十二貫野用水の歴史

十二貫野用水路は黒部川左岸の十二貫野台地でかんがいするために作られた用水路で、椎名道三の指導のもと、天保10(1839)に工事をはじめ、わずか15ヶ月の間に約21kmの用水路が完成しました。

川のはるか上流に取入口を作って、崖に沿って用水路を作るという一般的なやり方に加え、29の谷川の雪どけ水も集めて利用するという当時としてはめずらしい方法で作られました。

崖に沿って山肌を切り開いて作った用水であるため、落葉・木の枝、崖くずれ等により水路がふさがってしまい、毎年たくさんの人々が「江ざらい」をして水路のそうじをしていました。

近年になり、土水路は老朽化し、漏水が多く、復旧に困難を極めていた等の理由により、昭和50年度からFRPM管を砂基礎で巻きたて暗渠化して改修し、その上を管理道路とする工事やトンネル工事を進めてきており、平成16年度の完成を予定しています。

 

整備前の十二貫野用水路

 

 

 

整備後の十二貫野用水路