ホタルイカ

 ホタルイカは可憐(かれん)な生き物である。 胴体の長さが数センチ以下と小さいこと、 体型が優美な流線型であること、 体色が透き通った薄茶色であること、 そして何より青白く発光することが見る人を魅了する。 発光器で目立つのは、 強い光を放つ腕 (第4腕) の先の3つであるが、 体の腹側一面にも弱く光る発光器が約千個散らばっている。
 ホタルイカは、 食べても美味(おい)しい。 新鮮なものを軽くゆで上げた 「桜煮」、 贅沢(ぜいたく)に腕だけを刺身にした 「竜宮そうめん」、 近頃では、 「沖漬け」 に 「塩から」 等々。 ただし、 躍り食いだけは禁物である。 旋尾線虫(せんびせんちゅう)というやっかいな寄生虫が内臓に潜んでいて、 命に関わらないとはいえ、 人に悪さをするからである。 もっとも、 どんな魚や鳥や家畜でも、 内臓ごと生で食べる時には、 寄生虫の1つや2つに 「当たる」 覚悟が必要だ。 ホタルイカをめぐる 「寄生虫騒動」 は、 このイカが愛らしいゆえに課せられた 「悲運」 であるともいえる。
 富山県では、 古くからホタルイカが獲られてきた。 ここ数十年は、 年平均で約2,000トン、 ほとんど全て定置網漁業によって獲られている。 ただし、 年による漁獲量の変動が著しい。 獲られる時期は3〜6月で、 最盛期は4月中下旬から5月上中旬に限られている。 これは、 獲られるものが産卵のために岸近くに寄ってくる成熟した雌で、 産卵がほぼこの時期に集中するからである。 資源に悪影響があるのではと思ってしまうが、 心配ご無用。 獲られるものの割合は、 湾内にいるものの2割程度で、 8割は目的を達することがわかっている。 定置網で獲られる個体は、 産卵のために接岸・浮上し、 すでに産卵を終えているものも多いことから、 子孫を残すチャンスは十分にある。 このように、 富山県のホタルイカ定置網漁業は、 「資源に優しい漁業」、 「自然共生型漁業」 といえる。 長い年月にわたり、 漁業が続けられてきた所以である。  ところが、 1984年から、 山陰・若狭(わかさ)沖で、 「底曳網(そこびきあみ)漁業」 によってホタルイカが獲られるようになった。 その漁獲量も、 最近では3,000トンから4,500トンに達し、 富山県の漁獲量を大きく上回っている。 県別にみても、 1996〜1998年は、 兵庫県が富山県を突き放し、 首位の座にある。

 ホタルイカそのものは、 日本海では朝鮮半島東岸から佐渡(さど)島周辺、 太平洋側にも中部から東北地方沖にかけて広く分布している。 またその量も、 山陰・若狭沖が、 富山湾を遥(はる)かに凌(しの)ぐことがわかってきている。 山陰・若狭沖で獲られるようになったのは、 ホタルイカの分布のしかたが変わったからではなかった。 カニ類やカレイ類などの不漁に窮した底曳網漁師たちが、 ホタルイカを狙(ねら)って獲るようになったのである。 ただし、 底曳網のホタルイカは、 定置網のものに比べると、 鮮度において見劣りする。 陸揚げ港と漁場の距離が富山県の場合と比べて遠いうえ、 袋網 (底曳網の末端に付いている網) の中で海中をしばらく曳ひき回されたものが漁獲物となるからである。
 とはいえ、 底曳網漁法はホタルイカの群れを追い求め、 獲りたいだけ獲ることができる。 富山湾ではまだホタルイカが接岸せず、 値段が高い1・2月に、 小型のものながら、 ホタルイカを大量に水揚げする。 このため、 富山湾で獲れ始める頃には、 ホタルイカの値段がすっかり下がってしまっている。 消費者にとって、 値段が安いことは良いことなのかもしれない。 しかし、 富山県の 「資源に優しい漁業」 は、 追いつめられてしまっている。 また、 獲りたいだけ獲る底曳網漁業が資源に及ぼす影響も心配だ。
 ホタルイカの生態は謎に包まれていた。 しかし、 最近、 寿命が1年であること、 約2万個の卵を持っていること、 回遊を行うこと、 昼深いところに、 夜浅いところに移動すること (昼夜深浅移動)、 小さなうちは海の表層にいるが、 成長とともに昼に潜る深さが深くなること、 などがわかってきた。 腹側一面の小さな発光器も、 この昼夜深浅移動と深い関わりがあることがわかっている。
 富山県沿岸で古くからホタルイカが獲られてきたのは、 産卵場としての好条件が備わっていたことに加え、 湾が急深であるために、 昼夜深浅移動を行うホタルイカが岸の近くまで来て産卵することができたためと考えられる。 ただし、 産卵場としての好条件が何か、 なぜ年によって著しく漁獲量が変動するかなど、 依然として謎(なぞ)も多い。
  「富山県特産」 の座から追われてしまったホタルイカであるが、 富山県で行われている定置網による漁獲は、 人間が海から幸を得る方法として、 ほぼ理想に近いものであることに変わりがない。 この火を灯(とも)し続けることは、 漁業の問題を離れて、 自然と人間の共生の道を探ることにつながると思うが、 いかがであろうか。 (内山)