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平成21年度以降の常設展のトピックは、「美術館のニュースと更新履歴」のページに統合いたしました。
10月21日(火曜)から常設I、常設IIは今年度第3期の展示となりますが、新潟県立近代美術館で開催される「西洋の美 東洋の美 ピカソ、ロートレックから東山魁夷まで 富山県立近代美術館・富山県水墨美術館名品展」に出品するため、常設I「20世紀美術の流れ」からも何点かの主要作品が貸出中です。主な作品は下記のとおりです。
なお出品される展覧会の概要は、下記のとおりです。お近くにお住まいの方は、ぜひご覧ください。
夏休み期間中の常設展I〜V室は、小学校・中学校・高等学校の教科書や資料集に掲載された作品を紹介しています。
だれもが必ず手にとったことのある教科書は、子どものころから、最も身近にあった本です。教科書は、技術や知識を習得するだけでなく、子どもたちの視覚を刺激し、大きな影響を及ぼす本だといえるでしょう。
そこで近代美術館では、これまで子どもたちがどのような美術作品をきっかけに感性を育んできたかに着目しました。学校で使う図工・美術の教科書や資料集には、画集さながらに、豊かな美術の世界が紹介されています。その中には近代美術館のコレクションからも数多くの作品が掲載されています。
夏休み期間中、2階ロビーには新旧の教科書も用意しました。世代をこえてご覧いただくことで、作品鑑賞の一助となれば幸いです。子どもたちと美術をつなぐきっかけとなった作品を糸口に、20世紀美術の変遷をお楽しみください。
| パブロ・ピカソ | 肘かけ椅子の女 |
| ジョルジュ・ルオー | パシオン |
| アンリ・マティス | 《ジャズ》より |
| ナウム・ガボ | 空間の中の線の構成 2 |
| ケーテ・コルヴィッツ | 哀悼 エルンスト・バルラッハを偲んで |
| ジョアン・ミロ | パイプを吸う男]瀧口修造へのオマージュ |
| ワシリー・カンディンスキー | 《響き》より |
| マックス・エルンスト | 《博物誌》より |
| マルセル・デュシャン | トランクの箱 |
| ポール・デルヴォー | 夜の汽車 |
| マン・レイ | 桃 |
| ルーチョ・フォンタナ | 空間概念−期待、空間概念 |
| アルベルト・ジャコメッティ | 裸婦立像 |
| 金山康喜 | ドアとテーブルの上の静物 |
| 靉嘔 | Rainbow Supper Set |
| ジャクスン・ポロック | 無題 |
| ロイ・リキテンスタイン | 積みわら |
| アンディ・ウォーホル | マリリン |
| ジョージ・シーガル | 戸口によりかかる娘 |
| ヴィクトル・ヴァザレリ | シリウス |
| クリスト | 囲まれた島々、峡谷のカーテン |
| フランク・ステラ | タラデガ |
| 横尾忠則 | 画家の自画像 |
| 岡本太郎 | 明日の神話 |
| マリソル | サリー・ディーンズの肖像 |
| フィリップ・キング | グリーン・ストリーマー |
| ゲルハルト・リヒター | オランジェリー |
| フェルナン・レジェ | 誕生日(ロビー) |
| 伊藤隆道 | 7月(屋外) |
| 杉山寧 | 耿 |
| 棟方志功 | 二菩薩釈迦十大弟子 |
| 浜口陽三 | カラーメゾチント さくらんぼ |
| 浜田知明 | 狂った男、ボタン、初年兵哀歌(銃下のかげ) |
| 池田満寿夫 | 陽光のように、仮面 |
| 小林敬生 | 漂泊4 |
| 瀧口修造 | 漂流物 標本函、私の心臓は時を刻む |
| 加納光於&大岡 信 | アララットの船あるいは空の蜜 |
| ○ポスター | |
| 原弘 | 日本タイポグラフィ展 |
| 山城隆一 | 森林 |
| 亀倉雄策 | 東京オリンピック |
| 勝井三雄 | 視覚の地平 |
| 永井一正 | JAPAN、EXPO'75(INTERNATIONAL OCEAN) |
| 田中一光 | 日本舞踊・UCLA、ヒロシマ・アピールズ |
| 佐藤晃一 | HIROSHIMA APPEALS |
| 福田繁雄 | HAPPY EARTHDAY、VICTORY |
| 横尾忠則 | 腰巻お仙−忘却編(演劇) |
| 松永真 | PEACE |
| 坪内祝義 | かわせみの遊ぶ川瀬のけがれなきいのちの清水永遠に守らむ |
| ○椅子 | |
| 剣持勇 | 柏戸椅子、ラウンジ・チェア |
