兪セビョル(ユ・セビョル)

韓国語国際交流員(1) 韓国・ソウル特別市、韓国語
(2) 平成29年4月から
(3) 富山県の皆様、はじめまして。韓国のソウルから参りました、 兪(ユ)・セビョルと申します。この度は自然が豊かで四季の魅力をたっぷり味わえる富山県の国際交流員として仕事させて頂くことになりまして、心から嬉しく思います。
 私は小学校5年生の時、趣味で日本語を勉強していた父からひらがなを教えてもらい、日本語の勉強を始めることになりました。その1年後、父が脳出血で倒れ、悩ましい日々を過ごす中で、「モーニング娘。」の「I Wish」という曲の歌詞で癒やされて独学で日本語の勉強を始めました。その1年後に父が亡くなり、J-Popの歌詞を覚えるのが唯一の心の逃げ場でした。
 日本の文化や日本語の勉強の媒介になったメディアに興味を持ち、梨花女子大学でメディアと経営学を専門として勉強させて頂きました。2011年の後期には津田塾大学で半年間交換留学をしました。また、韓国ではパワーポイントの講師として仕事をさせていただきました。3年前からネットサイト「NAVER」のPOSTサービスにて「パワーポイントのデザイン」について連載しており、フォロワーの数はおよそ9万人です。2015年には「セビョルのパワーポイントデザイン授業」という本を出版致しまして、その本が好評を博し、5刷目に入りました。 その他に、大学1年生から3年生まで化粧品会社でインターンシップを行い、化粧品会社で商品企画業務にも携わりました。
 多様な経験を生かして富山の魅力を韓国に紹介し、韓国の魅力を富山の方々へ伝えたいと考えております。今後とも、よろしくお願い申し上げます。

Dasari Ramesh(ダーサリ・ラメーシュ)

インド国際交流員(1) インド・アンドラプラデシュ州、英語、ヒンディー語、テルグ語
(2) 平成29年8月から
(3) 富山県の皆様、ナマステ。お元気ですか。
 はじめまして。インドの南東部にあるアンドラプラデシュ州から参りましたダーサリ・ラメーシュと申します。今年の8月から自然豊かな富山県で国際交流員として働くようになり本当に嬉しいです。
 子供のころから日本と日本文化に興味があり、日本語を勉強すれば日本についてもっと深く理解できるチャンスがあると思って、2010年にインドの英語・外国語大学(EFL大学)に入学いたしました。大学2年生のときに短期間の交流プログラムで初めて日本を訪問して東京と長崎に行きました。大学卒業後、文部科学省の奨学金を受けて岡山大学で日本語研修生として1年間留学したこともあります。ダンスが好きなので、留学したときにダンス部に入って、神戸で毎年行われる全日本高校・大学ダンスフェスティバルにも出たことがあります。
 富山県に来るのは初めてですが、これからインドと日本、特にアンドラプラデシュ州と富山県の友好関係を深めるために、いろいろがんばりたいと思います。インドの魅力を富山県の人々に伝えるとともに、富山県の自然、文化、食べ物のことをインドの人々に紹介していきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

斉 東亮(サイ・トウリョウ)

遼寧国際交流員(1)中国・遼寧省瀋陽市、中国語
(2)平成31年4月から
(3)富山県の皆さま、こんにちは。中国遼寧省瀋陽市より参りました斉東亮と申します。初めまして。どうぞよろしくお願いします。
 私は中学一年生から父の影響により日本語を習い始め、高校卒業後、日本に留学しました。京都大学に6年間在学した後、一般の会社に勤めました。帰国後、日本での経験を活かし、日中間における経済貿易関連の仕事に携わってきました。この度、遼寧省外事弁公室の推薦により、国際交流員として富山県で働くことができ、大変光栄に思います。
 富山県には初めて参りましたが、すべてがきときとです。急峻な山々と海。天然の生け簀となる富山湾。古き良き伝統文化を保ちつつ、近代的産業発展の道を切り拓いてきた、農業、漁業、工業などありとあらゆる産業が優れている富山県に無限の魅力を感じてやみません。
一年間の短い間ですが、少しでも多く富山県の魅力に触れていき、その魅力をより多くの人に発信していきたいと思います。また、出身地である遼寧省のことも、少しずつ富山県の方々にお伝えできればと思います。

韓 冰(カン・ヒョウ)

