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 うば  うばどう
うば堂基壇

 うば堂は閻魔堂とともに、芦峅寺にあった中宮寺の中心となる堂舎でした。
 その中には、うば尊が祀られていましたが、本尊については異説もみられます が、概ね大日如来・ 阿弥陀如来・釈迦如来の三尊とされています。
 古文書には「姥堂」、「祖母堂」と書かれたものもありますが、うば堂 が正しい名称です。「うば」と女に田を三つ重ねた字は辞典にも見当たらず、立山信仰の中で生まれた独特 の作字(国字)といえます。

 資料にうば堂の名称がでてくるのは、文正元年(1466)6月の日付 がある越中守護代の 神保長誠(じんぼな がのぶ)の寄進状が、最初のものです。しかし、享徳2 年 (1453)にも椎名順成が前例によって寄進しているので、建立はもっと古くに遡ると考えられます。

 江戸時代の頃の堂舎は、「建築の様式は唐様で、屋根は入母屋造りに唐破風(からはふう)の向拝屋根で、堂の周囲には、縁側がめぐらされていた。柿屋根葺 (こけらぶき)6間、梁5 間、奥の間2間通し4、各間下表内2間にて半垂木等」と伝えられています。
 残念ながら、明治初期の廃仏毀釈に伴い堂舎は破却されてしまい、以後再建されることはありませんでした。
 現在、うば堂のあったところは、昭和47年に基壇が整備され、天保15年の銘の入った手 水 鉢があります。