| 田辺麗子 | ムライ・スツール |
| 倉俣史朗 | ミス・ブランチ |
| 柳宗理 | バタフライ・スツール |
平成20年度第T期より、時代に沿った5つのコーナー分けを示す解説パネルのデザインを一新し、大きく見やすい表示としました。
また、作家名や作品名を書いたキャプションも大きさ、デザインともに見直しました。併せて主要作品の簡単な作品解説と作家略歴をパネルで設置し、作品をじっくりと楽しんでいただける方法を試みました。従来の解説カードとともに、鑑賞方法の一つとして参考にしていただければ幸いです。
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『彼女たち』
1896年出版/扉絵含み12点組/紙・リトグラフ
最近、お客様からお問合せをいただく作品の一つに、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(フランス 1864−1901)の版画集『彼女たち』があります。かつてテレビ番組「迷宮美術館」で当館のこの作品が紹介されたのですが、最近数回にわたって再放送されたようです。そこで常設展示室で普段も見られるのかというお問合せです。
頭のてっぺんからつま先まで、派手な舞台衣装を身につけた一人の女性が腰かけています。また背景の奥の方に目を移すと、装飾された高い天井のホールに、着飾った男女が身を寄せ合っている姿が見えます。この派手な衣装で舞台袖に腰かけている女性は、シャ=ユ=カオという名のダンサー兼道化師です。中国人風の名前を持つこの人物はロートレックの作品に数回登場しますが、モンマルトルの歓楽街で知らない人はいないほどのエンターテイナーでした。彼女を描くことにより、作品の舞台となった場所と時期が特定されることをロートレックは意識していたのかもしれません。
ロートレックは、モンマルトルの歓楽街を舞台に、自らの人生を芸術に捧げました。孤独を紛らわすために歓楽街に入り浸ったといわれていますが、ただ退屈しのぎに快楽を求めてモンマルトルをさまよったのではありません。少年期のケガがもとで、足の成長が止まるというハンディを負ったロートレックは、サーカスやキャバレーに出演する、自分にはない高い身体能力の曲芸師やダンサーらの動きの一瞬を、生き生きと描きあげていきました。世間から隔離され、世襲を重んじる貴族社会に生まれ育ったロートレックは、慣習にとらわれないあらゆる人々に開かれた歓楽街を安住の地としたのでした。そこには、浮世離れした貴族の世界とは異なる、人間としての現実があるとロートレックは感じていました。プライドと権威で固められた貴族生活から逃れるように、歓楽街へと身を寄せたのです。さらにロートレックの制作した作品によって、クラブやキャバレーの歌手やダンサーは美術史にその名を刻まれ、多くの文化人が集う歓楽街はますます華やかさを増していきました。
ここに紹介した版画集『彼女たち』の中の1点からは、画面を斜めに横切る基底線や明快な色彩、単純化された背景に浮かぶ影絵のように平坦化された人物など、ゴッホを始めとする多くの画家たちと同じようにロートレックもまた浮世絵の影響を受けていたことが見てとれます。この作品は、ロートレックの初の多色刷り版画集の中の1点です。卓抜した観察眼とデッサン力をもったロートレックが歓楽街の女性たちの姿を描いたもので、表紙および扉絵を含む12点の石版画からなっています。
当初、官能的な版画を出版するという計画を持っていた版元のギュスターヴ・ペレは、娼家で生活していたロートレックに版画集出版の話を持ちかけました。ところが、娼婦たちと親しく、信頼されていたロートレックが描き出したのは、ペレが求めていた娼婦たちの姿ではありませんでした。ロートレックの前では、娼婦たちは素顔で飾らず、本来の自分に戻った姿を見せています。つまりロートレックは女性たちを、一人の人間としてとらえ、日常の一場面を表したのです。
版画集全体を通してみると、版にはデッサン風の単色刷りのものからシャ=ユ=カオのような多色刷りのものまであり、画面の構成も平面的な装飾性のあるものから立体的に人物像をとらえようとする線画もあります。つまりこれらは、統一された様式美によって完成した版画集ではなく、ロートレックという作家が持つ表現力の全てが語られるほど作風が充実しており、完成度の高い石版画集となっています。