上海国際交流員(1) 中国・上海市、中国語
(2) 平成31年4月から
(3) 大家好!皆さん、こんにちは。中国上海からの国際交流員韓冰です。中国で上海電気学院の教師をしており、全校学生を対象に第二外国語として日本語を教えていました。
 私は6年間の日本留学の経験があり、修士、博士課程で経済や金融について研究しました。日本のいろいろな所へ旅行に行ったり、たくさん親切な方々と出会ったりして、多彩な日本文化に触れることができました。また、大学院で主人と出会って、日本で結婚して、娘も生まれました。私にとって、日本はラッキーで思い出いっぱいの第二のふるさとです。今回、12年ぶりに日本にもどり、富山県で国際交流員として一年間勤めさせていただくことになり、とてもうれしく存じます。
 大自然が好きで、「富山」という漢字を見て、山に富んだという意味が読み取れ、来る前に何回もイメージを描きました。富山空港を出たら、雪に覆われた山が目の前に現われ、なんという壮麗な風景だと魅了されて、すぐ好きになりました。着任してから次の週に中国からの訪問団に随行して、立山黒部アルペンルートを見学しました。あいにくの大雨でしたが、雪の大谷の中を通ったとき、自分が大自然の中に溶け込んだかのようで、とても興奮しました。夏に山登りもしてみたいと思います。
 富山の方言「きときと」は「新鮮」という意味だそうです。新鮮な空気、新鮮な水、新鮮な魚、また新鮮は「新しい」という意味も含んでいると思います。今年は新たな年号「令和」が始まる年で、また中日青少年交流推進年にもあたる年です。こんな新しい年に国際交流員として富山に来ることができてとてもラッキーです。富山県の魅力を上海の人々に紹介して、お互いの理解を深めるよう努めます。忘れかけていた日本語をだんだん取り戻して、微力ながら、中日友好交流のかけ橋として全力を尽くしていきたいです。私も気持ち新たに「フレッシュ女子」を目指して、仕事を頑張りたいと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。

Hoang Thi Cham(ホアン・ティ・チャム)

ベトナム国際交流員(1) ベトナム・ハイフォン市、ベトナム語
(2) 令和元年8月から
(3) Xin chao(シンチャオ)!皆さん、こんにちは。ベトナムのハイフォン市から参り
ましたホアン・ティ・チャムと申します。富山県庁国際課で初めてのベトナム人国際交流員として仕事をさせていただくことになりました。
 大学卒業後、最初は仕事のために日本語を勉強し始めましたが、勉強すればするほど、日本語だけでなく、日本文化についても大変興味がわき、日越大学大学院で日本研究を専攻しました。大学院在学中、東京大学にインターンシップで来日したことがありますが、帰国後、教科書にも書かれていない実際の日本をもっともっと体験したいと思って、国際交流員として富山に初めて参りました。
 着任後、立山登山に挑戦させていただきました。私は自然に触れるのが好きなので、標高3,003mの山頂に着いたとき、立山の絶景が目の前に広がり、言葉では言い表せないほど感動しました。これから、ぜひ雨晴海岸、立山黒部アルペンルート、黒部ダム、雪の大谷、五箇山合掌造りといった景勝地を訪れたいと思います。富山に来たことのないベトナム人にも富山の自然の素晴らしさを体感してほしいです。そして、ベトナムの魅力もベトナムに行ったことのない日本人に向けて発信したいと思います。
 どうぞよろしくお願いいたします。

Olegs Piscikovs(オレグス・ピシュチコフス)

ラトビア国際交流員(1) ラトビア・リガ市、ロシア語
(2) 令和元年8月から
(3) 富山県の皆さま、こんにちは!ラトビアから参りましたオレグスと申します。県庁のロシア語国際交流員として着任いたしました。
 生まれ育ちはバルト海に面しているラトビアという国です。文化や地理の面で日本と大きな違いがあるのに、日本が好きになりました。日本語に興味を持つようになったのは高校の頃です。
 2005年にラトビア国立大学のアジア研究部に入学し、日本をはじめ、東・東南アジア諸国の文化や人類学など幅広い分野を勉強しました。在学中、1年間関西外国語大学に留学しました。卒業後は大学院に進学し、大阪大学にも留学しました。帰国してからは日本で過ごした日々が懐かしく思い出され、いつか必ず日本に戻ると決心しました。
 2014年からラトビア国立図書館の東アジア研究センターで読書室の書誌学者の仕事に携わってきました。東アジアの文化を来館者に様々な形のイベントで紹介しました。折り紙のワークショップを通して更に日本の文化に親しむようになり、日本にもっと行きたくなりました。
 現在、国際交流員として、主に日露翻訳・通訳、ロシア語講座の担当、ロシア沿海地方との交流関係、県内在住ロシア人の生活相談等、ロシアとロシア語に関わる仕事をしています。世界ではあまり知られていない小さなラトビアのことについても富山県の方々にお伝えできればと思います。
 どうぞよろしくお願いいたします。

【 情報発信元 】
総合政策局 国際課 電話:076-444-3156  [ お問い合わせフォーム
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