むかしあったとぉ〜(立山のちょっと昔の話)

   F 道者
と参連について

  大雪で新しい年がはじまり、昔流の数え歳で言えば、また一つ歳を取ったことになります。昔を懐かしむわけではありませんが、今回と次回は、私の家(宿坊) に来られた人達について書こうと思います。

  宿坊に来られた人達は、道者衆と参連衆に分けることができました。宿坊の衆徒たちが、毎年各地の檀那場に出向き、立山曼荼羅を掛けて絵解き(解説)を行い 布教します。信者の方々が感動してぜひ現地で体験したいと、少人数のグループで立山においでになります。この人達のことを道者衆
(どうしゃしゅう)と言います。

  道者衆は、白装束で「立山禅定」と書かれた網代笠をつけ、布教を受けた衆徒の宿坊に特別に村の講社の事務所を通さず直接宿泊ができます。子供の頃、父に 「○○様お迎 え」と書いた西洋紙をもらって駅の待合室で電車を待ち、その紙をはにかみながら顔の前に差し上げたことを覚えています。すると向こうから「私です」と声が かかり、「お迎えに来ました」と先頭に立って、途中簡単な説明をしながら「ここが日光坊です」と、家まで案内しました。道者衆は、敷台(来客専用玄関)で 草鞋を脱ぎ、足を洗って家に入り、衆徒と対面し、久しぶりの挨拶を交わします。

  一方、檀那場以外(担当布教地区外で師壇関係のない地区)から来られた人達を参連衆
(まいれんしゅう)と言い、身につける衣類も黒か紺の生地で、上着とズボン(タッツケ)に 分けられ、笠も「立山登拝」と書かれた普通の笠をつけます。参連衆は、講社の事務所に宿泊を届け出、そこで指定された宿に行き、前の小川で足を洗って広間 に入ります。

 食事は、道者衆が、宿代無料で朱塗りのお椀とお膳でサービス付きであったのに、参連衆は、有料で黒塗りのお椀とお膳でセルフサービスと接待の差があった こ とが脳裏に浮かんできます。