ロートレックは、早くから画家になることを決意し、油彩画家として出発しました。石版画を手がけるようになったのは20代半ばでしたが、油彩画やデッサンの習作を転用して版画を制作したのではありません。紙とキャンバス、版画と油彩画、これらに上下関係は作らず、むしろ版画の下絵をキャンバスに油彩でスケッチして構想を深めさえしています。展覧会にもまた、油彩画と版画を、あるいはポスターも同等に出品していました。
『彼女たち』は、初めて制作した石版画で芸術ポスターの幕開けと高く評価された「ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ」の制作からわずか5年後の出版であり、亡くなるまでの10年間でロートレックは約360点の石版画を制作しています。
当館では、作品の劣化を防ぐため、この版画集12点すべてを常時展示することができません。今年度は、常設展示室Tで年間3回程度の展示替えをおこないながら、ロートレックの石版画集『彼女たち』を、数点ずつ紹介していく予定です。どうぞ、お楽しみに。
●展示期間:平成19年3月23日(金曜)から
前田常作『人間地図 No.2』 1961年/キャンバス・油彩/142.0×228.0cm
1957年、第1回国際青年美術家展で大賞を受賞した前田常作は、副賞としてパリ留学費用を得た。絵画への思いやみがたく、故郷の富山県を後に上京してより9年、前田が31歳のときのことである。翌年、横浜を出航した前田は、30日以上をかけフランス・パリへ到着。今なら贅沢な旅に聞こえるが、当時の飛行機代はとても高かったのである。
『人間地図』はパリ・ランベール画廊での2回目の個展に出品された。彼の作品を見るなり「ああ、あなたの絵はマンダラだ」と評して前田を驚かせた評論家ジェレンスキーは、この画廊の顧問だった人物。思いがけない言葉に、最初は「なんて古臭いことを言うんだろう」と反発すら感じた前田に、ジェレンスキーは、心理学者ユングのマンダラ論を説明したという。(ユングは「生命の最も古い過去の記憶と、最高度の直感の力で作られた宇宙像」であるマンダラは「普遍的無意識」に通じると考えていた。)
この言葉に啓示を受けた前田は、パリにあるギメ美術館でアジアからもたらされた多くの密教マンダラに触れ、“東洋”と“西洋”とに思いをはせながら、自分自身のマンダラの世界を追い求め始める。
前田の画業の原点には、戦争体験がある。終戦の年の7月1日に学徒兵として富山69歩兵連隊に入隊した前田は、市民誘導班に配属。富山市街を一夜にして廃墟とした富山大空襲は8月2日未明のことであった。
まるで誘蛾灯に吸い寄せられる蛾の群れのように、密集した人間像が不気味に蠢く初期の前田作品は、この夜に見た地獄絵図をひとつの原風景としている。パリでその闇の中心に光が宿り、人間像は、銀河を思わせる空間の中に光を求め、生命そのものとして一体化していった。
もう一つ。マンダラの原点にあるものとして、前田は留学以前に国内の博物館で眼にした、古代の銅鏡への憧憬ということを述べたこともある。精緻な浮き彫による異様な紋章と、表裏をなすのは鏡面――まさに「闇から光明へ」。それらは対立しあうものに見えて、実は表裏一体だったのである。
今年度常設展第3期では、常設Vにて「郷土の作家 前田常作」を開催、わずか十数点だが、前田の初期作品から、代表作『銀河瞑想』『天の浮舟』などまでを展観。その画業の展開を観ることができる。人間の存在を凝視する“闇”の中から“光”を見出し始めた時期の記念碑的作品の一つが、この『人間地図』だといえよう。
●展示期間:2006年11月28日(火曜)から2007年6月10日まで
岡本太郎『明日の神話』1968年/キャンバス・油彩/132.0×537.0cm
岡本太郎(1911−1996)の巨大壁画「明日の神話」は、岡本がメキシコのホテル建設に伴って1967年に制作依頼を受けた作品であり、高さ5.5m幅30mにもおよぶ巨大な作品です。その制作準備のために描かれた原画が国内に4枚現存しており、当館所蔵の1968年制作の油彩作品〈明日の神話〉もそのうちの1枚です。壁画のために小さく描かれた原画とはいえ、当館所蔵の作品もまた、幅5mにもおよぶ迫力ある大作です。
メキシコで制作された巨大壁画「明日の神話」は、ホテル建設の中止により行方不明になっていました。いわば、幻の代表作であったこの巨大壁画ですが、2003年に現地で発見され、日本に運ばれて修復されました。この壁画は、今年の夏、東京で公開され、各方面で話題を呼んでいます。
●展示期間:2006年6月22日(木曜)から11月中旬まで